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第44話 オルカVSエスクード


「カシム! このままだとあんた死ぬわよっ!」


 声は上の方から聞こえた。

 走りながら見上げると、カシムが仰向けで飛んでいた。飛行魔法は高位魔法だ。あの目立つマントはないが、手に持つ幼剣と肥満体型からカシムに間違いはないだろう。高度は木の倍はある。カシムすげー。


「あっ! あなたは! カシムを受け止めて! 気を失ってるの! この怪我でこの高さから墜ちたら死ぬわ!」


 聖剣が俺に気付いたのか、声をかけてくる。どうやら飛行魔法ではないらしい。だと思った。とすると、あれは吹っ飛ばされたのだろうか?

 飛んでいるように見えるのは、おそらく幼剣が闘気を操り滞空時間を延ばしているのだろう。その技能を習得した頃は、俺もよく遊んだものだ。


「任せろ!」


 俺としても探していた情報源を死なせるわけにはいかない。これでイリーナの安否を確認できる! 回復能力の高い彼女なら簡単にやられたりはしないと思うが、急ぐにこしたことはない。


 俺は落下予測地点に走り、闘気を纏う。自身の保護のためと、カシム側の闘気とうまく合せて緩衝材代わりにするためだ。


 最善は抱き止める方法だが、それはやめておこう。女の子をお姫様抱っこするなら望むところだが、相手は三十歳過ぎの肥満のおっさんだ。俺の感性がその絵面を許さない。


 滑空するように落ちてきたカシムの襟首辺りを掴み、もう一方の手は腰を受け止めた。同時に肘と膝を曲げて、受け止めた衝撃を分散させる。それでも、このままだとカシムを襲う衝撃は強いだろう。


「幼剣! 防御!」

「幼け──っ!? 誰が──ッ! 分かったわよ!」


 僅かな判断の差で結果が大きく変わる。何か文句を言いかけた幼剣だが途中で引っ込めると、闘気でカシムを服ごと強化した。

 俺は幼剣がカシム自身を、俺がカシムの着ている服を集中して強化した方が防御力が上がると言いたかったんだが、まあいいか。時間なかったし、うまく伝わらなくても仕方がない。


(死にはしないだろう)


 走りながら、ブレーキとして服を引っ張る。


 ビリッ!


「あっ」

「なっ!」


 服が破れ、俺と幼剣の声が重なった。俺の手から離れるカシム。


 ズザザザザザザッ! ガンッ! ゴンッ! どさっ!


 地面を滑り、石にぶつかって体が浮き、そのまま木に激突して倒れるカシム。…………動かない。


「それで、イリーナはどうしたんだ?」

「助けようとしたけど戦闘結界に送られたわ……って、こっちの心配もしなさいよ!」


 よーーく見ると、カシムの贅肉だらけの腹が僅かに上下している。現時点で生きているのは確実だ。だが、その服は所々裂け、かなり血と泥に塗れている。特に腹部は重傷を負ったらしい。ポーションを使ったのか、既にそこは治っているが、それ以外にも止血されていない大小の怪我が何カ所も見て取れる。随分といたぶられたようだ。放っておいたら死ぬのも時間の問題だな。


 このクエストで貰う報酬はイリーナにとって、本当の初報酬ということになる。クエストを完了しても依頼主は死にました、というのはちょっとかわいそうだな。カシムがイリーナの記憶に残りそうだ。


「仕方がないから助けてやる」


 俺は手持ちのポーションを取り出すと、カシムにありったけかけた。完治には量が足りないだろうが、多少の延命にはなるだろう。治療の続きはイリーナを助けてからだ。


「…………うっ…………」


 カシムが呻き、その目蓋がうっすらと開く。


「気が付いたわね」

「それじゃあ俺は行ってくる。あの魔族は向こうだな?」


 カシムが飛んできた方向を見る。

 イリーナが捕まっているのなら早く助けてあげないとな。


「…………ま……待て……」

「俺の手持ちのポーションならもうないぞ」

「リ……リンスリットを……持って行け……。あ、あの魔族は……妙な……術を……使う……」

「妙な術?」

「あたしが相手の動きを教えても、反応が間に合わないのよ」

「全く?」

「ええ」


 幼剣を使ったカシムの実力で、全く反応出来ない攻撃か。それは確かに妙だな。隙をつけば俺なら出来るが、相手は操作系の職業だ。…………そういえばあの魔族、俺たちが結界に捕まる前、いきなり現われたりしたな。あの時、姿を現すまで俺の感知では分からなかった。……何故忘れていた。言われるまで思い出さなかった。あれからまだ大して時間は経ってないというのに、あの時の記憶が朧気だ。これも奴の能力の影響だろうか。


「お前なら、奴の動きが分かるのか?」

「当然よ」


 自慢気な口調の幼剣。人間なら鼻息が聞こえてきそうだ。


 俺は勇者なんて胡散臭いものに興味はないが、あの魔族に対抗できる手段は一つでも多い方が良い。


「そういうことなら使わせて貰おう。後は俺に任せておけ」

「ああ……頼む」


 カシムが眩しいものを見たかのように目を細めた。男に見つめられても嬉しくない。早いとここの場を去ろう。


 俺は差し出された幼剣の柄を掴む。


「──んンッ……」


 その瞬間、幼剣が無理矢理声を押し殺したようなくぐもった声を出した。大人な声ならばエロい妄想をかき立てられそうなニュアンスだったが、残念ながら声が幼い。五年後くらいにやり直して欲しい。


「それじゃあちょっと行ってくるが、戻ってくる前に死ぬなよ」


 イリーナのため……いや、それだとイリーナとカシムがそれなりの関係みたいな語感になるな。俺のポーションを無駄にしないため、だ。


「無論だ。妻を……遺しては……逝けん……」


 …………妻…………ヤバいな。どうやら意識が混濁し出した。急がないと手遅れになりそうだ。



 俺はその場を大急ぎで後にした。




 ◇◆◇◆◇◆




 少し進んだところで、木々の合間から向こうからやってくる影が見えた。

 影は二つ。



 手前にいるのは剣を持つ甲冑。そこから十数メートル後方にいる影は……間違いない、エスクード・マグナス! あの男だっ! イリーナかカシムにやられたのか、隻腕になっている。



 イリーナを救出するために、速攻でケリをつけるッ!


「最初から全力でいくぞ、幼剣!」

「ようけんって何よ!? あたしにはリンスリットっていう神貴(こうき)な名前があるのよ!」


 抗議は無視して武装闘神で幼剣を含めて強化した。


「ンッ──! や、やっぱり凄い。こんな感覚、あたしダメになっちゃいそう……。も、もしもの時はせ、責任! とりなさいよねっ!」


 何のことかは分からんが──ダメになるとか。


「この剣、使えなかったら捨てよう」

「はあっ!? あたしが使えないとかあるわけないでしょ!」


 わけが分からないことを言うので幼剣に対する期待値が下がり、つい本音を口走ってしまった。わざとだが。

 

「あんたはこのあたしの能力に感謝することになるわっ!」



 幼剣の声と共に“力”が流れ込んできた。不快なモノではない。 

 それは俺の身体の内側に溶け込むように消えたと思った瞬間、俺の闘気が今までと比較にならないほど密度を増した! その濃密さに、気を抜けば俺の制御を離れて闘気が吹き出しそうな感覚さえある。


「────なっ! こ、これは!」


 驚いた。


 闘気の量が増えたわけではない。変わったのは密度のみ。だが、密度が増すということは、これまでと同じ消費量でも、一つ一つの技の威力が上がるということになる。


 幼剣の能力は使用者に武装闘神を使わせるだけではなく、闘気そのものを強化する効果もあるみたいだな。


 全身に力が漲る。強い万能感に満たされた。


(今の俺が負けることなどあり得ない!)


 と、すぐに突っ込む奴は二流。俺はもう、あの魔族を侮らない。奴の一挙手一投足に注意を払いつつ、まずは甲冑を始末し、その後奴の死角から斬り込む!


 先頭の甲冑が瞬歩の間合いに入った。

 後続の魔族とは、互いの顔がはっきりと識別できる距離。奴の表情は、驚愕に彩られていた。


「────やはりあの剣士か! バカな、どうやって出た!?」


 答える義理はない。


 荒ぶる闘気が戦いを求め、その場にジッと立つ俺に“動け!”と命令するように、精神的負荷を掛けてくる。この場にいることに、苛立ちすら覚えた。

 それを落ち着かせるために、息を大きく吸う。ゆっくりと、吐く。


(この身に闘志を燃やし、思考は冷静(クール)に)


 闘気の制御法はいつもの延長上。ただ今回は、いつもより少しばかり集中力が必要なだけだ。


 全身に漲る闘気を、完全に制御下におく。



【ランクを更新しました】

【所持金が100万G減りました】



 その時“神の声”が聞こえた。

 …………聞き捨てならない言葉があった気がする。だが、確認は後だ!


 ゆっくりと、大きく、息を吸い込む。



 覇王流・奥義の歩法──瞬歩。



 使い慣れた技。いつも通りの踏み出し。だが、その速度はこれまでの比ではなかった!


 半瞬程度で甲冑に剣が届く距離に着く。本来なら着地と同時に剣を振るところだが、あまりの自身の速さにその動作が遅れた。が、何の問題もない。



 真正面からの踏み込みに対して、甲冑は全く反応出来ていないのだから。



 剣を振り、あっさりと両断した。


「次はお前だ。エスクード・マグナス!」


 一撃で終わらせる!


 俺は再び瞬歩を使い、奴の側面やや後方に着地した。


「────ぐぬっ!」


 俺が甲冑を両断するのを見て、奴はすぐさま残った片腕で身を守り、距離を取ろうと地を蹴っていた。


(遅い!)


 剣の柄を握る手に、力が籠もる。俺は勝利を確信して、剣を振──……った。あれ?



 何故か、振った剣の切っ先に血がついていた。



「浅いわ! 来るわよ!」


 幼剣の言っている意味が理解できない。俺には周囲に何かがいる気配なんて感じない。そもそも俺は何故、今、剣を振ったのだったか? 自らの行動と思考に齟齬が出た、意識の空白。が、幼剣の緊迫した声にただならぬものを感じ、咄嗟にその場から離れるためにバックステップ。


「おい幼剣! 何が起きてる!?」

「あの術ね。さっき話したでしょ! あの魔族の妙な術よ!」


 さっき話した? 覚えはないが。


「その魔族って、甲冑共を操ってた奴か!?」

「そうよ! あたしが位置を教えるわ!」


 何かがいる気配はない。が、剣に血がついたのは事実。


「…………分かった。信じよう」


 俺は自分の感知能力に自信がある。それでも今はそうするべきだと判断した。勘だ。


「当然ねっ! ────正面から魔法!」


 即座にサイドステップでその場を離れる。直後、後方の木の幹が爆散した! 間違いなく、この場に今、敵がいる!


(厄介だな)


 視界が効かなくても、気配があれば斬ることは難しくない。だが、その気配すらなく、姿も見えない相手だと間合いが分からない。


 俺は小声で幼剣に尋ねた。


「敵はどんな奴でどこにいる?」

「二メートルくらいの大男よ。今はあなたの右脚のつま先の延長線上にいるわ。距離はあなたの歩幅で二十……いえ、十八歩ね。こっちにどんどん近づいてくるわっ」


 俺はその場に片膝をついた。


(二メートル……右のつま先の延長……)


 小石を握り込み、闘気で強化したそいつを親指で弾く。ゴッ! と鈍い音と共に、その石は中空で砕けた。


「迎撃されたわ! ──来る!」

「チッ」


 すぐさまその場を離れると同時に、俺のいた場所が抉れた。


(なるほど。この速度、確かにこの状況では、カシムには対処出来ないな)


 幼剣が相手の動きを見て、それを教えられてから動くことになる。言葉への反応と、踏み出しの初速が鍵だ。さっきまでの俺では、ここまで完全に避けれなかったかもしれない。とはいえ、このままだといつ攻撃をまともにくらってもおかしくない。幼剣の声に対してフェイントを混ぜられたら、回避の難易度が跳ね上がるからだ。その前に倒す必要がある!


「これならどうだ!」


 体を回転させながら剣を振った。闘刃の輪が広がり、周囲を襲う。近くの木を切断する闘気の刃。それは、これまでの闘刃とは比較にならないほどの威力だ!


 ガギンッ!


 甲高い音と共に、闘刃の輪の一部が砕かれた。 


「そこかっ!」


 最速で移動し、全速の突きを放つ!


 鋭く空を穿つ剣先。手応えは──ない。が、剣には新たに血がついていた!


「急所を外したわ!」


 見えないんだから仕方がないだろう。貫いたなら十分だ!


「打撃!」

「────ゥらあッ!」


 幼剣の声に相手が殴りかかってきていると判断した俺は、敵に刺さっているであろう幼剣を抉るように動かしつつ、蹴り上げた。やはり感触はないが、膝を自分の腹に付けるくらいの勢いで放った蹴りが途中で止まった。


「────なっ!?」

「どうした?」

「あの魔族、刺さっているあたしから逃げるために、自分の身を自分で切り裂いたわ……」


 聞くだけで痛くなるな。だが、終わりだ。



 所々、地面に、唐突に、血の雫が落ちていた。



 負傷した敵が、傷口を押さえてこの場を離れているのだろう。痕跡は、少し離れた木の向こう側で消えている。


「敵はあの木の陰で間違いはないな?」


 痕跡を辿っていったら罠で、別方向から攻撃されるというパターンを想定して先に確認。


 その時、突風が吹いた。向かい風だ。


「くっ……」


 砂が顔に当たる。それ自体は大したことはないが、今砂が目に入ったらヤバイ。薄目にし、顔の前を空いた腕でガードした。 


「ええ、いる──大技が来るわっ!」

「────っ!!?」


 幼剣の声は聞こえた。それはそれで注意を払わなくてはいけない。が、その瞬間、俺はある気配を察知した。意識が“その気配”に奪われる。

 

 この気配は間違いないっ!


 気配の方向──空を見上げた。



(イリーナ────ッ!)





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