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怪物スイング・レトロシティ  作者: 稲村十久
ファーストゴロ
5/8

5話

「お二人とも、そこに居ましたか」

 星空を眺めたまま、高津に対して何も言えないでいる池山の後ろから、また別の声が掛けられる。

 そこには、朝目が覚めた時に池山を見舞いにきた古田が立っていた。

「どうしたんですか、古田さん」

 池山が言うと、その表情をまじまじと見て古田は苦言を呈する。

「どうしたんですか、じゃないですよ。後で伺うと言ったのに、勝手にあの部屋を出てしまうなんて。何か起きたんじゃないかと思ってびっくりしたんですから」

「すいません」

 そのことを、すっかり失念していた。

 慌てて頭を下げようとすると、それを制したのは高津だった。

「頭が固いなあ。あんな何もない部屋にいろ、って言われたら誰だって抜け出したくなる」

「安静第一。それが療養です」

 古田がきっぱりと言い返す。

「それで、俺に何か用ですか?」

「この屋敷の御当主がお待ちなので、梅の間に来ていただいて欲しいとのことです。本当なら後日ということで断ろうと思っていたのですが……今の様子なら、まあ大丈夫そうですね」

 その言葉に真っ先に反応したのは、池山ではなく高津だった。

 理解がまだ追いつかない池山を差し置いて、驚きを隠せない顔で彼女は言う。

「ふうん。椿が興味を示すなんて、どういう風の吹き回しなのか」

「御当主のことなど、私には推し量れませんよ」

 気になった池山は、古田に探りを入れる。

「御当主って、一体どんな人なんですか?」

「うーん。当主は人というよりも、神様だと思って下さい。ちょっと普通の人とは違うんです」

「何ですかそれ」

「まあ、私から詳しく説明せずとも、その内分かりますよ」

 古田のはっきり言えば意味不明な回答に、池山は大いに面食らった。

 助け舟を求めるようにして高津の方を見る。

「生で会ってみれば分かるよ」

 それだけ答えて、静かに笑っているだけである。

 つまり、会って確かめるしか方法はないということだ。池山は、強引に自分自身を納得させる。


 梅の間までの廊下は、古田が案内してくれた。

 古田の後ろに付いて行っているだけだというのに、池山の心臓はバクバクと高鳴っていた。一打逆転という大チャンスの場面で、自分に打席が回ってきた時の緊張感。

 やがてある程度進んだ所で、古田の足が止まった。

「この襖の向こうにあるのが、梅の間です」


 古田が説明したその部屋の襖には、名前の通り枝振りの良い梅の木が堂々と描かれている。中学の時に美術の教科書で見たような感じの、とにかく偉そうで和の趣に溢れた絵だ。

 たったそれだけでも、この部屋は他の部屋と格が違うのだと充分に思い知らせている。

「古田です。来客を連れて参りました」

 ことさら丁寧な口調で古田が襖の向こうに向かって話しかける。すぐに「宜しい」と男の低い声で返事があった。

 さっき廊下を歩いている時に聞いたのと同じ人だ、と池山はすぐに思い至る。

 古田が襖を開ける。

 旅館でも見ないような広い和室に、一人の初老の男が座っていた。


 その男の姿をよく見れば、どうやら武家の装束である藍色の直垂を着ている。老兵のように枯淡としていながら、周囲を威圧せんばかりの気を纏わせている。

 頭は別に髷を結っているわけでも月代を剃っているわけでもない。だが、そこにいるのは本物の侍だ。池山はそう思わずにはいられない。

 彼一人の存在感が、この広間に古さと重々しさ、そして背筋が伸びるほどの緊張感を一層強めていた。

「紅梅衆当主代行、並びに紅梅衆金沢本部長を務めている杉浦だ」

「この屋敷の管理人で、うちの……紅梅衆の実質的なトップです」

 古田に紹介され、目の前の人物が自分の想像を超えて偉い人だと知らされた池山は大急ぎで頭を下げた。

「池山月博です! 宜しくお願いします!」

「ふむ、池山君か。元気があっていい子だ。親の教育がよく行き届いているな。スポーツの経験はあるのか?」

 そう評されて、池山は緊張のあまり文字通り恐縮してしまった。

 恐る恐るといった体で、返答する。

「ちょっと前まで、野球をやってました」

「そうか。道理で体つきがしっかりしているな」

「あ、ありがとうございます」

 それから、杉浦と池山は顔を見合わせた。

「さて。話を始める前に、私は君に詫びなければならないことがある」

 そう言うと、杉浦は深々と頭を下げた。

「君を見捨てるよう、高津に言ったこと……あれは間違いだった。もし高津が私の言うことに従っていたなら、君は既にここにいなかっただろう。すまなかった」

 大の大人が平身低頭して詫びている。

その姿に、何と声を掛ければいいのか池山には分からない。

 なす術もなくおろおろしていると、古田が助け舟を出してくれた。

「今更になって自分たちの不手際を責める段ではないでしょう。それに、池山くんだって今は

別に謝罪を望んでいるわけではないんですから」

 二十近くも年齢が下であろう古田にそう説得され、やっと杉浦は顔を上げる。

「そういえば、杉浦さんは当主の代行……でしたよね。その当主って人は、どこにいるんですか?」

「……御当主なら、私の後ろで、今も話を聞いておるが」

 池山の問いに、杉浦はそう答えた。

 しかし覚えている限りでは、部屋に入った時には杉浦と古田の他は誰もいなかったはずだ。

 池山は疑わしい気持ちで、杉浦の後ろを垣間見た。


 だが杉浦が言っていた通り、影の中から現れ出たかのように、ぽつんと少女が座っていた。

 あたかもずっと前からそこにいたかのような澄ました顔をして、逆にこちらを物珍しそうに見ている。

 十五歳の自分より三倍は年上の杉浦より目上だから、六十をとうに越えた爺さんか婆さんだと想像していたから、当主が自分より下の幼い少女という第一印象に拍子抜けする。

 とはいえ、歳はそんなに離れているわけではなさそうだ。

 小学校の高学年か、中学生くらいに見える。

 艶のある黒い髪と、日に焼ける、という表現から最も程遠い白磁のような肌には現実感というものがまるでない。生きた人間を模した日本人形に似ており、可愛らしい容貌はいかにも普通の少女らしいが、それに似つかわしくない、人の心の底を見据えるような奥深さのある目が只者でないと伝えている。

 そしてその少女が身に着けているのは、穢れ無き鮮烈な赤色の袴と、折り目正しい純白の衣という巫女装束。

 野球ばかりやってきて一般常識にとんと疎い池山でも、この瞬間にはっきりと判った。

 なぜ彼女が古田から「人というより神様」だと評されているのか。杉浦という老人から当主と呼ばれているのか。

 どうして祟り神に襲われた自分を、高津はわざわざここまで運んで来たのか。

 そして、どうしてここが祟り神を祓い清める人の集う場所なのか。

 それは、この梅の間、そしてこの屋敷が神域だからだ。

 なるほど、確かに会ってみなければ分からない。

 少女は立ち上がってこちらへ近づき、杉浦の隣に座った。

「私が、紅梅衆の当主、野村椿です」

 見かけは自分より年下のはずなのに、吐き出される言葉は自分より何倍も生きた人の言葉並みに重い。

 それくらい、彼女の言葉には厳粛さが溢れ出ている。

 畏れと好奇心の入り混じった気持ちで、池山は少女に向かって真剣な顔で挨拶した。

「は、初めまして。俺は池山月博と言います」

「あ、えっと……その、なんと言いますか、お会いできて嬉しい、というか恥ずかしいというか。こういう場で同じ年代の人に会えるなんて、なかなか無いですから」

「こんなのでも、立派に我々が仰ぐ紅梅衆の当主にしてこの屋敷の主だ」

 恥ずかしそうに顔を赤くさせた少女に対して、杉浦は愉快そうに言う。

 一応年上だといえど、当主代行が当主を「こんなの」呼ばわりは実にどうかと思うが、どうやらここの主と言っても、中身は歳相応の少女であるようだ。


「それで、どうして俺に会おうと思ったんですか」

「個人的な興味です。あなたには他の人と異なる力がありますから」

「他人と違う力、ですか」

 そんなことを小学生の担任に言われたような気がしたな、と池山は思い返す。あの教師はお人好しだったので、誰に対しても同じことを言っていた、というオチがつくのだけれど。

けれど、彼女のそれは、また違った意味を持っているようだった。

「ええ。霊力を失っても、なお立ち上がろうとする力。私の目に見えるほどに強い、破邪の力です」

「えっと、それはどういった力なんですか」

 また新しい言葉が出てきた。

 池山の問いに、彼女は困ったような顔をして答える。

「ううん……一言でこうだ、と答えるのは難しいです。簡単に言うなら、びっくりするくらいに強い生命力ですね」

「俺は台所にいる黒い虫か何かですか」

 池山がそう言っても、彼女は気にすることなく無垢な笑みを見せた。

「とにもかくにも、その力は誰もが持っているものではありません。ということで、是非とも私たちに欲しいなー、と言いますか」

「つまり、紅梅衆にスカウトしたいということですか」

 池山は直截的な言葉を吐くと、野村は固まった。不安そうに、古田と杉浦に助けを求めるような視線を送る。

「そういうことになるな」

 そう言ったのは、野村ではなく杉浦だった。

 まるでこちらを試しているかのような、冷ややかながら挑戦的な瞳。唇が薄い笑みを形作る。

 自分のことを忘れて欲しい、と言っていた高津とは正反対の言葉と態度だ。

「えっと、あの、その……困ります」

「だが、君にはそれだけの価値があると私は見ている」

「はい?」

「野球風に言うなら『あなた、買います』って所だな。知っているか?」

「いや、それは知らないですけど」

 だが、彼が言おうとしていることは分かる。

 プロではもう絶滅した青田刈りの風習も、高校野球は今だに看過されている面がある。特待生制度や推薦入学として、少年野球のスター選手は全国各地の高校からお呼びが掛かる。

 池山の周囲にも、確かにそんな奴らはいた。

「でも俺なんかに、そんなことが出来るんですか」

「……古田がここに来たばかりの時も、そんなことを言っていたな」

「今でもそう思ってますよ」

 笑顔を崩さず古田がそう答れば、杉浦が冗談めかして苦言を呈した。

「古田。お前は仮にも一人前の祓い手。なら、もう少し自尊心を持って欲しい所だ」

「精進します」

 やり取りを隣で聞いていても、まだ池山は戸惑いを隠せない。

 そんな池山の様子に頓着することなく、杉浦は言う。

「私は、君にそれだけの価値があると見ている。それでは、いけないか?」

ようやくヒロイン二人目が登場したり、オッサンが登場したりで話の掘り下げが進んできました。

こういう所は以外に難産で…。改稿の必要性を感じます。

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