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怪物スイング・レトロシティ  作者: 稲村十久
ツーベースヒット
8/8

8話

ホームルームが終わるとすぐに一限目のチャイムが鳴り、そうかと思えば、三時限目の地理の授業までチャイムと共に終わったような、そんな感覚。

時計の二つの針は、何事もなかったように、12と書かれた目盛りの上で一つに重なっている。

 別に寝ていたわけでもないのに、久しぶりに学校に来たせいなのか時間の流れが早い。このままだと、何もしない内に一週間が終わってしまいそうだ。

 宮本は三時限目に早弁をして、もう既にいない。吉井は周囲の女子たちとの会話に盛り上がっている。他に付き合いのあるクラスメイトも似たようなもの。

 一人で食堂で昼飯を食べようと思い立って席を立った時、今日初めて高津と目が合った。

 そうかと思えば、彼女はこちらへと近づいてくる。


「どうした?」

「話があるから、ちょっと来てくれない?」


 どうやら一緒に昼食を食べたかったわけではなかったらしい。最初から分かっていたものの、落胆は抑えられなかった。

 気を取り直して、池山は高津に言う。


「それで、話って何だよ?」


 実のところ彼女が何を話したいのか、池山の中で予想は付いていた。

 けれど、池山はあえて意地悪く尋ねてみる。


「それは、まあ……後で話すよ。付いてきて」


 高津はそう言うと、池山を引っ張って教室を出た。

 教室のある二階から階段で上へと昇っていく彼女に付いて来ながら、池山は尋ねる。


「それで、どこにいくんだ? 三階に空き教室なんてあったか?」

「違う違う。こういう話をするには、もっととっておきの場所があるんだよ」


 そう言うと、彼女はさらに三階から上に繋がる階段も昇っていく。

 そこでようやく、池山にも彼女が目指そうとしている所が分かった。

というよりも、この先の階段を昇っていった先にあるのは一つしかない。


「ここの屋上って生徒にも開放されてるのか?」

「いや、閉鎖されているけど」


 昔の学園ドラマやアニメでは屋上というのは開放されている場所だが、現在の学校では大体の学校の屋上は生徒の立入は禁じられている。

 この学校もどうやら同じらしく、彼女の入った通り屋上へと通じる扉には張り紙がしっかりと貼られていた。

『これより先は保安上の理由のため閉鎖されています。危険立入禁止』

 危険立入禁止、という物々しい表現は赤く太い文字でさらに強調されている。けれどそんな強い意思表示をしている張り紙も、彼女の前では効果がないようだった。


「こんな所、入って大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。鍵も取ってきているからね」

「そういうことじゃなくてさ」


 半信半疑な気持ちでいると、彼女は鍵の束を取り出す。扱い慣れているのか、迷うことなく鍵を選ぶとガチャリと扉が開いた。

 初めて立ち入る扉の向こうには、秋らしい青い空と、白い巻雲が高く浮かんでいた。天気予報によれば今週は珍しく晴天が続くらしい。

 背丈よりも高いフェンスの向こうには、犀川と小立野の台地を始めとして、金沢城下の町並みを一望することができる。

 確かに、二人っきりで話をするにはいい場所だろう。なにせ他に誰もいないのだから。

 屋上を見回しながら、池山はこわごわと高津に尋ねた。


「保安上の理由により生徒立ち入り禁止、って張り紙が扉にあったけれど、先生に怒られたりしないよな?」

「ああ、それは私のお手製。貼っておけば誰も近寄りたがらないからね」

「あれ、お前が作ったのかよ!」


 驚きのあまりに大声が出てしまうが、それも彼女以外に聞かれることはない。

 確かにあんな風に書かれていたら、生徒は怖がって近寄らないだろう。それに当然の理由だから、教師だって誰が書いたのか詳しくは調べようとは思わない。

 上手い策だと思ってから、疑問が一つ生まれる。


「それなら、さっき取り出した鍵は? まさか職員室から持ってきたのか」

「嫌だなあ、そんな足がつくようなヘマはしないよ。合鍵くらい持っておくのは学生の嗜みだからね」

「そんな学生がいてたまるか。いつか手酷く叱られればいい」


 もはや呆れを通り越して笑えてくる。

 けれども、彼女はそんなことに微塵も気にしていないように舌を出した。


「教師を相手に、そう簡単に尻尾を出すつもりはないよ」


 自信に満ち溢れた彼女の表情を見て、何も言い返すことが出来ずに黙りこむ。

 しばらくしてから、池山は確認するように口を開いた。


「それで、話っていうのは……一つしか無いよな」

「そうだね、昨日のことだよ。昨日、君が杉浦さんに話したことだ」


 さっきとは打って変わった、ぶっきらぼうな口調で彼女は言う。


「杉浦さんというと、あの怖い人か」

「確かに怖いし石頭だし小うるさいけど、いい人だよ」

「最後の一言で褒めているように聞こえるけど、それ思い切り貶してるからな」


 自分が言った時より、マイナスの方がずっと多くなってしまっている。


「ともかく、君は当主代行に紅梅衆に入るって言ったそうだね」

「ああ、そうだ」


 高津の言っていることは、紛れもない事実。それが昨日の夜に、池山が出した結論だった。

 そしてそれは、「自分のことは忘れて欲しい」と言った彼女の気持ちに対する反する答えでもある。


「どうして、君は当主代行にあっさりと紅梅衆に入るって言った?」


 さっきまでの笑顔から一転して、目を見開く。感情の昂りがはっきりと声に出ていた。

 けれど、いつか言われることは覚悟していたことだから、池山は平然として彼女の怒りを受け流せる。


「誰から聞いたんだ? 杉浦さんからか、それとも古田さんからか?」

「椿……うちの主からだよ」


 名前を呼ぶ所からして、高津とあの少女はかなり親密なのだと察する。

確かに、あの子と同年代の人間は周りにそう多くないだろうし、上下関係なんて気にしなさそうな高津と気の許せる関係なのはおかしくない。

 池山は険しい顔を崩さずに言った。


「そうか。でも別にあの子が言ったことは関係ない。全部、俺が決めたことだ」


 それを聞いた途端に、彼女は顔を強張らせる。

 何があったのか見抜いたのか、それとも野村椿から聞いていたのか。すぐさま池山を強い語気で問い詰めた。


「未来を、御当主から聞かされたんだね」

「ああ、そうだ」

「やっぱりそうか……それで、何を言われたの?」

「俺の力が必要だ、是非とも紅梅衆に欲しい。あと、危機は迫っている……大体、そんなことを言われた」

 

 わざわざ隠し立てする理由はない。

 池山の言葉を聞くと、高津は真剣な顔でこちらを見た。


「君は、椿の言葉をどう思った?」

「何とも言えない。彼女の言った未来が本当なのか、言葉が真実なのか。俺には分かる余地がない。何せ、未来なんて経験したことがないからな」

「ならどうして、椿の言葉に従うんだい?」


 高津はどこか冷めた声音で、疑わしそうな目をして彼を見た。

 彼女が疑っているのは、彼女の未来を見る能力のことではない。もっと単純なこと。疑われているのは自分の覚悟だ。


「従っているわけじゃない。彼女が未来を見ているかどうかなんてわからないけれど、少なくとも、あの子が言ったことは嘘だとは思えない」

「あなたがそこまで言える、その根拠は何?」

「勘だよ。けれども、あの子は決して俺に対して偽りを言ったようにも、俺を騙そうとしていたようにも思えない」


 池山はニッと歯をむき出して挑発的に笑ってみせる。

 確かに彼女が本当に未来を見ているのかという証拠はない。けれど、彼女は自分に嘘を吐いているのだとも思えなかった。

 それは池山が彼女の言葉を聞いている内に得た、一つの確かな手応えだった。


「その信用ならない直感で、あなたは紅梅衆に入ろうと決めたの?」

「俺の力が必要とされている、って言うのは大きい理由なんだと思う。でもそれだけじゃない」


 さっきよりは収まったようだが、高津はまだ怒りを煮えたぎらせている。

 普通に、当たり前のことを答えるだけではいけない、とその様子を見て池山は察した。

 彼女の怒りの理由は、もっと単純なこと。彼女が大事にしているテリトリーに無礼にも土足で入り込もうとする、池山月博という人間の姿勢が気に入らないのだ。

 だから彼女が本当に求めているのは、自分に示して欲しいのは生半可ではない誠実さだ。

 とはいえ、ただ単純に謙っても疑念を増すだけ。

 純度百パーセントの優しさを打ち返して、なおかつ彼女を傷つけない、真剣味のある覚悟を見せて欲しいのだ、と池山は相手の感情を読む。

 だから、自分の心の奥底に秘めていた思いを、真剣に高津に吐露する。


「杉浦さんと古田さんに話を聞いた時、気付いたんだよ。俺の魂を取り戻してくれた人たちに返せるのは、やっぱり俺の心でしかないんだ」

「それは、自分勝手で無責任っていうのとどう違う?」


 高津の厳しい言葉が、彼の心に突き刺さる。全てを圧するような、心を閉ざした彼女の視線。

 確かに救ってくれた高津の思いに背を向けることは、わがままで無責任かもしれない。それでも、池山には言葉にしたい思いがあった。


「9回2アウトでさ、何も出来ずに三振したら、それは悔しいだろ」

「言っている意味が分からないね」


 池山の言葉をぞんざいに切って捨てるが、その程度は気にしない。


「今の俺の気持ちだ。負けて諦めたままじゃ、居ても立ってもいられないんだよ」

「あのね……当たり前かもしれないけど、祟り神の討伐は野球みたいなスポーツじゃない、時には命が懸かった戦いになるんだよ」

「同じだよ。野球の試合だって、命に関わる怪我は起きる」


 打球が頭にぶつかって満足なプレーをできなくなった野球選手は多い。頭にデッドボールがぶつかって死んだメジャーリーガーもいる。だから、プレー中はどんな平凡なことでも気を引き締めろ。中学の頃に少年野球の監督が口を酸っぱくして言っていた。

 注意が散漫だったり、コーチの言うことを中途半端に聞いていると、単にミスをした時よりもずっと厳しく叱られたから、心に焼き付いて忘れられない。


「野球の試合だろうが、祟り神と戦おうが、生きる時は生きる。怪我する時は怪我する。死ぬ時は死ぬ。リスクは等価だ」

「それはそうだけれど」


 詭弁だが、彼女を揺さぶることはできた。

 池山は校庭にまで聞こえるくらいに声に力を込める。


「確かに俺だって、死ぬなんて嫌だ。俺の力が必要とされていようが、死ぬくらいなら世界が滅びようが地球が爆発しようがどうでもいいんだよ」


 けれど、と池山はさらに一段と声を張り上げる。


「負けて諦めたままだったら死んだのと一緒だ! お願いだ、俺を戦わせてくれ! 負けて諦めたままのうのうと生きているくらいなら、俺は戦う方を選んでやる!」


 その言葉が終わらない内に、彼女は溜息混じりに答えた。


「私はね、やっぱり、君の捨て鉢な言葉には賛同できない」


 高津は感情を押し殺したような声で池山の言葉を一蹴して、自分の思いを吐き出す。


「私は池山くんに助けられなくたって、自分の道を歩んでいける。紅梅衆だって、池山くんの力がなかろうとも、いくらでも手はあるんだよ。危機が目前に迫ってようとも、どう転ぶかわからない池山くんに、全てを賭けるなんてことはしない」


 そう言われてしまって、池山は反論なく黙りこむ。


「だから、私の意見だけど。池山くんは、池山くんの歩める人生を歩んだほうがいい。私が自分で、この道を選び取ったように。それが正しいんだと私は思う」


 彼女は優しい。逞しくて、そして正しい。だからその言葉を聞いていると、どうしようもなく自分自身の勝手さを痛感する。

 だけど、高津は不意に表情を変えた。


「でもそのどうしようもない気持ちはよく分かったよ。そこまで言われたなら、私がどう言ったって無駄だね。分かったよ、その気持ちだけは買う」


 呆れているのだろうが、怒っているようではなさそうだ。

 いや、心中は鉄も溶かしそうなほど激怒しているのを、突き放したような態度で押し隠しているのかもしれない。

 女子の気持ちは単純明快じゃないから、池山にはさっぱり推し量れない。


「ありがとう」


 池山がこぼした感謝の言葉に、頬を膨らませて彼女は言った。


「だけどせめて、私の目の前で死なないで。今度は絶対に、助けてやらないからね」

「自分の命の価値くらい弁えている」


 彼女が手を伸ばす。池山はそれを握り返す。

 昨日とは違う。ようやく、彼女と距離のない同じ位置に立てた。


「それから、当主代行から言伝て」


 少年野球の監督の言葉は、球児にとっては何よりも重い。

 だから今日からの当主代行の言葉は、それと同じだけの意味を持つ。だから池山は半ば無意識に背筋を伸ばし、直立不動の体勢を取る。


「紅梅衆、っていうのはもちろん学生生活とは違うわけでね。祟り神と戦って、街を守る。学んでいかないといけないことが、それこそ山のようにある」

「まあ当然だな。よく分からない化物と戦うわけだから」

「それで、右も左もわからない君を先輩として指導する人間が必要になる」

「つまり、バイトの研修みたいなものか」

「そういうこと。それで、君の指導役をこの私、高津雫が仰せつかることになりました。総員、拍手!」


 そう言って、高津は一人ぱちぱちと手を叩く。一応、池山も拍手する。

 青い空に、その音が吸い込まれていく。

 池山にとっても、高津が指導してくれるのはありがたかった。

 見知った人間のほうが、緊張しなくて済む。


「あなたが絶対死なないように、一人前になれるまでビシビシ鍛えるから、簡単に音を上げないでね」 

「いいぜ。そんなことは絶対しないから」


 池山は胸を張って、彼女にそう答えた。

 一度吐いた言葉は戻せない。それで上等だ。だけどどれだけ大変でも、体育会系一筋で生きてきた根気だけは、他人に負けるものではない。彼にはそういう自負があった。


年の暮れもあと一ヶ月と迫ってまいりました。

とは言えうちは平常運行で進んでいきたいところです。

(追記)すいません、多忙により一週間延期します。

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