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怪物スイング・レトロシティ  作者: 稲村十久
ファーストゴロ
4/8

4話

 結局あの後、すぐに眠ってしまったらしい。

 再び目が覚めた時、鎧を着ていたように重苦しかった身体はすっかり軽くなっていた。

 どれくらい寝ていたのか気になって窓の外を覗く。そこは、すっかり宵闇の帳が降りていた。そんなに眠っていたのなら、確かに身体も楽になるだろう。


 がらんどうの部屋に一人で居続けるのは流石に退屈だ。それに加えて、自分の部屋でない違和感と居心地の悪さは、ずっとそこに居続けていいのかという不安を生む。

 だから池山は、誰にも気付かれなずにこの部屋を抜け出すことにした。

 格子戸をそっと開き、忍び足で廊下に出る。


 部屋の外は、旅館というよりも屋敷だった。それも長町にある武士の邸宅跡よりも随分と広い。時代劇に出てくる城の内部のような、純然たる和風の武家屋敷。

 まるで時代劇のセットに迷い込んだかのようで、突然忍者や侍が肩で風を切ってこちらに歩くのを見たとしても、何ら不思議でないと思わせる。

 こんな広い屋敷を所有して、その上に維持管理が出来るなど、この家の主は一体どんな大金持ちなのだろう。その広さと綺麗さに、そんなとても俗なことを考えてしまう。

 誰もいない廊下は、ひどく薄暗い。外から漏れるぼんやりとした明かりを頼りに歩いていると、何処からか人の気配がした。


「ん、誰かいるのか?」


 不意に年老いた男の声がすると共に、足音がこちらに近づいてくる。

 このまま居てはまずい、と思った。

 ここで見つかってしまったら、あの薄暗くて何もない部屋に戻されてしまうだろう。

また病人扱いされるのは退屈で仕方ないから嫌だし、それより何もせずに時間を過ごすことは絶対に避けたい。


 すぐさま、手近な襖を開けて部屋の中へと逃げこんで、大急ぎで襖を閉める。どうやら気付かれなかったらしく、老人の声は遠ざかっていった。

 逃げ込んだ部屋は、庭に面した小さい和室だった。

 さっきの何もない部屋とは違い、ここは人が住んでいるスペースのようだ。古そうで厳しげな掛け軸が掛けられ、何だか値段の張りそうな磁器の花瓶には花が活けられている。そして奥には縁側へと繋がる障子が、こちらへお入り下さいと言わんばかりに開いていた。


 それに誘われるようにして、池山は縁側へと出る。

 外は東京や金沢の中心街と違って街灯の明かりは無く、人工的な音は何一つない。

 あの巨人を思い出させる、黒々とした山稜。その真上には、宝石箱の中身を全てをぶち撒けたような満天の星がある。風とともにざわめく木々の音と、コオロギやスズムシといった秋の虫たちの鳴く声だけが辺りを包んでいる。

 こんな風に星を見たのはいつぶりだろうか。もしかすると生まれて初めてかもしれない。そう考えながら縁側に座っていると、池山は星に包まれている気がした。

 銀河の果てまで自分の手が届きそうなほど、宇宙そのものがすぐ近くにあるようだった。


「ハロー」

 時間を忘れて茫然とその場に佇んでいると、不意に後ろから呑気な声を掛けられる。

 驚いて振り返ると、そこには少女が一人立っていた。長い亜麻色の髪を風になびかせ、強い光を放つ鳶色の瞳でこちらを見つめている。

 いきなりのことに戸惑う池山に対して、彼女はからかうように言った。

「はじめまして」

「いつも学校で会ってるだろ。同じクラスなんだし」

「でも、話すのは今日が初めてみたいなものだからね。よろしく、池山月博くん」

 ほとんど話したこともないから、彼女のことをよく知っている訳ではない。

 けれど、池山は彼女が高津雫だと池山は憶えていた。

 彼女は学校の制服ではなく、体育の授業で使う赤色のジャージ姿。自分のことを探していたのか、手には湯呑みが二つ乗ったお盆を持っている。

 高津は少年のようにくすくすと笑ってから、想像よりずっとフランクに池山に告げた。

「お茶でも飲みなよ。淹れてから時間が掛かったから、かなり温いと思うけど」

 渡されたお茶を一口飲む。彼女の言う通り随分と温くなっていたが、緑茶の滋味が久しぶりに身体を潤してくれる。


 池山の隣に座った高津が、夜空に目をやりながら話しかける。

「都会だと、こんな綺麗な星空なんて見えないだろうね」

「そうだな、東京とは全然違う。ずっと見続けていたくなる景色だ」

 目にする星空だけではない。聞こえる音も、風の涼しさも、全て都会では味わったことがない物だ。それが、とても心地いい。

「ずっとそうしていると蚊に刺されて、後で痒い思いをすることになるんだけどね」

 そう言われて、二人で笑い合う。

 多分、こんなことがなかったら一度も会話なんて交わさなかったに違いない。こうして二人で話し合っているなんて、一週間前の自分には想像も出来なかった。


「お前が俺を助けてくれたって、古田さんに聞いたよ」

「……古田のやつ、そんなことまで話したんだね。びっくりした?」

 池山は頷く。

「正直、驚いた。あんな化け物と戦っているなんて」

「あまり、知られたくなかったんだけどね」

 そう言って、高津はどこか寂しそうに笑った。

 その姿は、自分よりも自立していて、ずっと大人びて見える。

「でも、高津がいなかったら、俺はここにいなかったんだな。ありがとう」

「いいよ、これくらいは祓い手の義務だから」

 それから彼女は池山の顔を見て、重くなってしまった空気を壊すように言った。

「……ここまで短期間で元気になるとは私も思わなかったよ。もっと、ゾンビみたいになっていると思っていた」

「ゾンビって、そこまで言われるほどひどかったのか?」

 高津は考え込んでいたが、やがて言葉を選びながら話し始める。


「うん、そうだね。私が池山くんを発見した時には、それはもうひどい状態だった。肉屋の店頭に並んだお肉のほうがまだ幸せだったよ」

「それは一体、どういう……」

 幸せの法則が乱れ過ぎている。

 ただ、彼女の言葉とは裏腹な曇った表情から察するに、目も当てられないほど酷い状態だったということは、想像するに難くない。

 高津はなおも説明を加えた。

「けれど、一番ひどかったのは池山くんは大型の祟り神に襲われて、霊気を失っていた状態だったことだね」

「気を失う……失神した、ってことか?」

「そうじゃないよ。霊気を喰われたんだ。聞かされてなかった?」

 霊気という、聞いたことのない言葉に首を傾げる。

それに気付いた高津は、まるで授業を進める教師のように話を始めた。

「霊気は星そのものから人体にまで、万物ありとあらゆるものに存在しているけれど、特に人間に流れている霊気は強いエネルギーを発散させる。それが霊力。霊力は意識を生み出していて、古代中国ではこれを魂魄と呼んでいる。西欧ではスピリットとも、マナとも呼ばれる。どれも理解が違うだけで同じようなもの、らしいね」

 私も本で読んだくらいの知識しかないんだけど、と彼女は謙遜する。

 だが、そこまでしっかりと他人の疑問に答えられるのは大したものだと思う。


「つまり、車に例えるととガソリンを失った、ってことか?」

「うーん、良く解らないけれど、まあそんな感じだろうね」

 高津は池山の例えを肯定した。

「どんな高級車だろうとガソリンを失えば動かない。同様に、霊気が発散させるエネルギーである霊力が無ければ意識は生まれない。けれど、池山くんはその霊気の多くを祟り神に喰われてしまった。後に残されたのは、僅かな霊気が生み出している、身体を維持するには到底足りない僅かな霊力のみ。死んだのとほとんど変わらない状態だった、なんて言うと残酷すぎるかな」

「それで、そんな状態の俺をここまで運び込んだってわけか」

「そういうこと。だけどそのせいで、後から盛大に叱られる羽目になったけどね」

「なんで、お前が叱られるんだよ」

「死んだも同然の人間を救うのは、あまりにもリスクが大きすぎるから。古田も言ってなかった?」

 確かに、そんなことを言っていたような気もする。

「つまり、俺は見捨てられる運命だったのか?」

 そう考えて、背筋が寒くなる。


「多分、当主代行はそこまでキツいことは言っていないよ。けれど当主代行にそのことを話した時、失敗することも考えないといけないって言われた」

「失敗したら……」

 そこまで言って、池山は口をつぐむ。

 高津も、恐る恐ると言った感じでゆっくりと話し始めた。

「肉体も損傷が治ったとしても、霊力がかなり欠けている。だから場合によっては、肉体だけ回復して意識が戻って来ないままかも知れない、なんてね」

 肉体だけは生き長らえながら、いつまでも目覚めない自分。或いは、彼女の言った通りにゾンビ同然の状態になってしまった自分。

 そんな恐ろしい想像に直面して、自分の幸運さに腹の底がすっと冷える。

「まあ、こうやって仲良く話せてるわけだから、私の心配は全くの杞憂だったみたいだね」

 彼女はそう言って、池山に向かって自虐的にへらりと笑った。

こういうことを、まるで他人事のように言ってしまえる余裕は如何にも彼女らしい。

 そこまで聞くと、池山は一番気になっていたことを率直にぶつける。

「そこまでして、どうして俺を助けようと思ったんだ?」

「死なれると困るからね」

 彼女の答えは、実に明快としたものだった。


「自分が見捨てたせいで同級生が死んでしまう。そんなことをしたら、とんでもなく目覚めが悪い」

 涼しい秋風が、高津の亜麻色をした長い髪を撫でていく。温い緑茶をすすりながら星空を見るその顔は、池山の居心地の悪さなど一欠片も気に留めてないようだった。

「それとも、池山くんは生き返ったのが不満だったかい?」

「そんなことはない」

 池山は湯呑みを覗きこむ。そこには想像していた通り、少し痩せただけの自分の顔がある。

 埋め込まれているという機械にしても、本当に自分が身に着けているという自覚はない。

「なら、良かったじゃん。過ぎたことを一々気にしたってしょうがないよ」

 高津は思い悩む池山に対して、あっけらかんと言った。

「良いのか?」

「最初に言った通りだよ。誰かを助けることは、紅梅衆の祓い手なら当然の義務だからね」

 そう言うと、高津は池山を突き放すように言った。

「だから、私のことはもう忘れていい。私はただの同級生で、同じ学校に通っていても君とは一度も話したことがないし、多分これからも話すことない。そんな付き合いの薄い同級生。私と君は、それでいいんだよ」

「……どうして、そんなことを言うんだよ」

「次に君の身に何か起きたら、今度も私が救えるかどうかは分からないからね。だから君には、出来るなら一生私に関わらない人生を送って欲しい」

 その切実な響きと、彼女の優しさに、思わず池山は何を言ったらいいか分からなくなる。


「……本当ならこういう時、記憶を封印する魔法を使えればよかったんだけど。私は、魔法少女じゃないから」

 そう言ってこちらを拒絶する彼女の顔はどこか悟りきったようで、無理をしているようにも、意地を張っている風でもなかった。

 池山と高津の間に存在する断絶。

 それはこうして同じ星空を見ていても、同じお茶を飲んでいても分かり合えない一線だ。言葉にしようがない、もやもやした気持ちが、夕立を連れてくる積乱雲のように彼の心を覆う。

 お互い何も言えないまま、星空を眺めてお茶を啜る。


ようやくヒロインと主人公が話すことが出来て満足。

そろそろ更新スピードを上げたり下げたりしたい。

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