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怪物スイング・レトロシティ  作者: 稲村十久
ツーベースヒット
7/8

7話

クラスのあちこちから、男女問わず池山に向かってもう何度目か分からない言葉が飛ぶ。

「生きてたか!」

「退院おめでとう!」

 まだ授業も始まっていない朝の休み時間。

 一週間ぶりに登校してきた彼を待っていたのは、クラスメイトからの手厚い歓迎だった。


「池山月博、帰ってまいりました!」


 池山は少し恥ずかしげに照れながら、彼らの言葉に答える。

 誰からともなく拍手が乱れ飛ぶ。

「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

 堂々と質問に答えれば、女子の黄色い歓声を受ける。カメラのフラッシュが焚かれれば、気分はヒーローインタビュー。


 __そんな登校風景になれば楽しかった。楽しかったのだが、現実の池山は頬杖をついて、眠たげな瞳で机に座っている。

 まあさっきまでの空想はお花畑に過ぎるとしても、現実はずっと過酷だ。

 例えるなら草一本すら無い砂漠のようである。

 クラスのグループがあるSNSで、あれだけ慰めの言葉やスタンプを送ってくれていたクラスメイト達も、実際に登校するとほとんど何も言って来なかった。

 あ、来てたんだ、くらいの素っ気なさ。

 ここまで無反応だと、まるで自分が仲間外れにされているようで寂しくなってくる。スマホと現実での態度の格差に、思わず溜息が出てしまいそうだ。

 そんな憂鬱に苛まれていると、クラスメイトの一人が彼に向かって話しかけてくる。


「お、久しぶり。俺のこと、覚えてるか?」

「ええっと……ごめん、事故で頭をヤバいレベルで痛めたせいで、さっぱりすっかり忘れてしまった」


 戸惑った表情で答える池山を見て、彼は思わず目を丸くした。


「……嘘だろ?」

「当たり前だろ。冗談だよ」


 一転して池山が笑えば、彼もまた笑う。

 宮本真司。すぐ近くの席に座る、クラスの人気者。テニス部所属。

 いつも明るくて騒がしい彼のことを、ただの一週間休んだだけで忘れてしまうはずがない。例え死んだとしても絶対に憶えているレベルだ。


「驚かせないでくれ。自動車事故で入院だなんて担任が顔面蒼白な顔をして言うもんだから心配したんだぞ。あまりのニュースに、俺なんて卒倒するかと思った」

「そんな大袈裟な。それに、入院って言っても頭を打っただけなのに、医者が大騒ぎするもんだから」

「それでも、こうして会話出来てるのは嬉しいもんだ」


 オーバーアクションで喜ぶ彼にそう言われて、自分が蘇生させられた身だと再確認。記憶どころか命まで失ったのだと考えれば__とてもとても笑えない言葉になる。


 あれから一夜明けて、一応ながら健康状態は回復したとみなされたらしい。池山は屋敷を出ることを許され、こうして無事に一週間ぶりの登校を果たした。

 一週間という少々長い欠席の理由は「自動車とぶつかって頭を強く打ち付けたので、検査入院をした」ということになっている。リアリティの有無はかなり微妙なラインだが、誰もそれを疑ってはいないように見える。


 あの影が現れ出た時は無惨にひび割れた前庭の石畳は、今日登校した時には傷一つ付いていなかった。正確を期すなら、学校の全てが一週間前と何も変わっていなかった。

 まるで祟り神が襲ってきたという出来事さえも、過ぎ去った嵐どころか最初から存在していなかったかのように。

 池山は直截、気になったことをぶつけてみる。


「そう言えばだけど……一週間前に学校の近くで大きな影法師を見たとか、或いは学校の一部が壊されたとか言う話を聞いてないか?」

「……影法師? 学校が、壊れた? いや、そんなゲームやアニメみたいなことは起きてないと思うぜ。もしあったら、噂どころか普通にテレビでニュースになると思うしな。どうした、病院で寝ている時に悪い夢でも見たか? 顔もいつもよりぼんやりしてるし」

「ああ、そうか。うん、そうかもしれない」

「おーい、よーしーいー」


 曖昧な言い方で逃げようとすると、宮本は近くにいた女子生徒を呼び止める。

 名前を呼ばれた女子生徒、吉井理桜は二人の方に顔を向けて、こちらに走り寄ってきた。

 池山に比べて頭一つ分小柄で童顔な彼女のその仕草は、なんだか小動物めいた感じがある。


「どうしたの?」

「なあ、吉井。学校にデカい影法師が出てきたって話を聞いたことがあるか?」


 宮本の言葉に、彼女は軽く首を傾げる。やはりリスとかハムスターのような小動物めいている。


「ふうん、映画のお話?」

「いや、池山が夢で見たんだと」


 どうやら彼女は映画の話だと受け取ったらしい。

 宮本が軽く説明をすると、興味を示した彼女は愉快そうにふわりと笑みを浮かべた。


「ふふっ、マジで変な夢だねー。まあ、確かに学校が壊れてくれたら楽しいよね! かったるいテスト受けなくて済むし、授業出なくて済むし!」

「だよなあ。今日やる古典の小テストとか消えてなくなればいいのに」

「本当だよー。アタシ、古典はマジで苦手なんだよね」


 宮本と吉井の会話が弾んでいるのを脇で聞きながら、池山は確信を得る。

 つまり一週間前に池山の身に起きたことの真実を知っているのは、自分を除いては一人しかいないということだ。

 池山はそのたった一人、高津雫の姿を目で追う。

 小鳥のさえずりのように、一ヶ所に集まって盛り上がっている女子のグループ、から離れた教室の隅。そこで、一人静かに文庫本を読んでいる。

 我関せずという空気もここまで来れば、無言の内に高嶺の花のような孤高さと気高さを放っているようでもある。

 そしてこれまでと同じように、池山には顔を向けてさえくれない。


「どうした?」

「いや、別に。一週間も授業を休むと授業のスピードについていけなくなりそうで、心配なんだよな」

 そうはぐらかすと、彼はその心配を一笑に付した。

「教室に戻ってきて、一番に考えることがそれかよ。やっぱり都会育ちの転校生は真面目だねえ」

「それ、単に宮本くんがぐうたらなだけじゃないの?」


 すぐさま吉井が突っ込む。

 池山は野球はともかく、勉強にそこまで真面目に打ち込むタイプではない。だからこの場合はまず間違いなく、彼女の言う通り宮本が真面目でなさ過ぎるのだ。


「ぐうたらじゃないぞ。授業をいかに教師にバレずに寝て、高校生という短い時間でどれだけ遊ぶかをいつだって考えてる」

「そこがぐうたらだって言うのよ」


 吉井の言葉にも、宮本は耳を貸さない。


「他にも、クラスの可愛い女子とどうやって恋愛フラグを立てられるかと考え、一億拾ったらどうしようとか思い悩み、もしあのアイドルグループの女子が彼女になったらどうしようかと悩んだりとか……」


 宮本は指折り数えながら、次から次へと優勝パレードのように浮かれて楽しげな現実感のない言葉の羅列をぶち撒けてくる。

 その中に、勉強と言う文字は全く入っていない。


「どうしてそんなに妄想がたくましいんだ、宮本は」

「いや、男子ならして当然の想像だろ。というかしろよ」

「そんなことをして何の得がある」


 池山が冷たく突き放すと、彼は溢れんばかりの熱意で答えた。


「ほら、池山。可愛い女子と付き合ったり、遊んだりとか……ともかく可愛い女子と付き合って遊んでリア充最高ってのが青春ってやつだろ!」

「語彙が乏しい上に、青春の印象がぼんやりとしているな」

「……随分と、自分の欲に忠実ね」


 池山と吉井から冷めた目線で口々に言われても、しょげることもめげることも無く力説する。


「とにかく! 青春なんてすぐ終わってしまうんだから、遊んだほうがいいし楽しんだ方がいいの。真面目に青春と向きあわないと、あっと言う間に歳を食っちまうぜ!」

「お前はあっと言う間に歳を重ねる前に、もう少し自分の勉強に真面目に向き合ったほうがいいと思うけどな」


 池山が発したその指摘に思う所があったようで、途端に宮本はさっきまでのへらへらとした笑顔を一気に曇らせた。


「分かってるって。だから、そんなこと真正面から言うなよ」


 こういう時に彼が言う「分かっている」は、絶対理解していないことの確かな証明だ。


「……真正面から言われようとも聞き流すから、悲惨な点数を取るんだろ。前の中間での数学B、点数一桁だったって泣いてたのは誰だ?」

「ええっ、それはガチで危なくない? 留年確定しちゃうよ?」


 吉井の無邪気でこれ以上なく正しい感想が逆転ホームランとなって、宮本と二人の立場は逆転する。

 宮本は彼女の追求から目を背けて言った。


「う、うるさいな! 泣いてなんかない! 悔しくなんかもないぞ! それに大体、あの数学のテストは平均点も酷いものだっただろ!」

「それでも俺はどうにか60点超えだったぞ」

「アタシは学年20位だったよ!」


 どうにか自分を擁護しようとする彼の醜い態度を、池山は一言で切って捨てる。吉井に至っては軽い自慢だった。

 そもそも追試で教室一つが埋まったものの、平均点ですら50点は軽く超えていた。難しくはあったが、当然ながら勉強すれば太刀打ち出来るテストのはずなのだ。

 宮本はそれを聞いてがっくり崩れ落ちる。忌々しそうな視線をクラス全体に向けて、高々と拳を振り上げシュプレヒコール。


「お、覚えてろ裏切り者共めー! いつかお前らを倒し、俺が学年トップの座に躍り出る!」

「俺が思うに、今の調子で行けば三十年掛かるんじゃないかと思うが」

「三十年経ったら流石に俺も卒業してるよ!」

「もしかすると、その時まで卒業してなかったり」


 ピッチャー強襲もかくやと言うべき痛烈な吉井の言葉に、大願を根本から否定された彼は腕を振り回して否定する。


「それはない! 絶対ないよ! ……たぶん、だけど」


 いかんせん否定の勢いが弱いのは、本人も自分の状況を自覚しているからだろう。

 池山は彼のそんな気持ちを慮って、優しく声をかける。


「はいはい。それじゃあ、今度の中間テストの時もまたファミレスで勉強会しような」

「お、いいねえ! アタシもご相伴に預かりたいな。今回の期末までには、文系科目をどうにかしないとヤバいから……」

「いいねえ、青春ってやつだ!」


 池山の提案に吉井が乗り、勢いを取り戻した宮本が両手を挙げて喜ぶ。


「……そう言って、またポテトばっかり食べるくせに」

「そう言う吉井もアイスに目を輝かせて……痛い痛い! 腕はそっちに曲げられないの! まずは人体の仕組みを理解して!」


 現金なやつだと思いながら、池山は思わず笑顔になっている自分に気が付く。いつもどおりの他愛ない、それでいて楽しい日常の一コマ。

 そんなことで笑い合っている内に、新人の担任教師が教室に姿を現した。

 朝のだれた空気が引き締まる。騒がしかった女生徒たちはおしゃべりをやめ、宮本も吉井もそそくさと自分の席につく。


「ほら、騒いでないでさっさとホームルーム始めるぞー」


 朝のホームルームのチャイムが鳴る。

 一週間ぶりの日常は、こうして何も変わらずに始まっていく。


ようやく学園回。現代物なのにようやくですよ。遅い(断言

最近は余りにも世事に心がヤラれて読書も執筆も進まぬ。こりゃあ精進せねばならぬと思いながらも、今日もまた一日を無為に過ごしてしまった。南無三

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