プロローグ1 「夕闇の惨事」
真夜中の公園。
少女の声が、弱々しく辺りに響く。
街灯は拉げ、地面のアスファルトは無残に抉られ崩れている。
雲間から僅かに差した月明かりによって、辛うじてその光景が見て取れた。
「……ぁ」
そこには元々は少女の親友だった亡骸だけが存在した。
その身体からは既に生気が抜け落ち始めており、顔があった場所からは大量の血液が噴き出している。
「……いや……嫌だよ…………」
怯えからか、脳が現状を拒絶している。
その目は、焦点が定まっていない。
だが、この惨状からとても目を背ける事が出来ない。
「ぅ……ぁあ……」
それでも必死になって、その血を浴びてでも、死体を抱きしめていなければ少女はとても平静を保つ事が出来なかった。
木の陰に身が隠されていたが、そもそもそれは無意味だと理解する。
――メキ、メキ
と、木がへし折られる音が、耳に届く。
恐怖故の好奇心が、強張る少女の顔を持ち上げ、その光景を作り出した元凶へと視線を向けさせた。
「…………っ!」
思わず息を飲む。
街灯に照らされるそれは、巨大な鳥の首だ。
小刻みに、虚空に浮かぶ首をカクカクと傾けながらこちらを睥睨する鳥の頭の姿。
蛇に睨まれたカエルの様に、少女の身体は恐怖に染められ動かない。
目に映るのは常識から遠く外れていて、ひどく現実離れしている。
事実、首から上だけのその物体は『化け物』でしかない。
襟巻の様に首の根元を覆う鶏冠を震わせ、ペリカンに似た嘴から弾き出されたのは、鳴き声だ。
――――――――ッ!!
音にならない絶叫が、空気を割る。
空間の振動は、少女の脳を容易く揺さぶり、感覚を狂わせる。
耳鳴りがひどい。
涙が滲む。
吐き気に見舞われ、目眩が襲う。
意識が現状を、この非常識を認識出来ない。
「う……うぅ…………」
虚弱に唸る。魘される。
こんな化け物は存在しないのだと、意識は現実逃避を始める。
一層強く、既に冷たくなったものを抱く。
ぎゅっと強く。
縋るように、強く。
少女はふっと、目を瞑った。
縋りついて、やっと、悪夢から目を逸らす。
顔をうずめる。
もう血の匂いに塗り潰されているはずの親友の残り香に包まれ、安心したように身体から力を抜く。
「…………ゃ……」
そして眠るように、少女は深い闇の中へと、その意識を手放した。
『クアアァァアァァァッッ!!』
喉元から発せられる爆音じみた奇声。
少女の様子を窺う様に、瞬きだけをしながら首だけの怪鳥は獲物を据える。
人二人を丸呑みに出来るほどに大きな口が少女に近付けられ、何故か未だ警戒する様子で、鳥は目の前にある少女をつついた。
いたずらに少女の肌を破り、痛々しい傷を作っていく。
鳥首の行動は動物らしい故に生々しく、その光景は不気味さを孕む。
少女の身体に嘴の一部があたるが、しかし少女はピクリとも反応しない。
数分の間嬲り、ようやく満足したのか。
化け物は器用に二人分の肉を拾い上げ、開かれた口の中へあっさりと放り込んだ。
誰かの声が聞こえる。
この公園でこの化け物の死骸が発見されるのは、夜が明けた後の話だった。
誤字などあったら教えて下さい。