第6話 出会い(オルカ視点)
走る。
走る!
走るっ!
かなりの距離を、それはもう全力で走り抜けた!
あの魔力が撃ち出された角度からすると、たぶんもうすぐだ。そこそこ時間が経過したし、撃った相手がまだそこにいるのかはわからないが。
行くのは半分好奇心みたいなものだ。が、荒ぶるびぃすとに“おあずけ”までさせるのだ。誰もいないようならそれは仕方がないと諦めもするが、もし現場にいるのが男だったりしたら、例え相手が魔王でもすれ違いざまに首でも刎ねよう。女だった場合の対応は容姿によって判断だ。
などと考えながら走っていると、行く先に人影らしきモノが見えた!
俺は闘気を目に集中し、遠視能力を上げる。そうすることで遠くのモノが拡大されて見え、例え数キロメートル先の人間の顔すら判別できるようになるのだ。
その結果、俺が見た光景は目を疑うものだった。
黒髪の美少女が、道端で、パンツの山に埋もれるように、すやすやと気持ちよさそうに寝ていた!
しかもそんな美少女を、ホワイトゴーレムが襲おうとしている!
色々と意味が分からない。
パンツに顔が埋もれていて顔全体の造作はわからないが、見えている範囲だけでも可愛いと分かる女の子が、こんなところで大量のパンツに埋もれて幸せそうな顔で寝ているのも謎だし、この国にホワイトゴーレムなんて棲息しているはずもないし、そのホワイトゴーレムは動いているのが不思議なくらいボロボロに破壊されている。
ホワイトゴーレムってのは物理防御力がかなり高いが、特筆すべきは魔法防御力だ。
物理攻撃なら、例えばその辺にいるおっさん千人で強力な武器を持って、命を惜しまず攻撃すれば倒すことも可能だろう。何百人死ぬかは分からんが。
だが、初級や中級魔法の使い手を千人集めて攻撃させても絶対に倒せない。その程度の魔法は無効化するからだ。それ程の魔法防御力を持つ。
だが、先程見た収束された魔力なら別だろう。
上級魔法なら多少のダメージを与えられるって話だし、魔法そのものが効かないわけじゃないなら、あの攻撃は致命の一撃になりうる。むしろやり過ぎだ。それで死んでいないホワイトゴーレムが凄いとすら言える。
状況から察するに、あの魔力を放ったのはパンツ山の美少女だろう。
(ってか、呑気に観察してる場合じゃないか……)
無論、速度は落としていないが、まだ距離がある。
(あー、こりゃ間に合わないな……)
ホワイトゴーレムは少女のすぐ近くにたどり着くと、左腕を少女に向けた。
止めようにも、この距離で有効な攻撃手段が今の俺にはない。
(なんてこった。俺の美少女が……)
その左腕で潰される少女を想像して、残念な気持ちになる。せめて後一分早く着いていれば!
仇くらいはとってやろうと、走る速度は緩めない。だが、次の瞬間目撃した光景は、俺の想像のナナメ上を行っていた!
寝ている少女のすぐ傍に、ホワイトゴーレムが撃ち出した岩が刺さったのだ。
(ホワイトゴーレムが射精しやがったっ!?)
ホワイトゴーレムの雄は繁殖期になると、雌のホワイトゴーレムに向かって精岩と呼ばれる魔力を込めた岩を撃ち出す。それが雌の持つ卵岩に命中すると新たなホワイトゴーレムが誕生するらしい。
つまりあれは攻撃ではなくホワイトゴーレムにとっては生殖行為になるのだが、人間にまともに命中したら大怪我するか、死ぬかのどっちかだ。
というか、普通は他種族に向かって撃たないはずだ。
状況がうまく飲み込めないが、命中しなかったのは不幸中の幸い。たぶんダメージが大きすぎて照準が定まらないのだろう。少女が飛び起きて状況に気づいたようだ。
(もう少し時間を稼いでくれれば間に合う!)
俺の願い通り少女はその後、二度の回避に成功する。
(間合いに入った!)
距離はまだ数十メートルある。
覇王流の奥義の歩法を使えば届く距離だが、あれは普通に走るより闘気の消費が激しい。万全な状態ならともかく、走り続けて大きく消耗している今、それを使えばホワイトゴーレムを斬れる程の攻撃は一回か二回が限度だろう。出来ればこのまま距離を詰めたい。
だが、現実は甘くない。
少女は回避に失敗しそうになる。
その時だ。
「────死んで──たまるかあぁぁぁっ!」
少女が叫んだ。
聴く者の心を揺さぶる、魂の籠もった叫びだ。
最後の瞬間まで生きることを諦めないと、生き足掻こうとする人間の叫びだ。
彼女はまだ諦めちゃいない!
その叫びを耳にした瞬間、俺は爆発的に疾走する。
覇王流・奥義の歩法──瞬歩。
通常の一歩を進む時間で数十メートル先に移動することを可能とする技で、狙った位置にピタリと止まり、同時に攻撃出来るようになって一人前。
俺にはそれが出来る。何より──
(一回か二回しか攻撃できないなら──)
一瞬で少女とホワイトゴーレムの間までの距離が詰まる。
(一撃で終わらせれば済む話だよなっ!)
地に足が着く。
剣を抜く。
剣を闘気で強化する。
一薙ぎで少女を救い、且つ敵を倒せる箇所を定める。
それらの動作を同時に行い、刹那──
斬ッ!
剣を振り抜いた。
狙い通り、ホワイトゴーレムの左腕を斬り飛ばし、体は上下で真っ二つ。
反応はない。完全に倒した。
「はああぁ…………間に合ったぁ……」
大きく息を吐く。
最初見た時は絶対助けられないと思ったが、終わってみると何とかなるものだな。
剣を鞘に収め、踵を返す。
助けた少女とご対面。早速お顔を拝見だ。
ものすっっっごい美少女がそこにいた!
しかもこの女の子の瞳からは、何かしらの魔力を感じる。それはその瞳が魔眼であることの証明だ。能力までは判別できないが。
その上、瞳の色は金色だ。
魔眼の強さは色によってランク分けされる。
一番弱い魔眼が青。それから緑、赤、金、虹、の順で強くなっていく。
神話では創造神の瞳が虹色だとかいう話があるが、金眼でも伝説やお伽話の類いだ。
(その金色の魔眼が目の前に……しかも両目。しかも絶世の美少女! 何者だこの子?)
驚きが強すぎて、思わず茫然自失となってしまった。そんな俺を見つめる彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
その表情はアレだ。
恋する乙女がするやつだ。
格好良く助けた俺に一目惚れというやつだ。強者に憧れる少年の目にも似ているが、気のせいだ。
今にもパンツを脱いで言うだろう。「抱いて……」とっ!
「あ、あのっ! ありがちょっ──!」
彼女は舌を噛んだ。盛大に。
「だ、大丈夫か?」
すげー痛そう。
口を押さえて俺の質問に頷いて応えているが、目に涙を溜めていた。
暫く待っていると、改めてお礼を言われた。
「危ないところを助けていただいて、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでだ」
助けられる美少女は全員助ける。常識だろう。
暫く待つが、何やら俺を尊敬の眼差しで見つめてくるだけで「抱いて……」というセリフが出てきそうにない。きっと恥ずかしがり屋なんだな。
「とりあえずこれで治せ。折角の美人が勿体ない」
俺はポーションを取り出し、彼女に差し出す。
これで頬の怪我を治せば美人度がアップ。好感度もアップ。間違いなしだ。もう少し上げれば攻略できるはず!
「ありがとうございます」
彼女はポーションを受け取ろうと手を出す。
そして、いきなりバランスを崩した。
「はわわ──!」
「あぶな──!」
咄嗟に支えようとするが、普段なら簡単なそれくらいの動作が、その瞬間は困難を極めた。この感覚、覚えがある。
(ラッキースケベの発動だ!)
世界の法則には逆らわない。逆らう気もないが。
巻き込まれて倒れながら、俺は残り少ない闘気を両手に集中する。
ドサッ。
「────!」
「────!(見た目よりあるな)」
どさくさに紛れて、高速の動きで乳と尻を確認!
スレンダーな見た目よりも、実際にはボリュームがあることを知る。あと唇と唇が触れていた。
「あ、あ、あ、あ……いま……いま……」
どさくさついでに舌でも入れてみようか。などと考えていたらその前にどかれた。彼女はくずおれて四つん這いになる。
「ファーストちゅーをなくしてしまった」
どうやら初めてだったらしい。きっと他のも初めてに違いない。ぜひ欲しい。
想像すると、びぃすとが起きようとするが、その前に異変が起こった。
少女を中心に周囲の地面が光り、魔法陣が現われたのだ。
「なっ! これは!?」
その魔法陣には見覚えがあった。
先日、洞窟の地下で手に入れた剣が置かれていた台座に書かれていたものと同じだ。
俺がそれに気づくのとほぼ同時に、彼女はその場で気を失う。
「おいっ! 大丈夫か!?」
抱き起こすが反応はない。完全に気を失っている。
(何かの呪いの類いか?)
俺には何の影響もない。魔力からも嫌な感じはしない。それどころか優しく、温かな印象を受ける魔力だ。これまで感じたことのない質の魔力だった。
(呪いの類いとは思えない────ん?)
視線を上げると、遠くの空に光の柱が見えた。
それは、たった今魔法陣から感じている魔力と同質のものだ。
(あれは……フリージアの方角か……)
結構距離がある。光の正体が気になるが……。
(って、そんな場合じゃなかったな)
再び少女の様子を見ようと目を向けると、俺はまた、信じがたい光景を目にする。
(傷が治った……だとっ!?)
俺の見ている前で、血を流していた頬の怪我が綺麗さっぱり塞がった。
こういった光景は、見るだけなら珍しくない。ポーションを使えば同じ光景が再現出来るからだ。
だが、今はポーションは使っていない。自然に治ったのだ。
手持ちの布を魔法で出した水で濡らし、頬の血を拭う。きめ細かな滑らかな頬が現われ、傷は跡すら残っていない。間違いなく、本当に治っていた。
(本当に何者なんだ、この娘……)
俺は自分のパーソナルカードを取り出して、少女の手に持たせる。
勝手に見るのはマナー違反だが、本人が寝ているし──俺が見る限り、回復力以外に異常はない。ただ寝ているだけだ──バレなければ問題ない。
名前 イリーナ・レティス・セラフィム
LSP 635/1500
職業 聖女
ランク チート
所持金 0G
イリーナ・レティス・セラフィム。
名前が三つってことは貴族か神職か? 正確に判断することは出来ないが、俺とエロいことしても大問題にならない身分だと嬉しい。
問題が起こる場合は、解決するなり逃げるなり、タイミングってのが重要になるからな。
それにしても……。
(すげぇな。LSPの上限が1500あるよ)
ちなみに俺は上限が3000あるが、俺を除いて4桁とか初めて見た。
(職業が聖女? それにランクがチート? 何だこりゃ?)
多くの人を救ったりした女が、聖女というあだ名で呼ばれることはある。しかしこれはパーソナルカードだ。あだ名とかそういうレベルの話ではなく、ここにそう記されているということは、この少女は聖女としての能力、もしくは才能を持っているということになるが……やはり聞き覚えのない職業だ。
チートというランクも謎だ。
ランクは15が最低で、ランク1の上にあるマスターが最高になる。チートなんてランクは見たことも聞いたこともない。
(うん。考えても仕方ないな)
すぐに結論が出た。
パーソナルカードの情報は誤魔化せない。
これは神が管理している領域だ。ここに書かれていることを勝手に書き換えるということは、即ち神の領域に踏み込むことに他ならないのだから。人間には無理だ。
聖女というならこの少女は聖女なんだろうし、チートというならランクがチートなんだろう。
(目が覚めたら本人に訊けばいいだけだしな。それはそれとして……)
俺はその項目を注視する。
(所持金0Gって……)
普通は子供でもちょっとは持ってるぞ。
見たところ、荷物は特に持っていない。パンツの山くらいだ。鞄もなしにこれだけの量をどうやってここまで持ってきたのかは謎だが。
ともあれ、金が全くないのは困るだろう。暫く面倒をみてやろう。
俺は美少女や美女には優しいが、俺に惚れている場合はもっと優しいからな!
(そしてお礼は体で……ぐふふっ……)
抑えろびぃすと。今暫くの辛抱だ。
俺は最寄りの街を脳内で検索しつつ、その場で鎧を脱ぎ捨てた。




