2 おまじないのアイテム
次の日、山田さんは昼休みに登校してきた。俯いていて顔が良く見えない。昨日のことは噂になっていて、クラスメイトは山田さんが鈴木さんに水をかけたことを知っていた。しかも偶然じゃなく、故意だったことも知られていた。
山田さんが水をかけた理由はわかっていないから、山田さんに好奇心を含んだ視線を向けていた。体調不良で欠席の生徒が多かったため、いつもより視線は少なくて良かった。
噂って怖い。同じクラスメイトだと、噂が伝わる速さを実感できた。
注意して観察してみると、絆創膏をよく見かけた。キャラクターのものや可愛いものがあって、ファッションの一部になっている。山田さんの指にも絆創膏が巻かれていた。
何か、嫌な感じがする。流行っているから。皆が良いって言うから。だから、自分もそれが良いと思い込む。
そういうものに関わり合いたくなかったから、友達は秀一と有紗だけだった。二人は、そんなことしなかった。そんなことに巻き込まれるなら、友達なんていらない。
秀一と有紗と一緒に山田さんの様子を見ることにした。今のところ、僕たちが第一発見者だと知られていない。
席に着いた山田さんに、遠慮なく話しかけている女子がいた。仲良しグループの山本さんだ。
「優子、何があったの? 教えてくれるよね。友達なんだから」
友達なんだから。友達だったら、言いたくなさそうにしていることを無理に聞き出そうとしない。好奇心で、傷を抉るようなことをするのが友達なのか。皆が知りたいことを代表して聞いてあげている、という態度だった。
山田さんは顔を上げなかった。肩が震えている。ここからは見えないけど、怯えているのかもしれない。
「なんで私に聞かないの? 水をかけられた私に」
今まで黙って見ていた鈴木さんが立ち上がった。ただ立ち上がっただけなのに、何人かは警戒していた。
不良っていう噂だけで、怖がられる。そして、悪者にされやすい。
水をかけられたのは、鈴木さんが何かやったからでしょ?
そんな声が聞こえた。
「……鈴木さんにも理由はわからないんでしょ? だから優子に聞いているんだけど」
「隣のクラスの子もいたんだから、その子に聞いてみたら?」
山田さんは顔を上げた。鈴木さんが庇ってくれているのに気付いたようだ。
他のクラスの二人が原因になっていることは昨日鈴木さんから聞いたからわかっている。二人が何か言ったから、山田さんは水をかけた。
二人は何を言ったんだろう。
「どうせ、優子のニキビのことでしょ」
山田さんは急に立ち上がって走って教室を出て行った。
教室の中は一瞬静まった。それから笑い声が響いた。
何なんだこの空気は。笑いごとじゃないだろう。秀一と有紗は無表情だった。無表情なのが怖い。
山田さんの顔にニキビが沢山出ていることには気付いていたけど、そんなの思春期にはよくあることだ。有紗の額にも少しニキビが出ている。どんなに入念にケアをしても出てくる、と怒っていた。
「すげーブツブツだもんな」
「ボコボコしてた」
「カワイソウだよね」
嘲笑は、聞いていて不快になる。
自分がそうなったら。自分が言われたら。
そんなことは考えないんだ。
自分は大丈夫。自分はそんなことにはならない。
そんな保障はないのに、第三者の立場で笑っている。
「じゃあ私もブツブツでカワイソウなんだ」
有紗は前髪を搔き上げた。堂々と見せるその態度に、男子は言い訳をし出して、女子はコソコソと話し合っていた。
来栖さんは可愛いから大丈夫!
全然ブツブツじゃないよ!
可愛い子は少しくらいニキビがあっても可愛いよね。
全然カワイソウじゃないし。
何アレ、可愛いアピール?
そんな声は、有紗には届かない。自分と山田さんのニキビに違いはないと思っているんだろう。
「山田さんを探してくる」
有紗は教室を出て行った。秀一と一緒に後に続いた。
せっかく山田さんは登校してきたのに。鈴木さんは山田さんを責めなかったのに。
何でそれを邪魔しようとするんだろう。
山田さんは保健室で休んでいた。午後の授業は受けずに、そのまま帰ったらしい。
放課後、有紗の日直仕事の手伝いで理科室に向かった。日直は雑用が多い。先生から資料を運ぶよう言われたらしいけど、理科室は特別棟の四階にあって、資料の量は少なくても距離があるから手伝いがあった方が良い。
「大丈夫、わからないって」
特別棟の三階の階段を上ろうと足を踏み出すと、上から声が聞こえた。
小声のようだけど、周りにも聞こえる大きさだった。内緒話だろうけど、周りを気にしていない声だ。まあ、人通りが少ない場所ではあるけど。
隣を歩いていた有紗は、立ち止まって唇に人差し指を立てた。
「うん。みんなやってるしね」
「昨日はすごかったよね。それに比べたら平気だって」
何の話をしているのかわからなかったけど、有紗はわかったようだった。眉間に皺を寄せている。それでも不細工に見えないから凄い。
隣に僕がいるのを忘れていたのか、僕を見て一瞬驚いた顔をした。
「おまじないのことだと思う」
「絆創膏の?」
「多分、これは」
有紗は口を閉じた。階段の上から女子が二人降りてきた。二人は僕たちを見て驚いていたけど、話は聞かれていないと思ったのか、何も言わずに通り過ぎた。
ちらりと見えた手の甲には、花柄の絆創膏が見えた。
「絆創膏……」
「やっぱりね」
絆創膏。怪我をしたときに使うものが、アイテムになっている。不必要な物は持ってきてはいけないけど、不必要とはいえない物だから禁止できない。それを着けるために怪我をする子が出てくる可能性もある。
有紗は、難しい顔をして階段を上った。言いかけた言葉が気になったけど、声をかけられなかった。