遠い道のり
道中編です
なかなか進まないです
「さてと、これからどうしますか?」
なんとか京都駅に着き、ホテルに荷物を預けてた俺達は、駅構内をぶらつきつつこれからの予定を練っていた。
「んー、もう昼だしとりあえず飯だな!」
以呂波さんの遅刻のせいで時刻はもう正午を回っていた。
「やっぱりせっかく来たんだから名物とかが食べたいですね」
「名物かー、京都と言ったらおばんざいだろ。私いい店知ってんだ」
おお。これは期待出来そうだ。ちょっと見直しましたよ、以呂波さん!
「で、その店はどこにあるんです?」
「嵐山」
「どうやって行くんです?」
「電車で行く」
「手段じゃなくてルートを訊いているんですが」
「ルート?1.41421356?」
「誤魔化さないで下さい」
「……」
視線を反らして黙り込む以呂波さん。
いい店があっても場所知らないなら意味ねーよ!
「嵐山って言ったって所詮は山なんだから山に向かえばいいんだよ山に!」
「京都は盆地です!山に囲まれてるんです!」
「あらら残念」
なんとも他人事のような言い種。
駄目だこの人……いや、もっと早く気付かなかった俺が駄目でしたね。はいはい。
「迷ってても仕方ないですから、地図買ってとりあえず嵐山に行きますか?」
「そうだな!」
以呂波さんは元気よく頷いて先走って行ってしまった。精神年齢が幼稚園児以下の彼女はこれだから世話がやける。
慌ててその後を追うと、お土産ショップにずるずる吸い込まれていく後ろ姿を目撃したので一発げんこつをかましてから引きずり戻した。
「ああ八ッ橋……」
「おばんざいはどうしたんですか!」
「お腹空いた待てないー……」
10秒前の威勢のいい「そうだな!」は、一体何に対する同意だったんだ。
ぐすぐずされるのも面倒臭い。どれか一箱八ッ橋を買ってやろうとしたら、横から「抹茶と桜〜」などというリクエストが入ったので、もう一発かましておいた。
気を取り直して。
本屋で散策マップを買い、電車で嵐山へ。
「着いた!飯!」
嵐山駅に着くやいなや、改札口……とは逆方向に一目散に駆けていく以呂波さんを一瞥してから地図を確認する。以呂波さんの言うおばんざいの店は、ここから歩いて行ける距離にあるようだ。
「この駅改札口がないぞ……」と言いながら戻ってきた彼女を、今度は無視して改札口に向かった。
「待てよ〜」
泣きそうな声で後ろからピョコピョコついてくる様子はわりと可愛かったので許す。
ちなみにさっき買った抹茶と桜味の八ッ橋(6個入り)は車内で空になりました。
駅の外に出ると、冷たい風が頬を掠めた。
暦の上では春だというのに、今日は雪が降るらしい。今朝天気予報を見ておいて本当に良かった。分厚いダウンジャケットにマフラー、手袋も装着。防寒対策はばっちりだ。
しかし、さっさと店に向かおうと歩き出す俺の後ろで、
「ぶえくしっ!」
おおよそ女子らしくないくしゃみの音が聞こえた。
今度はどうした。
面倒くさそうに振り返ると、以呂波さんが駅の出口の前でガタガタ震えて縮こまっていた。
「何やってるんですか?」
「さ、寒い……」
よく見ると、彼女の格好は完全に春服だった。
短めの白いスカートに、きれいに首元が丸型に切り取られた七分袖のシャツ。上着は薄いピンクのカーディガン。
……寒いに決まっとるがな。
「今日雪ですよ?」
「は……マジで?」
以呂波さんの顔に絶望の色がさす。俺の顔にも絶望の色がさした。
「……もしかして、天気予報見てません?」
「最近お天気お姉さんが変わったから見てないな」
「お母さんと住んでるんでしょう?何か言ってくれなかったんですか?」
「え、だってママ……じゃなくてお袋がこの服で行きなさいって言ったんだ!春なんだから、ダウンなんて着てたら笑われるわよって!」
あ、お母さんのことママって呼んでるんだ萌えるな……じゃなくて!
以呂波一家は天気予報も見ないのか!?
なんとも頭がハワイアンな家庭である。
「なあ」
「何ですかアロハさん?」
「は?」
「いえ、以呂波さん?」
「その手袋貸してくれ頼む」
「……今日だけですよ?」
そんな潤んだ瞳でお願いされたら貸すしかないじゃないですか。
俺が手袋を渡してやると、以呂波さんは「ありがとう」と言って無邪気な子供のような笑みを浮かべた。
うん、可愛い。
「さ、今度こそお店に向かいますよ」
「あ、待て」
踵を返した俺に制止がかかる。
「まだ何か?」
「ちょっと手、出せ」
「はぁ」
次の瞬間。言われるがままに差し出した俺の手を、手袋をはめた以呂波さんが握った。
「え、な、ななな何ですか急に!?」
「こうするとお前の手も温かいだろ?」
「そ、そうですね!」
ヤバい嬉しい嬉しいよぉお!!!
初めて恋人っぽいことした気がするよぉお!
世話の焼けるズボラ女子が、“彼女”にランクアップしたよぉお!!ヒャッハー!
「なあ、店に着かないんだが」
「へ?」
以呂波さんの急な呼びかけに、ピンクのシャボン玉が弾けた。辺りを見回すと、見知らぬ竹林が広がっていた。
「ここはどこですか?」
「さあ?」
俺得な展開に思わず舞い上がり、彼女に腕を引かれるまま歩いていたら、いつの間にか店とは真反対に来てしまっていたようだ。
「……戻りましょうか」
京都旅行はまだまだ続きます!
ここまで読んで下さったあなたに心からの感謝を。
ありがとうございました!