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第45話 神話の目覚め(ツヴァイ視点)


 随分と短くなってしまった我が愛槍を、娘から引き抜く。木と共に串刺しになっていた娘はグラリと傾くと、我に向かって倒れてきた。せめてもの情けだ。放り出さず、そっと仰向けに横たわらせた。


 まだ微かに息はあるが、意識は既にない。心臓を貫き、首の骨を折ったのだ。すぐに命は尽きるだろう。

 見た目に反して強敵だった。もし我一人ならば、敗者となったのは我の方だ。


 しかし、この結界には我と娘だけが送られたはず。何故エスクード様の三獣士たるエテコウとハチコウがいるのか? 疑問に思ったので両名に尋ねた。


「キ、キキキー」

「バウ、ワンワン」


 フムフム。なるほど。

 どうやら彼らは、昨日倒された三獣士の仲間の敵討ちのために、結界が発動する直前に飛び込んだそうだ。おかげで助かったが、そういうことなら何故最初から加勢してくれなかったのだろうか。


「キキッ!」


 むっ!? なるほど、そういうことか!

 我はエスクード様に仕えし四天王の一人、槍の騎士ツヴァイ。

 騎士の一騎打ちの邪魔になると思い、最初は娘の死に様を見届けるだけで満足しようと思い様子を窺っていたが、我の危機にいても立ってもいられず乱入したのが経緯らしい。


 正直、今回に限って言えば功績は独占したいところだったが、死んでは元も子もない。助けて貰ったことを、素直に感謝しよう。



 何故なら、今回の戦いが終わったら、我は妻を娶ろうと思っているからだ。



 エスクード様が生み出しし、シルキー・シリーズ107号。我は愛称として107(イオナ)と呼んでいる。


 彼女はとても素晴らしい女性だ。


 きめ細かで滑らかな陶器の肌。

 慎ましやかな胸の膨らみと、その頂点でしっかりと自己主張する突起物。

 いつも我を誘惑する、背中から小ぶりなお尻にかけての魅惑のライン。

 その身長は我の胸ほどの高さしかないために、抱きしめると我の腕の中に収まるような抱き心地。


 繊細で傷付きやすい彼女を護ることこそ、我が使命!

 初めて彼女が我を装備した日のことを、我は生涯忘れることはないだろう。


 我の敏感な内側に触れる、彼女の素肌。

 我の胸の内側で、さらりと流れる柔らかな髪。

 我が身をくすぐる熱い吐息。

 そこらの生物には、味わうことなど不可能な一体感!


 我はあの日悟ったのだ。我は彼女を護るためにこの世に生まれたのだと!

 人形屋でエスクード様に買われた(雇われた)のは運命だったのだと!


 だが、一つだけ問題があった。

 エスクード様は部下の恋愛には厳しい方なのだ。


 聞いた話では我が雇われる前、エスクード様の作りし人形とシルキー・シリーズの一人が恋に落ちた。それに気付いたエスクード様は、大層お怒りになられたらしい。


 ハゼロ、リアジュウ!


 意味がよく分からないが──ひょっとすると何かの呪文かもしれぬ──そう叫び、人形を一撃で屠ったそうだ。

 我はそうはならない。何故なら、我は優秀だからだ。

 優秀な我が、今回のエスクード様にとって大事な戦いで大きな戦功を上げれば、我らの願いを聞き届けてくれるに違いない。

 

「キキッ」


 明るい未来に想いを馳せていると、エテコウが尋ねてきた


 ん? この娘のトドメをさしてもいいか?

 構わんが、放っておいてもすぐに死ぬぞ。


「キッ!」

「ワンッ!」


 うむ。そこまで言うならいいだろう。三獣士の仲間の仇を討つが良い。但し、この娘を倒せたのはお主たちのの協力あってこそだが、倒したのはあくまでも我だということを忘れないでくれよ。


「キキッ」

「ワンッ」


 なっ! この娘を譲ってくれるなら功績などどうでも良い。我に全部くれる、だとっ!


 何と良い奴らなのだろうか! 流石は三獣士! エスクード様が直接操作するとき、主の目となり耳となり口となる、主君が作りし最高の戦闘人形だけはある!


 そういうことなら我から言うことは何もない。好きにするが良い。我は向こうで休んでいよう。


 我がそう言うと、双方はどちらがトドメをさすかで意見を交わす。


 我は数十メートル離れたところで腰を下ろした。


 ああ、107号……もうすぐ、もうすぐだ……。


 彼女の魅力を脳内再生する。

 

 素晴らしい……思い出すだけで、金属製の我の体が熱くなってきそうだ。興奮を抑えきれず、体の一部が動いてしまう!

 それにしても随分と短くなってしまったな相棒。


「キキ」


 うおっ!?


 いつの間にかエテコウが我の横にいた。


 槍を扱いて何をやっているかだって? こ、これはっ! …………手入れ……そう、槍の手入れだ! 手に馴染ませなくてはいけないからな! ハハハ!


 我は笑って誤魔化した。


 お主こそどうしたのだ? まだあの娘は死んでいないだろう。


 結界が解除されていないのがその証拠だ。


「キ~」


 ジャンケンに負けた? それは残念だったな。だが、仇の処刑に立ちあうくらいは出来よう。


「キ~、キキキッ!」


 ハチコウはあの娘が死ぬ前に、人間としての尊厳を壊すために死ぬまで犯すつもりで付き合いきれない?

 それは流石に非道だろう。好きにしろとは言ったが、限度というものがある。止めるべきだ。


 我は立ち上がった。


「ウキキッ」


 あんな年増、相手に出来る趣味が理解できないよね?

 人間としては若い個体じゃないか。


「キ?」


 十歳越えたらババアだろ?

 

 とても不思議そうな顔で、エテコウはそう言った。 

 

 何を言っておるのだ、エテコウ! こやつには鉄拳制裁(教育的指導)が必要かもしれぬ! いや、それよりもまずはハチコウを止めるべき──



 ドガンッ!



 ハチコウの方を振り向こうとしたその時、我とエテコウの間を大きな何かが通り過ぎ、近くの木にぶつかった。


 我らは視線を、木にぶつかり地面に落ちた“それ”に向けた。



 “それ”は、体長二メートルを超える白い犬型の物体──ハチコウだった。但し、頭部が完全に砕かれ、胴体も損傷している。既に活動は停止していた。



 …………は?


 見ているものが信じられない。

 ここは戦闘結界の中。いるのは我ら三人と瀕死の娘だけ。我とエテコウはここにいる。ならばハチコウをこんな姿にしたのは何者か? 瀕死の娘? あり得ない。


 我らはハチコウが飛んできた方向──瀕死の娘を置いた場所を見た。



 そこでは、あり得ないことが起こっていた。



 死を待つだけの状態だった娘が、その場にゆらり、と幽鬼の如く立ち上がっているところだった。首の骨が折れているので、わりとホラーだ。足元がおぼつかず、一度グラリとバランスを崩すが踏みとどまって立て直す。やがて完全に立ち上がると、折れている首を両手で暫く押さた。その後、前後左右に動かした。コキコキと音がする。


 やがて満足したのか、娘は首から手を放すと周囲を見渡す。折ったはずの首は、間違いなく治っていた。


「あ~……()、首の骨を折られるとか初めての経験だわ」


 誰にともなく呟く娘。その目が、我らを捉える。


 その瞬間、我は身動きがとれなくなった!


 まるで物を見るかのような視線に、とんでもなく強い圧力を感じた。

 何かをされたわけではない。本当に、見られただけ。ただ、その瞳で、見られただけだ。

 それだけで我は悟った。動いてはいけない。動けば殺さ(やら)れる! 

 

「情報が少なくて今の状況がよく分からないんだけど、やったのはあなたたちよね」


 訊いているのではなく、それは確信を持って、ただ言葉にしているだけにすぎないのだろう。

 我の言葉は人間には届かない。恐ろしくて微動だに出来ない。故に、沈黙で返すことになる。


「自慢して良いわよ。中身が違ったとはいえ、私を殺したのはあなたたちが初めてなんだから」


 娘が血に染まった自らの服に目を向ける。すると、僅かに視線の重圧が弱まった!


「キキーーーッ!」


 その瞬間、エテコウが飛び出した!


 隙を見つけたつもりなのか、重圧に耐えかねて思わず飛びかかったのかは分からない。どちらにしても、エテコウの行動は愚行としか言い様がない!


 ────待て────!


 我の制止も意味を成さない。エテコウは娘に迫る!


「けど、殺されたなら、殺し返すくらいはしてもいいわよね。女の子のお気に入りの服をダメにするとか、万死に値する行いだし」


 娘が服に手を触れると、血に染まり胸の辺りに穴が空いていた服は、まるで新品の服のように綺麗になった。

 一歩一歩、優雅に歩み出す。


「でも偶然とはいえ、私が出られる切っ掛けを作ったことは事実。それに免じて、あなたたちがやったことは不問にしてあげてもいいわ。私、寛大だから」


 エテコウが娘に飛びかかった!


 娘は素手。エテコウの攻撃は、一瞬のうちに届くだろう。



 パンッ!



 そう思った瞬間には、エテコウが爆散した。


 意味が分からない。娘は何もしていない、ように見えた。

 状況が理解できなかった。


「一体減ったけど不可抗力ね」


 エテコウを殺害しておいて、何でもないことのように軽く流す娘。歩みは止まらない。


「…………」


 娘は自らの右の手の平を見ながらグーとパーを数度繰り返すと、何を思ったのか、右腕に噛み付いた。血が一筋流れる。

 その噛み付いて出来た傷を暫く見つめると、左手で傷を暫く押さえて離す、という行動を二度行う。


「なるほど。そういうことね」


 我には奇行にしか思えなかったが、当人は何かを納得したようだ。独りごつと、腕に垂れている血をその赤い舌で舐めた。


 ──バカなっ! 傷が──消えているッ!


 腕には噛み付いた痕跡すらなかった。何なのだ、この娘は!

 人間のような見た目だが、ひょっとすると新種のアンデッドかもしれない。胸を貫き、首の骨を折られても平然と起きていることから、その可能性は十分にある。



 ただ一つ言えることは、我と戦っていたときより、存在感が別人のようにあると言うことだろう。 



 エテコウを瞬殺した謎の技。魔力による攻撃ではなかった。あれを最初から使われていたら、我といえどエテコウと同じ末路を辿っていたに違いない。


 娘が我の目の前で歩みを止めると、服を探る。スカートから何かを取り出した。


 あれは……パーソナルカードか。 

  

「────な!? な、な、な……何でお金がっ!?」


 それを見た瞬間、娘は目を剥いた。何度もカードを見直す。


 ────傍目にも、大きく動揺しているのが分かった!

 今こそ好機!


 胸を貫いても、首を折っても死なない。だが、頭部を破壊されたらどうだっ!

 如何に傷を治せるにしても、肉体に命令を下す脳が破壊されれば、活動は停止するに違いない!


 我は強く握った槍を、娘の側頭部を貫くために振るう!


 その槍は、我の狙い通りの箇所に命中した! が、槍の先端は刺さらなかった。

 はらり、と娘の髪の毛の一本と、手にしていたカードが落ちただけだ。


「……いい度胸ね。少しだけビックリしたわ。あなた、髪は女の命っていう言葉、知ってる?」


 槍の一撃をまともにくらって“少しだけビックリ”と、まったくビックリしていない平然とした口調で言う娘。こんな相手、勝つ手段などあろうはずがない!

 それは、すぐに確信に変わる。

 

 娘がパーソナルカードを拾った時に、そこに現われた文字を見た瞬間、あり得ないという思いと同時に、我の命運が尽きたことを悟る。


 ……すまない、107号。約束は果たせそうにない。




 この世には、魔王と呼ばれる者たちがいる。


 それは役職であったり、渾名であったり、身分であったりと、意味は様々だ。が、彼の者たちには二つだけ共通点がある。

 

 一つは魔族であること。

 もう一つは、何らかの職業のランクがマスターか、それに相当する実力があること。


 つまりは、魔王というのは社会的な職業にはなり得るが、パーソナルカードに記されるようなモノではない。



 ガンッ!



 甲高い音が聞こえたかと思うと、我の視界はくるくると回っていた。音の発生源は我が胴体──バラバラに粉砕されていることに、今気が付いた。何をされたのかは、分からない。

 頭部はくるくる、くるくると空に弧を描く。



 ──パーソナルカードに記された娘の名は、イリーナ・レティス・セラフィム。


   

 彼女の右手が天に掲げられる。

 我が頭部は吸い込まれるように、その華奢な白い手に向かい、掴まれた。



 ──彼女のカードに記されていた職業には──

  



 大魔王。




 その三文字があった。



 そして──我は砕かれた。






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