第43話 聖女の加護
【オーバーキルが発生しました】
【即死の盾を発動します】
【攻撃を無効化しました】
◇◆◇◆◇◆
「……………………あれ?」
ティアーシェを抱きしめていると爆発による痛みがくることなく、その柔らかさと温もり以外には、特別に感じるものがない現状に疑問が浮かび、目を開けた。
その瞬間、白い光が弾けたような気がした。
俺たちがいるのは森の中。景色に見覚えがある。元の空間に戻ってきたのだ。
土壁は結界内の土を使って作ったからか、なくなっている。少し離れたところには、A、B、Cも気絶したまま倒れていた。
「あ、あの……何がどうなったのでしょう?」
俺の腕の中で、怖ず怖ずと周囲を見渡し、疑問を口にするティアーシェ。
「……分からん」
としか答えようがない。
立ち上がり、ティアーシェに手を貸す。自らの衣類に付いた土を払いながら身体に異常がないか確かめるが、これといった怪我はない。
正直、死を覚悟するくらいのヤバイ状況だった。それなのに、終わってみるとこうして無傷だ。意味が分からない。
「オ、オルカさん! オルカさんのズボンのポケットが光ってますっ!」
状況を整理しようにも、情報が少なすぎる。そう思っていた矢先、ティアーシェが妙なことを言い出した。
「…………本当に光ってるな」
見ると、ズボンのポケットが白く、温かな光を放っていた。いや、違うか。ポケットそのものが光っているのではなく、中に入っている物が光っているのだ。
(光る物なんて入れた覚えはないが……)
ポケットに手を突っ込み、中の物を取り出す。
「────こ、これはっ!」
入っていたのはパンツ(涎付き)だった。
イリーナに貰ったやつだ。(※盗品です)
この森に入って暫くして、涎を垂らしていたイリーナの口元を拭うのに、ついうっかりハンカチのつもりで使ってしまったために一部湿っているが、あの時は危なかった。咄嗟に洗っていないハンカチだと誤魔化せたのは幸いだ。もし俺が知り合いの男に、俺のパンツで俺の口を拭かれた日には、絶対に殴っていることだろう。
ともあれ、そのパンツこそが光源だった。キラキラと光り輝いている。輝きのパンツだ。
一見すると白く強い光だが、直視しても目に負担はない、優しく、柔らかで、温もりで包み込んでくれるような不思議な光だ。ずっとこの光に包まれていたい、そんな想いすら抱いた。
「綺麗……」
ティアーシェなんて目に涙を浮かべて、そのパンツを見つめている。確かに綺麗だとは思うが、俺としては涙するほどではない。きっと彼女の心の琴線に触れる何かがあるのだろう。
先程、目を開けた直後、白い光が消えたような気がした。
こうして見ると、このパンツの光と同じだったように思う。
「…………ひょっとして……このパンツが俺たちを助けてくれたのか……?」
普通に考えれば、それはない。だが、このパンツはイリーナの物だ。彼女は聖女兼マスターランクの魔道具使いという、かなり特殊な能力者だ。常識では計れない変わったことの一つや二つ、出来てもおかしくはないだろう。
それに、根拠もある。
この光の正体は──魔力だ。
それもあまり感じたことのない質の、それでいて数日前に感じたばかりの魔力と同質なのだ。
イリーナと出会った時に現われた魔法陣。あれと同じ感じがするのだ。
そしてこれはイリーナのパンツ。
これで彼女が無関係だとは考えにくい。
このパンツには何らかの特殊効果が付与されていて、俺のピンチにその効果が発動。パンツから放たれた光が俺たちをあの危機的状況から護ってくれた、ということだろうか?
真実は分からない。だが、今は助かったという事実があれば十分だ。
この現象は今考えても推測の域を出ないのだから、ここは現在進行形でピンチかもしれないイリーナとの合流を最優先に動くとしよう。
エスクード・マグナス。
あの男に借りを返すのはその後だ!
「あっ!」
この後の行動の優先順位を考えていると、ティアーシェが驚きの声を上げた。
「どうした!?」
新手の人形でも出たのかと一瞬思ったが、ティアーシェは一点を見つめていた。それは、俺の手の中にあるパンツだ。
「あっ! あああっ!?」
目を向けて、俺もティアーシェと似たような反応をした。この目で見ても信じられない光景だ。
パンツの光がどんどん弱くなり、それに伴うようにパンツが勝手に裂けていく。
パンッ!
光が完全に消えると同時に、空気が爆ぜるような音と共に、パンツが粉々に砕け散った。風に舞い、俺の手の中から逃げるように散り散りになる。
「バ、バカな……」
お、俺のお宝が……。
美少女のパンツ。
風王裂覇。
俺の大事な物をこうも立て続けに奪っていくとは、あの魔族は俺に恨みでもあるのか!
「ゆ、許さん……」
パンツを持っていた手を握る。
「オ、オルカさん、血が!」
怒りにまかせて握り締めたために、手の平から血が滴った。頭の血管がドクドクと脈打っているのを感じる。怒りが大きすぎて痛みをあまり感じない。
「ティアーシェ」
「は、はい!」
俺の怒りが伝わったのか、怯えた声で返事をされた。彼女に怒っているわけではないので、息を大きく吐いて少し冷静さを取り戻す。
「俺はこれからイリーナと合流し、あの魔族を倒す。お前はどうする?」
「わ、私はこの方たちを看ています」
近くに横たわる男共を見た。
それがいいかもしれない。あの魔族は想定以上に厄介な敵だ。あの戦闘結界が切り札だったと思いたいが、切り札が一つとは限らない。ここの方が安全だろう。
「分かった。けど、気を付けろ。大丈夫だとは思うが、何が起こるか分からないからな」
「は、はい。それは……身に染みています」
身に染みています、か。
俺も今回のクエストは反省すべきところが多い。少々相手を舐めすぎた。だが、反省は後だ。
俺は横たわる三人の剣を持ち比べ、一番使い勝手の良い物を腰に差した。
「それじゃ、行ってくる!」
「は、はい! ご武運を」
サムズアップでその言葉に応え、俺はその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆
太陽の高さを見ると、戦闘結界に捕らわれてからそれなりの時間が経過していることが分かる。
所々に戦闘の痕跡が見られるので追跡が楽なのは良いが、同時に不安が大きくなる。
森が静かなのだ。
イリーナの武器は大きな音が出る。ある程度離れていても聞こえるくらいには、大きな音だ。
その音が……聞こえない。
魔法を放つ音も、剣で打ち合う音も……聞こえない。
戦闘の痕跡が逃げるために出来たモノで、既に逃走に成功した後なら問題ない。だが、もしそうでない場合は……。
(まさか……もう終わったんじゃないだろうな……)
不安に駆られながらも暫く先に進む。
「────ム! ──……と──よっ! ────い!」
やがて、微かに声が聞こえてきた。
「────っ! この声は!」
今までは煩いとしか思わなかったその声。今、この瞬間だけは、その喧しさに感謝しよう。
幼剣の声だ。




