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怪物スイング・レトロシティ  作者: 稲村十久
ファーストゴロ
6/8

6話

 杉浦に問いかけられても、池山は酷く迷っていた。


 これが自分の事情だったなら、簡単に選べただろう。けれど、今はどちらを選ぶにしろ、誰かの思いを踏みにじることに変わりはない。

 紅梅衆の一員になれば、池山の身を危険に晒したくないと案じ、自分のことを忘れて欲しいとまで言い放った高津の思いを裏切る。紅梅衆の一員にならなければ、池山を戦力として見ている、と期待をかけた野村や杉浦の思いを無駄にする。

 どちらの思いも等しく重い。だから、池山には選び難い。


 何と答えたほうがいいのかか迷っていると、杉浦の隣に控えていた儚げな少女は、固く結んでいたゆっくりと口を開いた。

「私は、強い破邪の力を持つあなたの力は必要だと思っています。いいえ、あなたもまたその力を振るうことになるでしょう」

 池山は、その突飛な一言に思わず顔を上げる。

 こちらを底深い瞳で見つめる彼女は、面前にいる自分をはっきりと見ていない。まるで池山の目の向こうに広がる、空漠とした何かを見続けているようだ。

 それが池山には、どこか空恐ろしく感じられた。


 彼女の隣に立つ杉浦は苦い顔で、彼女に話しかける。子供を叱ると言うより、扱いの難しい上司を諌めているようだ。

「待ちなさい、御当主。人の意見に介入するのは禁則です」

「いいえ。彼の未来は、私たちにとっても無関係ではないのです」

 しかし彼女は一切意に介することもなく、まるで何かに取り憑かれたかのようにそんなことを口走る。

 彼女の態度が突然にして変容してしまったことに呆気にとられた池山は、その様子をただ見ていることしか出来ない。

「それは、どういうことですか」

「そのままの意味です。深刻な危機が、この街に訪れようとしています。それから街を守るために、私はあなたの持つ破邪の力が必要なのです」

 そうは言われても、彼女の言っている力とは何なのか自分のことなのに自覚できていない。

 だから、彼女の言っていることが自分には縁遠く聞こえる。

「あなたも望んでいるのでしょう? 東京からやってきたあなたは、色々な物を捨ててきた。これまで大事にしてきた物、これから誇りになるべき物も」

 思い当たる節がある池山は、目を見張る。

「それを、どうして知っているんだよ」

 だが、少女はそれには答えない。

 まるで自分と相手の間で世界が違っているかのように。


「とって大事なものを得るために、失くした誇りを奪い返すために」

 虚ろな目をして、少女は厳かに口を開く。まるで謡曲のような、独特のリズムと口調。さっきのおどおどとしていた少女とは、全く別の声。


「あなたは私達のために戦うのではなく」

 妖艶な、成熟しきった女性の声。


 彼女が言葉を紡ぎ出す度、部屋にじんわりとした熱さが感じられる。

池山は目の前に見ているものが現実でない気さえしてきた。上下左右、全方向星空の中に放り出され、そこで少女の声を聞いている気分だ。


「また別の何かのために、戦うことになるだろう」

 母親を思わせる、強くて優しさを感じるしっかりとした声。


「今や、危機は目前に迫り来ている」

 次は、何かを悟りきった老女のようなひび割れた声。


「それに対して私たちともに勝負を挑み、あなたは勝ち、あなたは負け、あなたは引き分ける……」

 そして、あどけなくてはっきりとした、元の少女の声に戻って語りかけ。


 その全てを言い終わらない内に、ゼンマイ仕掛けのおもちゃが壊れたように、彼女は体力を失ったようにぐったりと倒れこむ。まるで何十時間も眠っていなかった人間が、仕事の途中で体力を失って眠りに就いたように。

 異様な熱を帯びていた広間の空気が、急速に現実の冷ややかさへと戻っていく。止まってしまったかのような時間を最初に壊したのは、杉浦だった。

「古田!」

 鋭く一喝を放つと、名前を呼ばれた古田はとっさに彼女を抱きかかえる。

 古田がぐったりとして目覚めない野村を連れて別の部屋へと去っていった後、杉浦は深く溜息を零した。

「全く……また未来を見過ぎようとしたのか」

「……何ですか、どういうことですか、あれは」

 自分の見たこと、聞いたことが未だに信じられない。まるで夢を見ていたかのようだ。

 そんな心持ちの池山に、杉浦は説明を始めた。

「君が破邪の力を持つと言われたように、御当主自身も強い能力を持っている。それは、彼女が見ようとした人間の、未来を見る力だ」

「未来視、ですか」

 池山が疑問を挟むと、杉浦は肯定の意を示した。

「そうだ。彼女は霊力の強さや流れから人間の未来を演算し、観測可能な範囲……つまり、人よりほんの少し先まで未来のことが分かってしまう、という」

「つまり、彼女がある人に金持ちになる未来を見たとすれば」

 池山の想像を裏付けるように、杉浦は頷き答える。

「どういった方法で大金を手にするのか、その後どうなるのかも分からない。彼女に見えるのは起こる事象と、ある一点までの結果だけでしかない。だが彼女が言った通り、そいつは金持ちになるだろう」

「何だか本当に、神様みたいですね」

 そんな感想を呟くと、杉浦は苦笑した。

「そうだ。君の言う通り、御当主は紅梅衆にとって、無くてはならない柱だ。紅梅衆にとっては舵も同じ。指し示す道を与える、タクセンの巫女だ」

「タクセン、ってどういう意味ですか」

 頭の中に漢字が出てこない。池山は、言葉の意味が分からずに聞き返す。

「ははは、そこを訊かれるとは思わなんだ。託宣というのは、神が人へ意思を伝えるということ。あの子は未来を見る。たとえそれが悪い結果であろうとも。彼女が吐いた言葉は、彼女の意思に関係なく、そのまま先の人生を暗示する」

「本当ですか」

「所詮はオカルトだ。私は一切信じていない」

「けれど、その言い方だと外れたこともないんでしょう」

「オカルトに興味はない」

「でも未来視という異能力があるって言ってませんでしたか」

「科学的視点から見れば偶然に過ぎない。それに彼女の言葉を、私たち周りがいいように解釈しているだけかもしれないぞ」

 さっきとは正反対の懐疑的な態度を取って、杉浦は続けた。

「そもそも未来なんてものは不確定、その時がやって来ない限りはいくらでも覆せる。彼女の言うことなんて、気にしなくてもいい。大事なのは君の心だ」

 杉浦はそう言って、眉間に深く皺を刻ませる。


 決断しなければいけないのだ。

 池山は自分の手が震えていることに気が付いた。


「正直言って、全然分からないんです。俺の力って何なのか、それは本当に必要とされているのか、俺の目には見えないんです」

 無条件で得られる優しさが、とても息苦しい。一打逆転のチャンスだと持ち上げられると、却って進塁打すら打てなくなるバッターのように。

 自分が持っている力を全く把握できていないから、過分な期待をされるとその分苦しいのだ。

「理解しなくてもいい。今は種の状態だから、自覚できないのは当然だ。鍛えていけば、これから花のように目に見えて分かるようになる。そして自分の力を理解できるようになった頃には、勝手に実を結んでいる」

「だからそう言われても、俺にはどうすべきか」

 強い語調で杉浦は池山の泣き言を遮った。

「いいか。自分のことを考えるのは後でいい。自分がこうだと決めれば、不利な決断にはならない。他人に言われるがまま決められれば、絶対得にはならない」


 どうやら、自分は覚悟を促されているらしい。

 池山がそう気付いた時、杉浦は今の池山にとってひどく重大な響きを伴った言葉を吐いた。

「まだ時間はある。彼女が言った深刻な危機とて、例えあったとしても私ら紅梅衆がどうにかする。君がどういう未来を選び取りたいのかを、他人の言葉に任せるな。君自身で決めなさい」


 池山はしばらく黙ってから、杉浦に対して口を開く。

「それなら今までのことも全部忘れて、普通の高校生活を送るっていうのもありですか」

「君が普通の学生生活を送りたいと望むなら、その答えを尊重する。私たちは君から一切手を引こう」

「……杉浦さんたちの下で、祟り神を討伐するのもありですか」

「池山君には、才能が眠っている。茨の道かもしれないが、そうだとすれば私は君を絶対に一人前にする。二代藩主利常公より加賀藩の霊的守護を任されてきた紅梅衆の名に誓って、君を必ず死なせはしない」

 そう言って、池山の二つの意見を杉浦は強く肯定した。

 それでようやく池山の中でも一つの整理はついた、気がする。

 まだ頭の中は混乱している。今の自分が置かれた立場も、周囲の人間より分かっていない。けれど、それは後からでも折り合いを付けられる。

「いつまでに決めればいいですか」

「御当主はああ言っているが、まだ猶予は充分にある。私が君のためにできることは、君の判断した未来を最大限手助けするくらいだ」

 とは言え、もう池山が言うべき言葉は決まった。

これでようやく一区切りついた気がします。

異世界転生で言うなら、女神様がステータスを授けて転生者を異世界に送った辺り。

主人公に<目的>が与えられたので、ここからいよいよ物語が動き出す…と思いきや次回は日常回なのでそう焦らないこと。

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