第4話 オルカ、浮かれる
「~~~~♪」
道すがら、俺は思わず鼻歌なんて歌っていた。
それも仕方のないことだ。短時間で当初の予定の数十倍もの収入を得れば誰だって機嫌が良くなるだろう。足取りが軽くなって鼻歌の一つも出ようってもんだ。
(いや~、テンション上がるわ~)
我ながら浮ついた気分でパーソナルカードを見る。
名前 オルカ・アーバレスト
LSP 563/3000
職業 剣士
ランク 1
所持金 6650570G
今回の仕事で一気に六百万以上も増えた! しかも稼ぎはこれだけじゃない!
魔獣の素材はそこそこいい値で売れたし、特に洞窟で見つけた剣が予想以上の値段で売れたんだ。
それもこれも洞窟から一番近くにあるローリエ村に、偶然にもカシム・アッカーシャという名の三十歳を過ぎた肥満体型なおっさんが来ていたのが幸いした。
カシム・アッカーシャは商人だ。
それも、この国では大手に分類される商会――アッカ―シャ商会の次男坊である。
実家は有名。だが、その次男坊は別の理由でも有名だ。
剣の収集家として。
正直、使わない剣を集めたい気持ちというのは俺には理解できないが、それは本人の自由だ。何よりおっさんの趣味などどうでもいい。
それでも俺がそのおっさんのことを知っていたのは、そのおっさんが気に入った剣には金に糸目をつけないという噂を聞いていたからだ。自分で使う気がなく、高値がつきそうな剣を手に入れたら、機会があれば持ち込んでみるのもありだな、と思っていたからだ。
錆を落とす魔法薬――サビオトースで剣を綺麗にしたところでカシム・アッカーシャが村に来ているという話を武器屋で小耳に挟み、洞窟で見つけた剣を持って行ってカシムに見せたところ、あのおっさん、まるで離れ離れだった恋人と再会したみたいに感激しやがった。その時に融通の利く手持ちの金全額を支払ってでも欲しがる姿勢を見て、俺は剣を手に入れた経緯を話した。
誇張込みで。
洞窟の隠し部屋で発見したのはそのままだが、地下には広大な空間があって、そこにいたドラゴンが剣を護っていただとか、剣が置かれていた台座には“選ばれし勇者の手に渡ることを切に願う”と書いてあったとか、洞窟を出ると剣が勝手にある一方向を指し示し、そっちに向かったら一人の男がいた。それがカシムだとか。いろいろ盛った。
ドラゴンがいたという話でちょっと胡散臭がられたが、そこは俺のパーソナルカードを見るとすぐに信じた。
パーソナルカードの職業欄は生まれたときから決まっている。変更は出来ない。
この職業はそいつの持っている才能の中で、一番高ランクに到達可能なものが表示されると言われている。同ランクに到達可能な才能が複数ある場合はランダムなんじゃないかという噂だ。
そんなわけで、場合によっては表示される職業が“賭博師”なのに、弓を使わせたら国内でもトップクラスの強さを誇る、という妙な奴がいたりもする。
それとランクの高低についてだが、ランクというのは最高がマスターで、その次が1。最低が15だ。
一般的にはランク10が大きな壁だと言われている。
一生かかってどんなに努力しても、一桁ランクにいけない奴は多い。というか、そういった人が大半だ。
俺の職業は剣士。ランクは1。
剣士の職業を持つ者は別に珍しくもないが、ランク1の剣士となるとそうもいかない。そこに到達できる奴は数えるほどしかいないのだ。
何故なら、ランク1とはその職業において、世界でもトップレベルの実力者という証なのだから。
ランク1の剣士なら並のドラゴンくらい一人でも倒せる実力がある。というか、それくらい出来ないとランク1にはなれない。常識だ。
だからこそ、カシムはドラゴンを倒したという俺の話をパーソナルカードを見ただけで信じたのだ。
その上で俺は売るのを渋ってみた。
これほど見事な剣、しかも何やら特別な意味があるかもしれない剣だ。この機会を逃したらもう二度とお目にかかれないかもしれない。
そんな感じで煽った。
そうしたらカシムはお金を作るから数日待ってくれと魔法手形を発行した。
魔法手形は一種の呪いだ。
この場合、俺に規定の金額――ちなみに追加で支払ってもらうのは五百万である――を支払わなかった場合、カシムに災いが起こる。
使った魔法手形の災いレベル――最凶。
約束を破っただけで死ぬレベルの災いが降り注ぐ呪いに憑かれる、誰もが最も使いたくない魔法手形だ。
剣の収集狂いとは噂で聞いていたが、ドン引きしたね。
剣はカシムが必ず残りも支払うから先に渡してくれと言うので渡した。
俺としては既に貰った分だけでも内心満足する収入だったし、死の魔法手形まで切ったんじゃあ払い渋りもしないだろう。
何より使わない剣を持ち運ぶのも邪魔だしな。
そんなわけで俺は今、フリージアという街に向かって歩いている。
カシムが残りの金の支払いに、フリージアにあるアッカーシャ商会の本部を指定したからだ。
一緒に馬車に乗っていくかと聞かれたが、俺は徒歩で向かうと言って断った。
だって三十過ぎた肥満オヤジと馬車になんて乗りたくないし。
可愛い女の子がいれば同行したが、護衛もみんな男だった。
気が利かない奴らだ。
まあいい。ここから遠いので気まぐれでフリージアに行くことはないが、都合良く向かう用事も出来た。
フリージアには大きな歓楽街がある。
そこで豪遊するのもいいだろう。
フリージアに向かう道すがら各街で、ズボンの中で使役している我が眷属――荒ぶるびぃすとを鎮めながらな!
「ぐふふっ」
想像すると思わず含み笑いが漏れる。
やがてY字路に着いた。
左に行くと港町ラクス。
右に行くとフリージア。
俺が行くのは当然右だ。
が、妄想に耽って少々歩くペースが遅かったか。かなり急がないと暗くなる前に最寄りの街に着かないぞ。
ペースを上げる前に軽く身体をほぐす。
その時だった。
「……何だあれ?」
地上から空に向かって、一条の青い光が伸びていく。
アレは何?
と聞かれたら、それなりの感知能力を持つ者ならこう答えるしかない。
魔力、と。
うん、あれは魔力の光だ。それは間違いない。
感じるままに答えるなら魔力。だが、感じたままを信じられるかと言われれば躊躇する。
信じるも何も、今、この目で見て、感じているのだが、それでもにわかには信じられないのだ。
それは、これまで感じたことがないほどの途轍もない魔力量が収束された、圧倒的な力だ。
前に宮廷魔導師が魔法を使うところを見たことあるが、そのレベルの魔法使い百人の総魔力でもあの魔力量には届くまい。
魔王が攻めてきたのかとすら頭を過ぎる。
光はそんなことなどお構いなしに、グングン空に向かっていく。
天を貫き、雲に風穴を空け、伸びる、魔力の光線。
それが――遙か上空で爆発した。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!
「――――っ!」
耳をつんざくような轟音。
痛みすら伴うその音に、咄嗟に耳を塞ぐ。
流れていた雲は空一面消し飛び、青い空は白い閃光に覆われる。
ゴオオオオゥッ!
堪えていると、数秒遅れで爆風が届いた。
慌てて伏せる。このまま立っていたら身体ごと持って行かれそうだ。
まるで天災。
流石にこんな馬鹿げた威力の魔法に遭遇したのは初めてだ。ある程度収まるまで伏せたままでやり過ごすことにする。
数分後、暴風は収った。
威力もさることながら、爆風の持続力も異常だ。
「ふぅ……」
立ち上がって、ひとつ息を吐く。
一体何事だ?
どこかの魔王でも攻めてきたか?
あの魔法は地上から撃たれていた。しかも結構近くからだ。
ただ事じゃない。
右の道を見る。
「夜のお楽しみ……」
左の道を見る。
「未知の危険……」
危険があるのかは推測に過ぎないが。
この二択なら、普通なら考えるまでもない。
が、俺の中の“何か”がもうひとつの選択を選べと言っている。
強いて言うなら冒険者としての勘だろうか。
「……行ってみるか」
俺は全速を出すために、闘気を錬った。