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第7話 聖剣、覚醒


「急げ! もっと速くだ!」

「これ以上は無理です! 馬が持ちません!」


 私は御者の言葉に歯ぎしりした。


 先程、上空に光の線が見えたと思ったら、とんでもない爆発が起こった。

 馬も人もパニックだ。幸い、手持ちのポーションで治る範囲の怪我を、暴れた馬と巻き込まれた護衛が負っただけですんだが、またいつ起こるか分からない。

 あんな常軌を逸した爆発、今度は近くで起こりようものならまず無事ではすまない。


 死の予感すら覚えながら、私──カシム・アッカ―シャは次の街に急いでいた。


(こんなことなら無理にでも馬車に同乗してもらうんだった!)


 後悔が脳裏を過ぎる。


 ローリエ村には実家の依頼で生地と魔道具を仕入れに行っていた。

 あの村は小さな村だが特産品の生地は上質で、富裕層に人気がある。上級貴族の中にも固定客がいるほどだ。

 魔道具の方も村にランク7の魔道具使いの爺さんが住んでいて、少ないが質のいい魔道具をいくつか仕入れることが出来た。


 いつも通りに仕事をして、いつも通りに帰る。それだけの予定だった。

 そこにひとつの出会いが割り込んだ。



 冒険者のオルカ・アーバレスト。

 彼が売り込みに来た剣は、今まで見たことも感じたこともない不思議な魅力を持つ剣だった。

 


 私は剣が好きだ。

 切っ掛けは子供の頃に読んだ英雄譚。

 主人公が剣や魔法を駆使して活躍する話に憧れた。

 憧れが嵩じて剣を習いもした。魔法を習いもした。

 親に怒られながらも勉強や睡眠の時間すら削り、三年ほど頑張った。


 だが、どちらの才能も私にはなかった。


 私より後から始めた者たちにどんどん抜かれ、どんどん引き離された。

 きっと彼らは私よりも多くの努力をしているのだ。そう思い、当時道場で私を追い抜いた者たちを、こっそり休日に観察したことがある。強くなる秘訣を探るためだ。(後になって考えると、少々いきすぎた行動だったが、当時は真剣だったのだ)


 結果、心が折れた。


 彼らは休日に遊んでいたのだ。中には家の手伝いをしている者もいた。だが、休日に稽古をしている者はほとんどいなかった。


 私には剣や魔法の才能がない。物語のような英雄にはなれない。

 子供の時分でも、そう理解するには十分すぎる出来事だった。

 闘気も魔力も、どちらも操ることが出来ないのだ。

 現に今も私自身、道具がなければ生活で使うような小さな火すら熾せない。


 そんな私にとって、武器の収集は慰めになった。特に剣だ。

 未練がましくも、優れた剣を持つと自分が強くなったように錯覚することが出来た。

 あくまでも錯覚だ。分っている。だが、それでも私自身はそれなりに満足していた。


 オルカ・アーバレストが持ち込んだ剣は、そんな私をこれまでにないくらいに満足させてくれる。一目見た瞬間に私が持つスキル“直感(微弱)”が発動し、そう思ったのだ。一目惚れだった。


 ドラゴンが護っていたとかいう話だったが、あんな小さな村にはいくら何でもいないだろう。仮にいたとしても、ソロの冒険者で、一人で複数のドラゴンを討伐していることから“龍殺し”のオルカと呼ばれるあの男なら、本当に倒せるかもしれないが。


 彼が剣を手に入れた経緯の真偽はどうでもいいのだ。嘘だとは思っているが。


 私は剣に大金を支払う価値があると思ったからこそ支払うことにしたし、強さにおいて有名な彼とは今回だけではなく、それなりのコネを作っておきたい。

 その為に残りの金を支払うという名目で実家に呼んだのだ。精々歓待させてもらおう。


 だが、今はその時の判断を後悔している。


 近くに強大な力を持った“何か”がいる。

 この辺りに棲息する魔物や野生動物くらいなら、雇っている護衛だけで何とかなるだろう。そんな彼らもあんな爆発を起こした主には活躍を期待できない。


(オルカ・アーバレストがいれば何とかなったかもしれんが……)


 彼はそう期待できるほどの傑物。まさに、私が“なりたかった自分”そのものだ。


 傍らに置いていた、彼から買った剣を握る手に力が入った。


 その時だった。


「カシム様! 剣が!」


 馬車に同乗していた護衛の一人が声を上げた。

 私はその声に、握っていた剣に目をやった。


「うわあっ!」


 剣が光っていた。驚きの余り、咄嗟に剣を放り投げる。ほぼ間を置かず、一番近くにいた護衛が私と剣の間に立った。


「馬車を止めろ!」


 護衛のリーダーの男──ラグナの剣幕に、御者がすぐさま馬車を止める。


「カシム様、下がってください!」

「う、うむ」


 私がラグナに言われ剣から距離をとろうとする間にも、剣から放たれる光はどんどん大きくなり、やがては天をも貫くような光の柱と呼んでも過言ではないモノへと変わる。


 その光は数秒か、或いは数十秒か──驚きが大きすぎて判然としないが、長い時間ではなかったと思う──すぐに収った。


「う~~~ん……。よく寝たあ……」


 年端もいかない少女のようなその声に、その場にいた者が全員驚愕した。


「け、剣が喋った……?」


 誰かが半信半疑でそんなことを言う。


 普通にそんなことを言ったら冗談と取られるか、馬鹿だと思われる発言だ。だが、今この場にそんな人間はいない。


 私自身、剣が喋ったように聞こえたのだ。


「あれ? ここ、どこ?」


 再び剣から声が聞こえる。


「あたしみたいな美少女が訊いてあげてるんだからちゃんと答えなさいよ! まったく。使えないおっさんたちね!」


 声だけはとてもかわいらしいのだが、発言の内容はかわいくなかった。


「……何者だ、お前は?」


 ラグナが剣を抜き、喋る剣に尋ねた。


「はあ? 何であんたに教えないといけないのよ。何? あんたあたしの持ち主? 違うなら生まれ変わって出直して来なさいよね!」


 喋る剣は高圧的な態度を崩さない。


「私が持ち主だ」

「カシム様!?」


 常識外の事態だが“直感(微弱)”による、ある予感に突き動かされ、私は護衛たちの間から前に出る。その行動を止めようとする護衛達の動きは手で制した。


「…………あ、あなたが?」


 喋る剣は何やらショックを受けたような声音だ。


「そうだ」

「不細工ね」

「余計なお世話だ」


 容姿の美醜についてはあまり気にしていないが、面と向かって言われると話は別だ。失礼な剣である。


「私はカシム・アッカ―シャだ。持ち主になら話すのだろう?」

「信用できないわね。あたしの持ち主は格好良いひとって天地創造の時代から決まってるのよ。あなたみたいなおっさんにあたしの“力”はもったいないわ!」

「何のことかは分らんが、私がお前の持ち主であることは事実だ」

「なら、言葉を示しなさい。あたしの持ち主なら言えるはずよ!」

「いいだろう」


 とはいったものの、何の言葉を言えば良いのか分かるわけがない。先程の“直感”を信じただけだ。


 信じたとおり、再び“直感(微弱)”が発動する。


 スキル発動時の直感は当たる確率が高くなる。(微弱)だと滅多に発動しないが。一年に一回発動すればいい方だろうか。

 これほど連続して発動するなど、これまでの人生になかった。



 間違いなく、今、キテる。


  

 私は“直感”に従い、オルカ・アーバレストが言っていた言葉を口にする。


「選ばれし勇者の手に渡ることを切に願う」

「────っ!」


 沈黙が暫し、場を支配した。


「…………ショックだわ…………。ものすっっっごくショックだわ!」


 剣が悔しさを不機嫌さで包み込んだように、声を荒らげる。その反応で答えが分かった。


「で、答えは?」

「くっ……正解よ……。かなり腑に落ちないところもあるけど、及第点ってことにしておいてあげるわ。当面、あなたがあたしの持ち主よ! いい? 当面よ。仮。仮の持ち主。わかった? それでも不本意だけど! すっっっごく不本意だけどっ!」


 そこまで私に不満があるのだろうか。不本意を二度繰り返されたが気にしない。そんなことよりも、私の心臓は嘗てない程の期待でドキドキとしていた。


「いいわ。あたしを手に取りなさい」


 私は剣に言われるまま、片膝をついてその柄を握ろうとする。


「危険ですカシム様!」


 肩を掴んで止めようとするラグナの手を払って、私は握る。


「……大した力も潜在能力も感じないわ。やっぱりおかしいわね。この程度で結界が……けど、封印内に書かれていたはずの文字を知っていたのは事実だし……」


 何やら剣がぶつぶつと呟いているが、小さすぎてよく聞き取れない。


「まあ、仕方ないか。他にいないし。あくまでも“仮”だし。それにしても……」

「ん?」

「せめてもうちょっと……ううん、かなり痩せなさいよ」

「善処しよう」


 かなり機嫌が良かった私は、剣の要求に二つ返事で返す。


「はああ……まあ、いいわ。よくないけど、全然良くないけど! 不細工はすぐに治るわけじゃないから当分我慢するわ」


 剣は大きくため息を吐くような声を出した。その後、気を取り直すように咳払いのような声を出す。



「あたしは“聖剣リンスリット”。大魔王を倒すために、神によって生み出された由緒正しき勇者のための剣よ! 崇め奉りなさい!」



 その言葉を聞き、私は先程の予感が的中したことを確信した。



 今、この瞬間が私の人生の転機!



 “何か”が始まったのだ。




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