僕の命題
あの日以来の僕は行動的だった。
学校帰りにカラオケに立ち寄って一人で歌い通したり、楽器屋でピアノやギターを眺めたり、
ペットショップで猫を愛でたりするようになった。
また、日曜日には東京に出て洋服を買って物珍しいスイーツなんかも食べてみた。
夜には見知らぬライブハウスに忍び込んで世に抗う人たちをみた。
けれどそのどれもが、過ぎてしまってはただの思い出にしかならずより一層僕を苦しめた。
そんな煮え切らない時間がまた僕をとりかごに押し込めようとしていた。
ある月曜日のことだった。
外は生憎の雨でじめじめした気候だ。とはいえ気温は20℃。6月中旬だというのによくわからない。
僕は仕事行くついでに駅まで父に送って行ってもらうことにした。
駅について僕はふと定期券と財布を忘れていることに気が付いた。
日曜日に私服で出かけたままだった。
父の車はもうなかった。さすがに呼び戻すのは悪いだろう。そう考えた僕は遅刻は仕方ないかと割り切って徒歩で家まで戻ることにした。
僕の家までは徒歩だと15分はかかる。往復で30分だとして学校に着くのは一時間目中盤くらいだろうか。
僕はとりあえず母に定期と財布忘れたとメールを入れておいた。
母はこんな僕をなんていうんだろうか。少し鬱になりながらも僕は折り畳み傘を開いて歩き出した。
雨は思った以上に強くてズボンはずぶ濡れになった。
僕は適当に玄関横に傘を置いて、オートロック式を暗証番号で解いてカギをあけた。
家の中に入るとそれに気づいた母が誰?と聞いてきた。
僕は定期と財布忘れたと言った。
母はやはり悲痛な声をあげて嘘~、ありえなーい!!と声を上げた。
僕は母のこの声が大嫌いだ。人のやる気をとことん削いでくれる。
予想通りではあったが僕はたまらず、あのさほんとにそれやめてくれない?と言い返した。
すると母はだって本当にありえないんだものと返してきた。
一番悲しいのは僕のはずなのにまるで僕が悪者だ。
もう話しても無駄だなと思った僕は自室に定期券と財布を取りにいった。
無言で家を出ていこうとしたところで母はカッパ着て自転車で行くかバスで行くかしなさいと言った。
反抗したかった僕はそのまま無視して徒歩で駅まで向かった。
ついに雨水は靴の中まで侵入してきて僕のイライラは沸騰しそうだった。
気分を害した僕の気持ちは駅のホームについても変わらなかった。
このまま学校へ行ったところでふて寝するだけだろうから僕は休んで気分転換をしようと考えた。
前までの僕なら絶対にこんなことしなかっただろうなあ。
いちいち学校に電話するのだって面倒だし、親にバレた場合とんだとばっちりを受ける。
推薦受験の出席日数大丈夫かなとも思ったけれどぎりぎり13日で後1回なら大丈夫なはずだ。
大学のことを適当に考えすぎだとも言われるけれど僕は今を生きているんだと考えるのをやめた。
とは言え後学校まで二駅というところまで決断するのに時間がかかった。
僕は改札を一度出てから家へと向かう方面の電車に乗った。
目指すは家ではなく、定期券範囲内にある大きなショッピングモールだ。
駅を出て僕は携帯を取り出して学校に休む電話をした。
言い訳として気持ち悪くて行けそうにないと言った。
あながち嘘ではない。大丈夫だと少しうるさく鳴る心臓をなだめた。
正直一度はやってみたかった。みんなが学校がある日に一人学校を休んでどこかに遊びに行くのだ。
悪いことしているという自覚がむしろ僕を高揚させた。
僕は駅のほぼ真横にある巨大ショッピングモールに入って映画館を目指すことにした。
平日のモール内は休日とは違いすごく静かだった。
大規模なモールなだけあってさすがに人がいないわけではないが僕のような学生の姿はなかった。
映画館は駅側と反対側の入り口のちょうど真ん中にあり、歩いて6、7分くらいに位置している。
映画館に着いてはっとした。チケット売り場がなかったのだ。
どうやら最近チケットは自動販売機で買うようになったらしい。
高校生が平日の午前中に制服を着て映画を見に来たらチケット売り場でどんなことを言われるんだろうと危惧していたがどうやら杞憂だったらしい。
これなら一人で映画に来る人も増えるかもしれない。
僕は恋愛映画を選択してチケットを買った。
どうやら昔、友達に借りて読んだ少女漫画の実写化みたいだった。
上映までの一時間、僕はCDショップで時間をつぶすことにした。
もちろん僕が向かうのはポジティブな彼女の歌を聴くためだ。
時間も経っているし新曲が出てるかもしれないと思ったのだ。
僕の予想は的中し、彼女は新曲を出していた。
しかし彼女はまだそこまで人気が出ていないのかCDディスクが一枚、ぽつんとお店の端においてあるだけだった。
僕はそのCDを迷わず手に取って試し聴きコーナーに持って行った。
彼女は相変わらずのポジティブだった。
自分は最強で絶対に欲しいものを手にできるそんな想いを綴った一枚だった。
どうして彼女はそんなに前向きに生きられるのだろうか。僕には変わらなかった。
それでも彼女の曲は僕に大きな勇気をくれた。
僕は値段も見ずにそのままカウンターにCDを持って行った。
どうやらCDは初回限定版だったらしい。LIVEのDVDも一緒についてきた。
そろそろ映画の時間だ。
映画館の中はほぼ貸し切りかと思ったが意外にも座席の10分の1くらい埋まった。
しかし男性客は一人もいなかった。それもそのはずか。少女漫画を元に創られた作品だ。
僕は少女漫画のドキドキするような甘酸っぱさが好きなのだが、どうにもそういう類は女性にうける。
その男性にはもっとそういったシチュエーションを大切にしてほしいと思う。
そう考えると僕は女なのかもしれないと思った。
情けないし、優柔不断だし、女に生まれてこれたら僕は幸せになれたのかもしれない。
男なら堂々としろだとかこんな僕はオカマだとか昔の悪口が頭によぎった。
せっかく気分転換に来たのだと頭を切り替え僕は映画に集中した。
映画は感動的だった。唯一の親友と別々の高校に通うことになった女主人公は一人ぼっちになるのを避けるために
彼氏との色恋沙汰の話題ばかりをするグループと仲良くなった。
彼氏なんていたことがなかった彼女はそれでも省かれないために彼氏がいると嘘を付き続けて関係を維持していた。
あることをきっかけに彼氏がいないことがバレそうになった彼女は偶然出会ったイケメンに恋人のふりをしてとお願いした。
ただの偽りだった関係の中で彼女の想いが本物に変わっていき抑えきれなくなる。
最初はバカみたいだと棒に振っていた恋人役だったがそれでも諦めない彼女に少しずつ惹かれていって結ばれるというストーリーだった。
僕は考えた。何で人はそこまで誰かに関わろうとするんだろうかと。
関わらない方が悲しまないで済むのにと。
でも僕は感動した。それはつまりそういうことなんだろうと僕は思った。
人は自分で自分を作り出すことができない。誰かと関わり誰かと笑い、そこに愛を感じて自分の居場所を探すのだ。
命あるものはいずれ命を落とす。それに理由なんてない。
だから僕は怖くてたまらなかったのだ。世界が有限だと知った日、僕は何もないまま消えてゆくのが怖かった。
誰とも関わらなくても平気だなんて嘘だった。ただ強がってただけだった。
死ぬのは怖い。でもだからこそ美しく輝くこの魂を糧に僕はこの世界で誰よりも最高に楽しんで誰よりも笑おうと誓った。
そのほうがきっと楽しい。この世は楽しんだもの勝ちのゲームなんだと彼女の歌声が聞こえた気がした。
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