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第42話 イリーナVSツヴァイ ②


「ふぅー……」


 森の中の少し拓けた場所。

 腕が治ったところで立ち止まり、大きく息を吐いた。振り返ると、甲冑も少し距離を空けて立ち止まった。頭をヘコまされたことで警戒しているのだとすれば、やはりこの甲冑は命令に従うだけの物ではなく、それなりの思考能力を有していることになる。その知能がなるべく低いことを祈ろう。


 周囲の光景は酷い有様だった。


 ボクたちが走った後の木は、何本も倒れていた。随分と景観が悪くなっている。犯人はボクだけど。


 ムシャクシャしてとか、自棄になったわけじゃない。甲冑の足止めがしたかったのだ。


 実際、その効果はあった。ボクとの間にある木が倒れると、甲冑はそれに巻き込まれないように迂回したり、倒れた後に飛び越えたりした。おかげで回復の時間を稼げた。明後日の方向に倒れた木も少なくないけど、途中から枝振りや幹の角度から、どこをどう撃てばどっちに倒れるのか、それが理解できてきてからは効率よく樹木を倒せたのが大きいだろう。


 一つ大きく深呼吸。


(まずは試し撃ち、と……)


 少しだけ魔力を込めた砲撃を、微動だにしない甲冑に向けて放つ。少し、とは言っても、これだけでも射撃の何倍もの威力がある。少々の岩くらいなら貫通できるだろう。だけど──


 キンッ!


 魔力砲は射撃のとき同様、甲冑に触れた瞬間に消滅した。


 予想通りだ。効いたらラッキーくらいの気持ちだったので、この結果は仕方がないと割り切る。


(もう一丁!)


 今度は本体ではなく、手に持つ槍を狙った。


 キンッ!


 先程は無反応だった甲冑が、今回は手の平で槍を護る。このことから、やはり槍には通用する可能性が高い。


 砲撃は連射出来ない。しかもこちらの狙いが槍だと分かりやすいので、向こうも防御がしやすい。近接戦闘は向こうに分がある。だとすれば、ここで取るべき手は──


(手数で勝負!)


 銃モードに変更し、周囲に追尾弾を撃ちまくった。狙いは主に槍。手から槍を弾ければ、そこを砲撃で粉砕してやれば良い。

  

 自身に迫る魔力弾を、その身で消滅させ、槍で薙ぎ払い、甲冑から逸れた魔力弾は周囲の木に命中した。甲冑が動き出す。


(そりゃ、いつまでも大人しくしてるわけないよねっ!)


 ボクも移動を開始しながら、攻撃の手は緩めない。


 甲冑は悠然と歩きながら、槍の石突き側を持ち、腕を上下に振り出した。

 

(何を……?)


 やっているんだろう、という疑問は、すぐに解ける。


「んなっ!?」


 それと同時に驚愕する。



 槍が曲がっていた。



 まるでゴムで出来ているかのように、金属製の槍が、ぐにゃんぐにゃんと曲がっていた!


「な、な、な……」


 あれは……危険だ。


 鉛筆やペンの先を持って上下に振ると、曲がって見えるのは有名だ。


 この現象は錯覚である。

  

 それは、分かっている。分かっているからといって、それが何になるというのか。

 そう見えるという事実が重要なのだ。


 鉛筆やペンでやる分には、ただのお遊び。一度くらいはやったことがある人も多いだろう。だけど、()()は違う。お遊びではない。



 ボクを殺そうとしている相手が持つ()()が、曲がって見えるのだ。



 その突きを見切るのは、少なくとも戦闘初心者には難しい。逃げているときに避けれたのは、地面に移っていた影の動作で攻撃されるのが分かったからと、その攻撃が単調だったからにすぎない。


 槍を破壊できない限り、近接戦闘は想定していたよりも危険。だけど、逃げてばかりでは勝てない。特にこの、適度な空間と、適度な距離に樹木が立ち並んでいる場所は離れがたい。


(…………覚悟はあの魔族と戦う時に決めたはず──!)


 バンッ、バンッ、バンッ!


 この場の外周を走りながら、撃つ、撃つ。撃つ!


 多くの魔力弾は甲冑に消され、数割は甲冑から僅かに逸れて周囲の木に命中し、その幹を抉った。


 円を描くように走るボク。その円の中心部からボクを追う甲冑。

 甲冑と距離を取りたいボク。ボクと距離を詰めたい甲冑。


 ここを離れない限り、どう考えても相手の方が有利な状況。

 捕まるのは時間の問題。


(あと少し──)


 準備に時間が足りない。このままでは、最低一度は接近することになる。


(他に選べる選択肢がないなら──行けッ!)


 これ以上、近接戦を避けられないと判断した瞬間、甲冑に向かって走る!


 あっ、と言う間に迫る甲冑。その手にはブレて見える槍。


(集中、しろっ!)


 的は槍。走りながら追尾弾を、可能な限り一斉に撃った。


 キンキンキンキンキンキンッ!


 全弾槍に弾かれるが、その衝撃で槍を振るリズムが崩れ、ブレが小さくなった!


(よしっ!)


 それでも迫り来る槍。


 串刺しにさえ、されなければ良い。多少のダメージを覚悟で、その槍をかいくぐ──ろうとした。


「なっ!?」


 迫っていた槍が遠ざかっていく。


 すれ違いざま、無機質な甲冑の顔部分が、にやりと笑んだように錯覚した。


(フェイント!?)


 次の瞬間、背中に衝撃が走る!


「ぐっ──」


 その威力に自然と仰け反るような姿勢になり、数歩たたらを踏む。衝撃の瞬間、横目で見た。背中を蹴られたのだ。


 追撃を警戒し、そのまま跳躍しながら相手との距離を取り、空中で反転。同時に砲撃モードに切り替える。甲冑は足を地に着け、今、まさに、膝を曲げ、追撃のために最初の一歩を踏み出そうとしていた!


「これならッ!」


 命中する!

 確信があった。


 防御とは別の動作に入った瞬間、この至近距離で、砲撃の弾速なら、防御も回避も間に合わない!


 槍を狙って撃った!


 

 放たれた一条の魔力。



 それは瞬時に槍を真っ二つにし、森の木々を貫通し──



 ドガアアアン!



 その先で爆発した。


 数日前の収束砲と比べれば、遙かに小さな爆発。それでも、期待していた結果を出してくれた!


 槍頭側の部位が中空を舞う。甲冑は手に残った石突き側をボクに向かって投擲し、槍頭側を掴み取ろうとした。


(チャンス到来!)


 近距離での刺突に比べれば、中距離の投擲は遅く感じる。槍の柄をひょいっ、と躱す。躱しながら、武器を銃に変え、撃ちまくった。


 キンキンキン!


 何発かは甲冑を狙いつつ、掴み取るのを妨害して時間を稼ぐために、槍頭にも命中させる。半数近くの魔力弾は、その二つのターゲットを逸れ、周囲の木々の幹を抉った。


(準備が整った!)


 追尾型魔力弾で狙わなくてはいけない箇所をイメージする。その数は二十を超えるけど、問題はない。この体は、集中すれば二十以上の場所のイメージを、瞬時に行えた。


 甲冑が槍頭側の柄を掴む。それを投擲するつもりなのか、それとも近接で攻めてくるつもりなのかは知らないけど、最早どうでもいい。


 ボクはバックステップで距離をとりつつ、銃口を空に向けて撃った!


 バアアァァァン!


 銃声と共に、周囲を飛び交う魔力弾。それらは狙い通り、この場に来てから抉った木々の幹に命中する!


 バキバキバキッ!


 音を立てて傾き、倒れていく木々。それらは全て、この拓けた場所の内側に向かってだ。


 バックステップで移動したボクがいるのは、広場の外側。



 内側にいるのは、甲冑のみ!



 いくら相手よりも遙かに堅い材質を使ったとはいえ、ボクの力で全力で殴っただけでヘコんだのだ。倒れる木の下敷きになれば、戦闘継続が不可能なカタチに歪んでもおかしくない!



 自らに迫る危機に気付くと、甲冑は加速してボクに向かってきた。難を逃れると同時に、攻撃に移るためだろう。合理的だ。ボクには、甲冑を止める手段がないのだから。


(と、思うよね)


 ボクは狙う箇所をイメージし、甲冑に銃口を向け、一発の弾丸を撃った。


 正面から迫る魔力弾を無視し、走る甲冑。


 何発も受け、その身に触れた瞬間に消滅してきた魔力弾。そんなモノ、甲冑にとっては脅威になり得ない。無視して当然だ。

 


 それが、甲冑を狙ったモノであれば。



 魔力弾は軌道を変え、地面で弾けて小さく抉る。そこは甲冑の手前。走る甲冑が、今、その片足を下ろそうとしている箇所だ。


 突然出来たその小さな窪み。大きさは数センチ程度。


 しかし、予期せぬそれは、甲冑のバランスを崩すのには十分だった!


 残ったもう一方の足で、バランスを取ろうとする甲冑。


「させないっ!」


 転べばそれで良し。堪えられた場合を想定し、既に次弾は発射された後だった。


 新たに出来た窪みに足を取られる甲冑。 


 ドサッ!


 今度こそ完全に転んだ!

 そこへ、木が倒れていく!


「────勝った!」


 空いている手を、グッと握り込む。小さくガッツポーズ。


 圧倒的不利な状況からの逆転。その分、高揚感も大きい。が、油断はしない。さっき腕を折られたみたいに、反撃が来るかもしれない。相手は人間じゃないのだ。ひょっとするとロケットパンチとか、手首が外れると砲撃出来るようになるとか、そんな奥の手が残っているかもしれない。


 これで終わるならそれでもいい。最後の悪あがきがくるなら、それを避ける!


「フッ、その攻撃は予測して(よんで)ました」とか澄まし顔で言って、華麗に避けるのだ。


 そんな自分の姿を想像すると、簡単に躱せる反撃なら、ちょっとだけ期待してしまうボクがいた。躱せない反撃ならいらないけど。


 甲冑を押しつぶすべく、倒れる木々。



 その時、広場の横合いから、何かが甲冑の所へと飛び込んだ。



「…………え?」


 一瞬、目の前で起こった出来事が、理解できなかった。


 現われたのは、二メートルを超える犬っぽいナニカ。

 昨日、襲撃してきたやつだ。


 ドオオォォォォン!


 大きな音を立てて、倒れていく木々。それらを速度を落とすことなく、走りながらかいくぐる犬っぽいやつ。


 その犬っぽいやつの首の辺りを掴み、引き摺られるモノがいた。



 甲冑だ。



 必勝と思われたあの状況が、第三者の介入により覆されてしまったのだ!


 引き摺られていた甲冑は、ひらりと華麗に犬っぽいやつに跨がる。構えられる、短くなった槍。その状態で、犬っぽいやつは外周を駆けた。

  

 外周を駆ける──それはつまり、ボクに向かってきていると言うことだ。


 必勝から一瞬で一転。一対一でも厳しいのに、相手が増えるという、敗北が濃厚となった状況。

 急な状況の変化に思考が追いつかず、遅れる反応。

 残る手段は、高威力の収束砲のみ。



 明らかにボクより速いその動きに、撃つ時間は──ない。



 敗北=死。



 そのことが、頭を過ぎった。


「あああああああああああ!」


 無意識に叫んだ。

 その場で銃を構える。


 冷静に考えれば、ここは逃げながら犬っぽいやつを撃つのが最善だっただろう。昨日の鳥っぽいやつと同じなら、射撃で倒せるのだから。相手の足を潰して、仕切り直しをするのだ。


 反射的な行動だったために、その時、実際にはどこを狙っていたのかは、自分でも分からない。結果的には、魔力弾を放つことは出来なかった。


「キキーーーッ!」

「────なっ!?」


 背後から忍び寄った何かが、銃を持つボクの腕に飛びつく。そいつも昨日見た──


(リンスリットを攫ったやつ!)


 あの猿っぽいやつだ。


「────このっ!」


 もう一方の手で、そいつを追い払おうと殴った。しかし離れないっ!


 焦る。視線を戻す。



 甲冑たちは──目の前にいた。



 ドンッ、と胸に衝撃があり、全身に伝わった。足が地面から浮く。猿っぽいやつが腕から離れた。


「…………えっ?」


 嘘でしょ?


 自分が見ている光景が信じられない。 

 景色が遠ざかっていた。

 横には併走する甲冑たち。否、ボクは持ち上げられているのだ。



 胸を槍が貫通していた。



「──くうぅっ……」


 遅れてきた痛み。歯を食い縛る。


 甲冑がボクごと槍を引いた。刹那、走る勢いを乗せて、ボクの背中から出た槍の先端を、近くの木に刺した。先程よりも強い衝撃が、全身に走る。


「ゲフッ……」


 こみ上げてきたモノが吐き出された。血だ。

 白い服に、赤い滴が降り注ぐ。胸の辺りから広がっていく赤と比べれば、そんなものは些細なことだろう。


 足が地に着いていない。

 木に、磔にされたのだ。


 全身から急速に力が抜けていく。銃が腕輪に戻った。


 甲冑が犬っぽいやつに跨がったまま、猿っぽいやつを従え、悠然と近づいてくる。

 腕をボクに向かって伸ばす。力を振り絞ってその手首を掴むけど、止まらない。


 甲冑の手が、ボクの首を掴んだ。


 グッ、と力が入ったと思ったら、指の動きで首が捻られた。


 ゴキン、と嫌な音が骨を伝い、耳の奥に届けられる。


 甲冑の手が離れると、ボクの意志に反して、首が妙な方向に曲がった。

 体を動かそうにも脳からの指令が伝わらず、指先すらピクリとも動かない。


(……あぁ、死ぬ(負けた)のか)


 体の感覚がよく分からないせいか、実感が湧かない。


 これは、オルカさんの言い付けを破った結果だ。最初から言い付け通りに逃げていたら、別の手段をひらめいたかもしれない。

 

 後悔しても、もう遅い。


 意識が遠のいていく。


(恩返し……出来なかったな……)


 “死”が、意識を呑み込む。


(ごめんなさい……オルカさん…………)




 そして──意識は閉ざされた。





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