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第5話 出会い(イリーナ視点)


「お、収まった……?」


 恐る恐る頭を上げて、周囲の様子を窺う。


 辺りは先程の現象が嘘のように、静けさが漂っていた。

 名残は乱れに乱れたボクの長い髪くらいか。

 ホワイトゴーレムも動く気配がない。


 地面に伏せていた身を起こし、手櫛で乱れた髪を整える。次いで服についた土を払った。


「はあぁぁ~……」


 何とか一段落ついたと、安堵の息が漏れた。


 いやもうなんかね、すっっっごくビックリした!


 あんな強風……いやもう暴風か。あんな暴風、台風が直撃したときすら体感したことがない。しかもそれを自分がやったと思うと怖くすらある。

 

 もし、もしもあれを地面に向かって撃っていたらどんな被害が出ていたか……想像するだけで恐ろしい。


 今後、あの魔力収束砲を使う場合はよく考えてからにしよう。基本は封印する方向で。


 腕輪状態に戻した“武器”に左手で触れながら、心に誓う。


 さて……。


「……あれ?」


 立ち上がろうとした途端、立ち眩みで再びその場に座り込む。

 そこでようやく自分の体調の変化に気づいた。


 全身が怠い。かなり強い虚脱感がある。


「冗談でしょ……」


 とてもまともに歩けそうもない。というか、ただ立つことすら難しい。


この状態、この体の知識の中に該当するものがあった。



 魔力欠乏症。



 さっきの一撃で魔力を使いすぎたのだ。

 治すためには魔力を回復させるしかない。

 回復させる方法は、大きく分けて4つある。


① 時間経過(何をやっていても時間が経てば勝手に回復する。回復効果・極小)


② 睡眠(寝ている間は回復速度が大きく上昇。回復効果・中)


③ 魔力回復アイテム(使用した瞬間に回復。回復効果・アイテムによって異なる)


④ 吸収魔法(魔力を他者から奪う魔法の使用。回復効果・使用者の練度と対象の魔力に依存)


 ③と④は除外するしかない。

 ボクは回復アイテムを持っていないし、吸収魔法も使えないみたいだ。

 吸収魔法がどんな魔法かは知識が浮かぶけど、身体強化や武器を使ったときと違い、吸収魔法を使えるという感覚が分からないのだ。


 となると、残る選択は①か②だ。


 ①を選んだところでどうせ動けそうにない。なら――


「……寝よ」


 寝ている間に誰か通りかかって助けてくれないかな?

 などと淡い期待をしてみる。


 それはそれとして、地面の上で寝るのは初めてだ。当然、寝具が何もない。

 まともにキャンプすらやったことのない人間に、いきなり地面で寝るというのはちょっとハードルが高すぎるんじゃないだろうか。


 今の虚脱感からすると、横になって目を瞑ればすぐに寝付けそうだけど、起きたときに体が痛くなりそうだ。何とかならないものか。


 半ば無い物ねだりに等しいつもりで思案する。が――


「────!」


 閃いた!


 ある。あるじゃないか! 大量の柔らかな布地がっ!


 ボクは早速思い付きを実践し“寝床”を作る。


 “寝床”はほんの数分で出来た。


「んしょ……と……」


 重い身体を半ば投げ出すように“寝床”に転がる。


「はあぁ~……」


 大きく息を吐く。

 柔らかな布地達にこの身を預けると、かなり楽になった。

 寝心地も悪くない。


(ボクって冴えてる!)


 自画自賛したところで、目を瞑る。


 出来ることならすぐに回復して目を覚ますか、もしくは目が覚めたら朝になってますように。


 間違っても起きたらモンスターに襲われていたとか、街灯もないこんな危険なところで真夜中に目を覚ましませんように。



 立て続けに起こった非常識な出来事にやっぱり不安はあるけれど、それを上回る疲労から、ボクは益体もないこと――ボクにとってはわりと切実だけど――を祈りながら、意識を手放した。




 ◇◆◇◆◇◆




 ドオォン!


「――ふあっ!?」


 大きな音が耳元で聞こえ、驚きの余り体がビクッと反射的に動いて目が覚めた。考えるよりも先に、ほぼ間を置かずに体を起こす。

 ついでに垂れていた涎を手の甲で拭った。


(一体何が……?)


 枕元――柔らかな布地を特に集中して配置することで枕代わりにしていた――のすぐ横の地面に、握り拳大の白くて楕円形に近い形状の岩塊がめり込んでいた。


「ん?」


 何でこんなものが? というボクの疑問は、正面を見てすぐに解けることになる。



 倒したと思っていたホワイトゴーレムがすぐそこ――三メートルも離れていない場所にいた。



 左肩から腰の右側にかけて大きく袈裟懸けに抉れ、右腕はない。顔部分も半分以上がなく、申し訳程度に残った首の一部と左肩の一部が辛うじて繋がり、頭を支えている。左脚は無事だけど、右脚は欠損部分が多く、自重でいつ折れてもおかしくない様相だ。


 満身創痍――というか、こんな状態、生物なら確実に死んでいる。動いているのが不思議でならない。それともゴーレムはこんなにもしぶといモンスターなのか。


 ホワイトゴーレムがボクに左腕の先を向けてくる。


 物凄く嫌な予感がした。


(攻撃を――)


 魔力を操作しようとしたら、視界が歪んだ。

 まだあまり回復してないらしい。

 体がふらつく。


 ヒュンッ。


 風切り音とともに、右の頬を掠めて何かが後方に飛んでいった。


 ドオォン!


(…………は?)


 頬の、何かが掠めた辺りを指先で触れてみる。

 

 ヌルリ、と何かが指先に付着した。


 見ると、赤い液体だった。


 後ろを見ると、先程見た岩塊と同じ物が地面にめり込んでいた。


 正面に視線を戻す。


 当然、そこにはホワイトゴーレム。


(……あ……ヤバイ……ボク死ぬかも……)


 再び向けられる左腕。


 体は動き回れるほどには回復していない。だけど――!


 地面の上を転がるように伏せる。


 ドオォン!


 直後、背後で音がした。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 何とか回避に成功!


「グオオオオン!」


 雄叫びを上げるホワイトゴーレム。

 その左腕が再びボクに向けられた。


 恐怖で激しくなった動悸や呼吸を整える暇もない!

 その上、伏せるのはともかく、今の体調ではただ起き上がるだけでも重労働。

 だけど諦めるわけにはいかない。


 ここで諦めたら確実に死ぬのだ。


 童貞のまま死ぬのだ。中退したけども。


 だけどここはエロゲーの世界という話だ。



 何かやれば生えてくるかもしれないじゃないか!



 そうなれば童貞復帰だ。卒業も夢じゃないっ!


 だけど、今諦めたらそこで終わりなのだ。

 童貞を卒業することなく。


 

 それは――すごくイヤだ!



(童貞のままで……童貞のままで……)



「――――死んで――たまるかあぁぁぁっ!」



 体に鞭打つ思いで、全力で避けようとする。が、それが無理だと、間に合わないと、わかる。

 理屈ではなく、勘だ。それでも、それが正しいと、わかってしまうのだ。


 全力で回避行動をとろうとする体と、それが無駄だと理解する頭。


 生き足掻こうとする傍ら、同時に死を覚悟する。


 集中力の極致。

 世界の全てがスローモーションに見えた。



 刹那――



 斬ッ!



 ホワイトゴーレムの左腕が中空を舞った。

 少し離れた場所に、ドシンッ! と重い音を立てて落ちる。


 次いで、ホワイトゴーレムの欠けた巨体の胸の辺りから、上と下、二つに分かれて地に落ちる。



 それをやったのは、一人の男。



 ボクとホワイトゴーレムの間に立ち、ボクを護るように背を向け、その手に持つ光り輝く剣の一振りであの堅いホワイトゴーレムの体を分断した。


(た、助かった……?)


 男の人がどこから現われたのかはわからないけど、とにかく助かった。助かったのだ!


「はああぁ…………間に合ったぁ……」


 男の人が大きく息を吐く。

 剣を鞘に収めると踵を返し、ボクと向き合う形になる。


 イケメンだ。


 栗色の髪に、鋭さのある目つきで、キリッと整った精悍な顔立ち。健康さを主張するような日に焼けた肌。年齢は十代後半か、二十代前半といったところだろう。身長は今のボクよりも頭ひとつ分は高い。その黒い瞳と目を合わせるには、ちょっと見上げる必要があった。

 その身は黒を基調とした服装の上から革の鎧を着けている。


 絶体絶命の危機を助けて貰ったからか、彼がキラキラと輝いているようにすら見える。ボクが普通の女の子なら一目惚れしてハートがきゅんきゅんしていたかもしれない。


 それくらい、本当に格好良かった。

 わけも分からずこの世界に放り出されるなら、どうせなら配役を交代して欲しかったくらいだ。


 そんな彼は、何故かボクの顔を見て呆然とした様子だった。


 何か付いてるのかな?

 あ、血か。

 ひょっとすると血が苦手な人なのかもしれない。見た目戦士っぽいけど。


 って、そんなことよりもまずお礼言わなきゃ!


「あ、あのっ! ありがちょっ――!」


 舌噛んだ。


 慌てるの良くないね! 恥ずかしい……。


「だ、大丈夫か?」


 彼は正気に返り、心配そうに声をかけてくる。

 

 わりと強く噛んだので、結構痛い。が、それも一時のことだ。ボクは手で口を押さえながら「大丈夫」と言う代わりに、何度か頷いた。


 少し待ってもらって痛みがある程度引いた後、再挑戦を試みる。


 まずは深呼吸をひとつ。落ち着こう。


 落ち着いたら、感謝を込めて、深々と頭を下げる。


「危ないところを助けていただいて、ありがとうございます」


「当然のことをしたまでだ」


 あんなモンスターとの間に入るのが当然とかすごいな。などと感心していると、彼は腰のポーチから赤い液体が入った小瓶を取り出す。それをボクに差し出してきた。


「とりあえずこれで治せ。折角の美人が勿体ない」


 空いてる指先で、彼は自分の頬をトントンと軽く叩く。

 どうやら液体の正体はポーションらしい。これで頬の傷を治せと言うことか。


 言いたいことは分かったけど、美人って……ああ、そうか。そういえば今の顔、可愛いんだっけ。けど、中身が(ボク)だ。折角の容姿も魅力値が半減していることだろう。


 それはそれとして、怪我を治すというのはこちらとしても有り難い。お言葉に甘えよう。


「ありがとうございます」


 ポーションを受け取るために手を出す。その時、何故か躓いた。


 何故か(...)躓いたのだ。


 躓くような物は何もない。あえて言うなら、一歩踏み出したときの靴底と地面との摩擦くらいだけど、それくらいで転ぶほどボクはマヌケじゃない。だけど現実には、ボクはバランスを大きく崩し、地面に倒れようとしている。


「はわわ──!」

「あぶな──!」


 ドサッ。


 地面に倒れ込む音。だけど痛みはなかった。むしろ、唇から何か温かいモノが流れ込んできたような気がする。

 目を開ける。


「────!」

「────!」


 彼がボクを庇って下敷きになっていた。顔が近い。しかも唇が、クチビルが──!


 慌てて起きて後ずさる。


「あ、あ、あ、あ……いま……いま……」


 唇と唇が触れていた。なんか柔らかい感触があった。


(そんな……そんな……)


 ショックが大きすぎて体の力が抜けた。その場で四つん這いの格好になる。


「ファーストちゅーをなくしてしまった」


 唇に温かい感触が残っている。その熱に不快どころか心地よさを感じている自分が信じられない。


 そんなボクの気持ちを無視して、その熱は全身に広がっていく。

 その段階で、ボクは熱の正体がキスのせいではないと気づく。


 魔力だ。それも濃密な。


 それがボクの全身に行き渡った瞬間、周囲の地面が白く輝きだす。

 光は円を描き、円の中には複雑な模様が描かれていた。


 魔法陣。


 その単語が頭に浮かぶ。


「なっ! これは!?」


 それを見て、彼は驚きの声を上げる。

 だけど魔法陣の中心にいるボクはそれどころじゃない。


 痛みがあるわけではない。むしろ安心感と心地よさに全身が包まれていく。


 魔力が全身に満ちると、意識が急速に失われていくのが分かった。

 抗いようなんてない。






【聖属性を獲得しました】

【聖女に昇格しました】

【ランクを更新しました】

【新たなスキルを覚えました】

【所持金が0Gになりました】

【聖剣が覚醒しました】






 どこか遠くで、そんな声が聞こえた気がした。



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