第47話 夢装天花
意識が唐突に覚醒した。
膝から力が抜け、ガクンと倒れるところだった。瞬時にバランスを取り、両の足でしっかりと立つ。
「…………あれ?」
周囲を見回すと、そこは森の中。
自分が何故ここにいるのかを考えると、すぐに意識を失う直前の光景を思い出した。
(────敵はッ!?)
周囲には誰もいない。敵の姿もない。そもそもボクは何故無事なのだろうか?
(ひょっとして聖女の祝福って、致命傷でも自動回復してくれるんだろうか?)
あの怪我で無事な理由が他に思いつかない。
(あれ?)
怪我の状態を確認しようとしたら治っているどころか、服まで綺麗になっていた。ボクは服を修復した覚えはない。謎だ。
無事だった理由は聖女スキルだったとしても、ここにいる理由にはならない。
(ここって、結界の外だよね?)
周囲の射撃痕に見覚えがある。あの魔族と戦った場所だ。周りには誰もいないけど、間違いはない。だとすると、尚更今の状況が分からない。
魔族が倒されて解放されたのだとしても、甲冑たちがボクを放置しておく必要はないのだ。
「ん?」
すぐ近くに、水晶玉が落ちていた。拾ってみるとそれが魔道具であることが分かり、効果に関する情報を知った。
(こ、これは……)
つまりは地図。ゲームでは最初からか、もしくは序盤で入手するパターンが多いお約束のアイテムだ。こんな物がここに落ちているということは……。
(ドロップアイテム?)
ゲームなら、敵を倒すとお金やアイテムが手に入るのはよくあること。この世界ではそんな経験今のところないけれど、特定の敵限定で設定されているのかもしれない。もしその推測が当たっているのなら、これがここに落ちている理由は一つだけ考えられる。
ボクがあいつらを倒したのだ。しかも、無意識のうちに。
「ボクにそんな力が……」
この身に宿るパワーが発揮された結果に、驚きを隠せない。
こんな話がある。
優れた武術家は、意識が途切れても技を繰り出すことがある、と。漫画とかで。
ここはゲームの世界。
それくらいのことが起こっても不思議じゃない!
ボクはかなり必死に戦った。あれだけの闘争心だ。さぞやアドレナリンがドパドパ出ていただろう。そしてアドレナリンは闘争と逃走のホルモンと呼ばれている。強敵の存在と、致命傷を受けてピンチに陥ったことで、自己防衛機能みたいな戦闘モードが発動したと考えられないだろうか。無意識状態により体から無駄な力が抜けて、理想的な攻撃を放てるようになったとか、そんな感じだ。このイリーナ・レティス・セラフィムという少女は、きっと武芸の達人に違いないっ!
(よしっ、この技を夢装天花と名付けよう)
試しに心を落ち着け目を瞑り、自らの体の内部に意識を集中する。
心臓の鼓動、静かな呼吸、全身の血液の脈動。無駄な力を抜き、ただ“その場に立つ”という動作で体のどこにどれだけの力を使っているのか、出来るだけ細かく体の情報を認識した。
(────むっ!?)
何だか指先が温かくなってきた! これがこの体に秘められたパワーか!(※違います)
今なら何でも出来る気がする!
ゆっくりと目を開く。
視界の端に、落ちていく木の葉が過ぎった。
「ほあたあ!」
達人っぽい気合いの声とともに、両断するつもりで鋭い蹴りを放つ!
ペシッと音がして、中空を舞う木の葉。はらりと地面に落ちた。
木の葉はピシッ、と真っ二つに……ならなかった。というか、全く切れてない。
「…………あれ?」
…………うん。よく考えてみると、意識がないときに達人パワーが発揮されたなら、起きている今は難しいかもしれない。
冷静になろう。
自分が凄い格闘技を使えるかもしれないと思って、少しはしゃぎすぎた。今はこんなことをやっている場合じゃない。皆がどうなったのかを確認しないと!
周囲を見回す。
どっちに行けば良いのか、何か参考に出来る情報がないか探るためだ。はっきり言って、街の方角とかさっぱり分からない。ある意味、迷子によく似た状況と言えるかもしれない。そんなボクが闇雲に走り回れば、最悪戦線からどんどん離れていく可能性すらある。
それはそれでありなのかもしれない。
自分の身の安全だけを考えるならば。
それは即ち、お世話になっているオルカさんを見捨て、おっきなおっぱいの女の子であるティアーシェさんを見捨て、土壇場で助けてくれたカシムさんを見捨てるということだ。
見捨てて平気でいられるかと、自問自答するまでもない。それが出来るなら、ボクは今、ここにはいないだろう。
周囲の状況で特に気になることと言えば、何かが木を貫いた跡が、ずっと先まで続いているということだ。まるでボクを導いているのではないかと錯覚する程に、それは周囲の中でも特に目立つ。
行ってみるかと歩み出そうとしたところで、手にした水晶玉の効果を思い出した。
これを使って、誰かと合流すればいいのだ。もしその誰かが敵でも、こちらが先に発見出来る可能性が高いだろう。距離があれば優位に立てる。
魔道具『神の目』を使用する。
すると、数名の反応が近くにあった。木を貫いた跡の先にも一人いる。だけど、その人の方向から少し逸れた位置、その人よりも近いところに誰かいる。現在地からは、その人物が最も近い。
(先にこっちから行ってみるか……あっ!)
行こうと思った矢先、その人物の反応が──消えた。
ボクは慌てて駆け出した。
最初の目的地。そこには、カシムさんが倒れていた。




