第8話 合成獣(びぃすと)
目覚めると、そこは見たことのない天井だった。
視線を窓の外に向けると、青空が見える。
(あれ? ここ、どこだっけ?)
ボンヤリとした頭で考える。すぐに殺されそうになったことを思い出し、飛び起きた。
ハラリ、と白いシーツが落ちる。
視線を下げると白い裸体があった。
男にはない膨らんだその部分と、先端の小さくてもその存在を主張する突起物。
いくら最初に目が覚めたときに、確認のため見たり触ったりしてみたとはいえ、服を着た状態と比べて、こうして一糸纏わぬ姿で見るのはやはり破壊力が違う。
これが今のボクの体だと認識していて、頭の中では見慣れている感覚があったとしても、姫宮夏姫としてのボクとしては、服を着て何かやっているときはともかく、落ち着いてこうして見てみるとやっぱりドキドキしたりするのだ。
「ごくり……」
だから思わず生唾とか飲んじゃっても仕方がないのだ。
(ちょっとだけ……ちょっとだけだから……)
胸を高鳴らせ、両手をその膨らみに近づけていく。
あと三センチ……二センチ……一センチ──
「う~~ん……」
「────ひゃあっ!」
もう一息というところで隣から呻き声が聞こえ、別の意味で心臓が跳ねた。……って、隣?
見ると、同じベッドの隣に、危ないところを助けてくれた男の人がいた。全裸で。
「きゃああっ!」
反射的に男の人から距離を取ろうと動いた。女の悲鳴が耳に聞こえた。悲鳴の主はボクだった。シーツが手と足に絡まってバランスを崩す。あっ、と思ったときにはもう遅い。
ゴンッ。
ベッドから落ちた。頭から。
「────~~~~っ!」
(痛いっ。すっごくイタい!)
頭もだけど「きゃああっ!」とかすっごくイタい。アイタタだ。
頭を抑えて床でのたうち回っていたら、手足に絡まっていたシーツが体に巻かれていく。
(あれ?)
痛みは数秒で消えた。かなり強くぶつけたのに、嘘のように唐突に痛みが消えたのだ。
(何で?)
疑問が浮かぶと、その答えがすぐに返ってくる。
その情報によると、どうやらボクは新しい能力をいくつか身につけたようだ。痛みが消えたのはその能力の影響みたいだ。
思い当たるのは気を失う前の魔法陣。
あれが何だったのかは分からない。
今はそのことは置いておこう。
大至急確かめなくてはならないことがある!
背後でもぞもぞと身を起こす気配。
「どうかしたのか?」
男の人が寝ぼけ眼で欠伸をしながら訊いてくる。
「事後!? 事後なんですかっ!?」
大事なことである。すっごく大事なことである。記憶にないから尚更だ。
童貞中退では飽き足らず、女として大人の階段昇っちゃったら、ショックの余りそのままマスターランクの引き籠もり目指しちゃいそう。
「あー……俺、気絶してる相手に手を出す趣味ないから」
ボクが言いたいことを察してくれた彼は、ボクが望んだ答えをくれた。
ほっ、と息を吐く。
男同士、お互い不幸にならなくて済みましたね。
「体、どっか異常はないか?」
「異常ですか?」
言われてシーツに巻かれた体を見る。
別にどこも怪我はしていないし、気分が悪いというわけでもない。魔力欠乏症も完全に治っていて、体はむしろ軽い。絶好調といっても差し支えはないんじゃなかろうか。
この体調は新しい能力の影響かもしれないけど、状態がいいのだから問題はない。
「特にないですね」
「そうか……」
「何か気になることでも?」
あんなことがあった後だし、歯切れが悪いと不安になるんだけど……。
「いや、ちょっといくつか訊きたいことがあるんだが、朝飯食ってからにしよう」
訊きたいことと言われても、この世界に来て二日目のボクに答えられることなんてないと思いますよ?
言っても信じてもらえそうもないので、心の中で断っておく。
彼はベッドから降りた。
昨日、鎧の上から見たときには分からなかったけど、脱ぐと筋肉質な体をしていた。何年もかけて鍛え上げてきた様子が見て取れる。ここまでの筋肉を持つ男を実際に見たのは初めてだ。
羨ましい限りである。ちょっぴりジェラシー。
あとで腕とか触らせて欲しいかも。
そんなマッチョな彼は座り込むボクのすぐ横に立つ形になる。
「────っ」
ボクは“それ”を間近で目にすることになり、息をのむ。
彼は全裸のままだ。
時刻は朝だろう。たぶん。
彼の股間にいる、ゾウと亀の合成獣がおっきしていた!
負けた……。敗北感に包まれる。
今じゃ比べるモノすらないけども。
あとその合成獣を近づけないで欲しい。万が一にも触れたくないので。
そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、彼は気にする風もなく出入り口に歩いて行き、そのままドアを開けた。
「────ちょっ!?」
あなた全裸ですよっ!
「終わったか?」
「────えっ────ええ、これです」
ドアの向こうから動揺した年配の男の人の声が聞こえた。どうやらこの部屋に用があったみたいだけど、部屋に着いたらいきなりドアが開いて、中から全裸おっきの男が出てきたら誰だってビックリすると思う。
「着替えたら降りる。朝食を二人分用意して──」
彼は言葉を途中で止めると、ボクの方を向き、
「食べたいものあるか? 食べられないものとか」
「あ、好き嫌いはないので大丈夫です。食べたいものは……特にないですね」
そもそもメニューがわからないので選びようがない。
「だそうだ。二人分何か頼む」
「はい。畏まりました」
ドアが閉められると、彼の手には綺麗に畳まれた白い服があった。
「ほら、キミの服だ。汚れていたから洗濯してもらった」
ボクの服?
なるほど、それでボクは裸だったのか。疑って悪いことをした。
命の恩人で、しかもボクが寝ている間にわざわざ運んでくれたような人だ。エロいことをしただなんて、とんだ濡れ衣だよね。
服はともかく、下着まで脱がさなくてもいいんじゃない? とは思うけど、見たところ、本人は全裸でまったく気にした素振りもない。裸でいることを恥ずかしいとは思わないタイプのひとなのかもしれないじゃないか。
「あ、ありがとうございます」
彼はボクに服を渡すと、ぱんぱんに膨れあがったリュックサックから自分の服と下着を出して着始める。そのリュックサックから女性用下着がところどころはみ出して見えるのが気になった。
「それと、下着は数が多すぎて全部は回収しきれなかった」
って、その中のパンツ、ボクのですか。
「いいですよ、まだいっぱいあるので。ありがとうございます」
「────!」
あのパンツわざわざ回収してくれたのか。かなりの量があったのに。
本当にいい人だね。ボクは感謝してばかりだよ。
ここは少しでもお礼をしたい。そう思ったところで、ボク──というか、この体が結構お金を持っていたのを思い出す。
これから朝食みたいだし、ここはこっちがお礼にご馳走するべきか。
ここまでお世話になっておいて、最初のお礼が朝食の奢りというのは小さすぎるけど、後で他にも何かでお礼をすればいいだろう。
こういうのは、まずは感謝の気持ちが大事だ。
そう決めると、彼が着替え終わるのを待った後、一度部屋から出てもらった。
だって、言わないと着替え終わってもずっとこっち見てるんだよ、真剣に。
何かボクの体の心配をしてくれていたからそれでだろうけど、今の体でそうマジマジと着替えを見られるというのはちょっと恥ずかしい……。
「…………覚悟を決めよう」
昨日は女物の下着を身に着けていたとはいえ、あれは最初から着ていただけだ。けど、今回は自分の意志で身に着ける必要がある。
ノーおパンツという案は却下だ。イタズラな風が吹いたらスカートの中の不毛の大地が衆目に晒されかねない。
「いざっ!」
ボクは試合に望む選手のように気合いを入れて、部屋の片隅の机の上に置かれたパンツ袋を手に取った。