3 魔法の言葉
「秀一、有紗、『魔法の言葉』って何?」
下校途中に二人に訊いた。
『魔法の言葉』の内容を知れば、原因がわかる気がした。
「『始める』と言った後に願いごとを言って、『終わる』と言う」
有紗が吐き捨てるように言った。
その言葉は、どこかで聞いたことがあった。『始まる』『終わる』だけじゃなくて、もっとルールがあった気がする。願いが叶う代わりに、失敗したときのリスクもあったような。
そうだ。それは『言霊』と呼ばれるものだ。それを『魔法の言葉』と言っているようだけど、間違えたのか、それとも言い換えたのか。
『魔法の言葉』を使った山田さんの願いは何だったんだろう。
「願いが簡単に叶うはずがない。寺社にだって、百回参拝しないといけないのに」
「簡単だからこそ、真剣な願いじゃないんだろ。本当に叶えたいものなら、そんな手段を選ばない」
本当に叶えたい願いなら。『おまじない』なんて選ぶはずがない。本当は、『おまじない』なんて信じてないくせに。叶ったらいいな、くらいの気持ちなんだろう。『おまじない』は『お呪い』なのに。
「絆創膏は?」
「『魔法の言葉』が失敗したときに何か悪いことが起こるらしいの。それを防ぐアイテムだって」
「由宇、『魔法の言葉』が何かわかったのか?」
秀一も知らなかったらしい。どこで『言霊』のことを知ったのか。確か、父親から聞いた気がする。『お父さんも友達から教えてもらったんだけど、使ってはいけないよ。由宇に教えたのは、使っている人を見かけたら止めるためだよ。その時に使いなさい』、そう言っていた。
だから、秀一にも話せない。話せないから、頷いた。
「じゃあ、終わらせる方法がわかるんだな」
「うん。明日、終わらせる」
秀一と有紗は頷いた。詳しいことを話せないのに、二人は何も聞かなかった。話せないことには理由があるから、無理には訊き出さない。それは三人の約束だった。
「始める、可愛くなりたい、終わり」
女子の声が、どこからか聞こえた。商店街で、周りは騒がしいからどこから聞こえたかわからない。
『魔法の言葉』だ。有紗に聞かなかったら、今もきっと気付かなかっただろう。本当に流行っているんだ。簡単に出来るから、簡単に試してしまう。
でも、そのおまじないの正体は『言霊』で、方法が間違っている。そして、失敗したときのリスクは呪いと同じで自分に返ってくる。だから、さっき魔法の言葉を言った女子には、悪いことが起こる。
僕がこれを止めないといけない。『魔法の言葉』が『言霊』だと知っている僕が。
秀一と別れて有紗と家に向かっている途中、角から人が飛び出してきた。現れたのは、クラスメイトの木下さんだった。
「何か用?」
「何で来栖さんは大丈夫なの!?」
木下さんは叫んだ。意味がわからない。
有紗も心当たりがないのか、首を傾げていた。
「おまじないをやったんじゃないの!?」
「やってないよ。これは怪我したから付けているだけ」
有紗の指にある絆創膏を、おまじないのアイテムだと思ったのか。これは正しい使い方で、絆創膏の下には切り傷がある。紙で切ったときのものだ。
木下さんは傷付いた顔をした。有紗も自分たちと同じように、『魔法の言葉』を使うんだと思っていたからか。有紗だって、『魔法の言葉』に頼るんだと思っていたのか。
「私は間違ってない! はじ」
「始めます!」
木下さんを遮って、宣言した。木下さんは驚いて『じ』の口のまま固まっている。
『魔法の言葉』を言わせてはいけない。『言霊』を、間違って使わせてはいけない。
「始まりだけじゃ足りない。言葉一つじゃ足りないんだ。二つ以上の文にならないと意味がない。変じゃないものが本当になる」
なんとか言えた。これで成功したはずだ。
ルールは単純だけど、使うのは難しい。『始まる』、『始める』というように『始め』の言葉を言った後、『あかさたなはまら』のどれかから始まる言葉を言ってその行の字を順番に使っていく。『や』と『わ』から始まる言葉は使えない。濁音は、行全部が濁音にならなければいけない。行の字は重複してはいけない。それ以外の字は何度使ってもいいし、順番も関係ない。
そして、文章になっていなければならない。「あいうえお」と言っただけでは失敗になる。
最後に『終わり』、『終わる』という言葉で締める。
これで『言霊』が完成する。
今回は『は』じまり、『ひ』とつ、『ふ』たつ、『へ』ん、『ほ』んとうで順番に使った。久しぶりだったけど、何とか文章になった。
「終わり」
この後、願いを言えば完成する。
願いは、体に関係することに限られる。可愛くなりたい、速く走りたい、頭が良くなりたい。それは、『言霊』によって一時的に高められるから叶えられる。新陳代謝が良くなって、肌が綺麗になって可愛く見える。速く走るための筋肉や神経が発達する。記憶力が高まり、頭が良くなる。
でも、それは一時的なものだ。ずっと効果が続くわけじゃない。
そして、失敗したときのリスクは、頭痛や腹痛となって現れる。暗示は逆にも作用する。だから、欠席者が多かったわけだ。
そんな『言霊』が『願いが叶う』という噂になって、簡単に使われているなんて。『言霊』を知っている人でも、リスクがあるから使うことは滅多にないのに。
とにかく、願いを言おう。
「『魔法の言葉』のことは忘れろ」
限定すれば、効果は長く続く。木下さんはぼんやり立っていた。
覚えていない方が良い。何をやろうとしたのか忘れた方が幸せだ。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
有紗は面倒臭そうに首の後ろに手を掛けた。
そろそろ終わり。そう、始まりが分かれば終わらせることができる。