第37話 人形たちの召喚魔法
【勝利条件:敵の全滅】
【敗北条件:味方の全滅】
ここから出る手段が“神の声”によって頭の中に告げられた。この結界はエスクードが張ったモノなので、ここで言う“敵”とは俺たちのことだ。どっちにしろ、相手を全滅させた方が勝ちだということに変わりはないが。
そして戦闘結界に捕らわれた俺たちは、何もないところにいる。
厳密に言えば土がある。というか土しかない。地平線の彼方まで続いている。農家なら喜ぶかもしれない。耕せばいい畑になりそうだ。
「そいつらはどうだ?」
気絶しているA、B、Cを診ているティアーシェに確認する。一緒に転送された敵がどこかにいるはずだが、周囲に気配を感じない。戦闘準備をするなら今のうちだ。どんな敵にせよ、男共はとっとと目を覚まして、最低限自分の身の安全は自分で何とかして欲しい。俺は俺とティアーシェの身の安全を確保するので忙しいし、何より早く敵を倒してここから出ないとマズイからな。
転送前、イリーナに逃げるように言ったが拒否されてしまった。あの後ちゃんと逃げていてくれれば良いんだが……。頼みの綱がカシムというのが不安だ。幼剣に勇者じゃないとか言われてショックを受けていたみたいだしな。危なくなったら逃げるかもしれん。
俺自身は勇者や大魔王なんてモノには興味がないし、信じてもいない。
誰かがそんな虚名を使って美少女や美女を誑かしさえしなければ良いのだ。そういう意味ではカシムはもう大丈夫か。勇者じゃなかったらしいし。かといって、俺はあんな剣いらんが。
何はともあれ、まずは急いでここから出ないとな。
「……け、怪我は治せました。ですが、三人とも頭蓋骨をやられていました。しばらく目を覚まさないかもしれません」
つ、使えなさすぎる…………何しに来たんだよこいつら!
もう放置で良いか。イリーナが危ない状況で、こいつらを優先して助ける義理もない。
周囲を警戒していると、地面が赤い魔力で所々輝きだした。その光は俺たちを中心に数十メートルから数百メートル、特に遠くのモノは一キロ以上離れているかもしれない。数は千にも届く勢いだ。
「そ、そんな……」
背後からティアーシェの怯えの混じった声が聞こえた。それも仕方のないことだ。俺だって驚いている。転送前に投げ入れられた召喚魔法陣。どんなカラクリか知らないが、あの枚数でこれ程の数を召喚できるなど聞いたこともない。
光が消えたとき、俺たちは完全に囲まれていた。
見渡す限りの女のカタチをした人形だ。材質は土で出来たモノが多いが、中には木や石のモノもある。見たところ、モデルが二種類いるようだ。
一方の共通点は、身長が十代前半くらいの高さで、胸は僅かに膨らんでいる。ピンク系の髪をツインテールに纏めた翡翠色の瞳の人形。
もう一方の共通点は、スラリとした美脚にくびれた腰、たわわに実った美巨乳を惜しげもなく晒している、長い黒髪に金色の瞳の人形。
どちらの人形も全裸だ。
後者は実に魅力的なカラダだ。最も、これが生身であろうと俺のびぃすとが反応することはない。
それもそのはず。細部に違いが見て取れ、比較的マシなモノもあるが、全裸以外にもう一つ双方に共通点があり、それが致命的だ。
全ての人形がすっっっっっっっげえぇぇぇぇぇぇぇ
不細工
なのである。
はっきり言ってかなりヤバイ。こんな物をこれだけの数作った奴──エスクード・マグナスだと思うが──は絶対正気じゃない。
顔のパーツがズレすぎだ。口が頬の辺りに付いているモノもある。左右の目の位置も近すぎたり離れすぎているのはマシな方で、中には上下でズレているものもある。鼻に至ってはないモノすらあった。福笑いを立体にしたんじゃないだろうかとすら思ってしまう。
「あら、イイ男ね。好みのタイプだわ♪」
「あたしが先に目を付けたのよ」
「いいえ、あたしよ!」
「誰が目を付けたとか関係ないわ。彼、あたしのカラダに釘付けだもの」
「自意識過剰な女はイタイわね。あれはあたしを見てるのよ」
「ご主人様程じゃないけどいい筋肉してそう……めちゃくちゃにされたい……」
「分かってないわね、リリィ372号。男ってのは屈服させてからがイイのよ」
「見てる……見られているわ、あたし。ハァハァ……」
「ヤメなよ、こんなところでオナるの。ヒクんですけどー」
「はぁ……皆がっついてみっともないわね」
「はああっ!? シルキー107号さん、男がいるからって上から目線ですかぁ!?」
「あはは、あんな男で勝ち組気取るとか笑えるー」
「男いない女の僻みとか最悪ね。彼ったら、とても大きくていつもあたしを包み込んでくれるのよ!」
「包み込んでくれるんじゃなくてただ着てるだけじゃん。サイズあってないですけどー、あははっ」
人形共がごちゃごちゃ喋り出す。大雑把に見て千近い数の人形が、だ。滅茶苦茶うるさい。
俺は足元の土を一握り掴むと、魔法で出した水で少し湿らせ泥団子を作る。
闘気を泥団子に集中し、鉄のように強度を増したそいつを全力で投げた。ターゲットはどれでも良かったが、ソロプレイに励んでいる奴が目に付いたのでそいつに向かって投げた。
「んっ──イ──」
ソロプレイ人形が恍惚の表情を浮かべた瞬間、そいつの顔面を泥団子が貫通した。そのまま後方数十メートルまでいく。軌道上にいた人形も無事ではないだろう。
「リリィ653号が逝っちゃった!」
「うわぁ、何あの男。普通女に手を上げる? サイッテー!」
「あたしらがか弱そうな乙女だからってナメてんじゃないですかぁ?」
「皆でヤッちゃいますぅ!?」
「えー、けどぉ、最初の方にかかっていったら殺されそうですよー。私は最後の方でお願いねー」
「言い出しっぺから行けばいいじゃん」
「えっ! あたし!?」
「リリィ422号が女を魅せたら私たちに勇気の炎が灯る……かもしれない。ガンバレ」
「ガンバレー」
「ふぁいとー」
「いやいやいや! 皆さん心がこもってねぇっス!」
「…………いーけ」
「……いーけ」
「いーけ」
俺が泥団子を投げた辺りの人形共が「いーけ! いーけ! いーけ!」と何やらはしゃいでいる。かかってきたら派手な一撃で相手の気勢を殺ぎ、ティアーシェを連れて強行突破しようと思っていたが、相手に今すぐ戦う気がないならティアーシェの意見も確認しておくか。
「ティアーシェ、ここだと分が悪い。まずはこの包囲を突破したいんだが、他に策はあるか?」
「えっ? こ、これをですかっ!?」
周囲を見回すティアーシェ。人形の群れを見るその目には、ハッキリと“無理”だという考えが浮かんでいた。
実質二対千の戦い。
しかも既に囲まれている。思考を放棄しても仕方のない状況か。
「俺が道を作る。ティアーシェは俺から離れないように付いてこい。俺の、背中を見続けろ。いいな?」
言葉と目に力を込める。この数の差だ。俺はともかく、ティアーシェだと一度呑まれたら無事では済まないだろう。
「こ、この人たちはどうするんですか?」
気を失っている三人に目を向ける。答えは当然決まっている。
「置いていく」
「み、見捨てるんですか?」
「そうだ」
取り繕っても仕方がないので肯定する。今は時間が惜しい。
「…………出来ません」
「はっ?」
たぶん聞き間違いだろう。
「見捨てることは出来ないと言ったんです」
残念なことに聞き間違いじゃなかった。
「何故だ?」
「ど、どうせ殺されるなら、私は最後までこの人たちを護ります」
「ティアーシェは死なない」
「……どうしてそう思うんですか?」
「俺が奴らを全滅させるからだ」
ティアーシェが目を見開き、息を呑むのが分かった。
「……出来るんですか?」
「ああ」
流石に千に囲まれて全滅させるまで相手したことはないが。しかも相手の強さが不明。
俺の技には強力な範囲攻撃があまりない。使ったとしても、そう何度もは使えない。そんな俺にとっては一騎当千の強力な単体より、弱い大勢の雑魚の方がやりづらい。
つまり、ティアーシェへの態度は虚勢だ。
俺にとってはイリーナとティアーシェのどちらかでも失うのは敗北に等しい。ここで彼女の心が折れたままだと、ただでさえ低い勝率がさらに低くなる。
「だから強行突破でまずはこの包囲を──」
「…………………それでもやっぱり見捨てることは出来ません」
俺の言葉に被せて告げるティアーシェ。その目は力強く、見捨てることへの罪悪感などではなく“見捨てない”という決意があった。
「ここでそいつら庇っても死ぬぞ。ティアーシェも、そいつらも」
「それでも! それでも私は、見捨てる側にはなりません!」
俺にはティアーシェを見捨てる選択肢はない。
ティアーシェは三人を見捨てる気がない。
つまり、ティアーシェを助けるには、三人をどうにかしないといけないわけだ。面倒だな。
「だったら、そいつらを死ぬまで護ってろ」
ティアーシェに背を向ける。
「──言われなくても──」
俺は剣を抜く。
「その代わり──俺がお前を護る」
「…………えっ?」
フードのマスク越しに、ポカンと口を開けているティアーシェの顔が想像出来た。
さて、どうするか?
この場にいては詰むのは確実。
いっその事、三人を包囲の向こう側にぶん投げるのが一番助かる可能性が高いかもな。防具着てるし、運が良ければ大怪我くらいですむかもしれない。瀕死でも生きてさえいれば、強力なポーションがあれば助かるだろう。俺は持ってないが、ティアーシェなら持っているかもしれない。なかったらこいつらの運と生命力に賭けよう。
確認はしない。啖呵を切った直後に「強力なポーション持ってる?」なんて訊いたら俺がビビってるみたいに思われるかもしれない。この場面で美少女にそんな風に思われるとか、俺のプライドが許さない。
理由を話したら持っていても止められそうだし、ここはいきなり実行するとしよう。その後、強行突破だ。
と、俺が行動に移そうと思ったところで、騒いでいた人形共に変化があった。
「そ、そうだ! ここはガー君に戦ってもらいましょう!」
「主様ならともかく、あたしらで呼ぶには生け贄必要じゃん」
「確かにガー君強いけど、生け贄どうすんの? 三百いるよ。意味なくない?」
「いやいやいや! 皆さんよく考えてください。エスクード様は言っていたじゃないっスか。ここにはタダオ様を倒した勇者の仲間たちを送るって。そんな奴ら相手なら、あたしら三百くらいはこのまま戦ってもやられますって。だったら生け贄を捧げてガー君に戦ってもらった方が最終的な犠牲は少なくてすみますよ!」
「生け贄はー?」
「リリィ422号だけじゃ足りないじゃん」
「あんたらあたしに恨みでもあるんスか!?」
「言い出しっぺだし?」
「生け贄なら後発ナンバーがいるじゃないっスか。三百以上も!」
「うわぁ……リリィ422号きっちくー!」
「あの子たち、まだ自我ない」
「エスクード様はこれを見越して用意しておいてくれたんスよ、きっと!」
「別にいいんじゃない? 私が死ぬわけじゃないしー」
「ですよね! 他にご意見ある方いるっスか!? なければガー君召喚ということでっっっ!」
「まー、あたしも死にたくないし?」
「私もー」
「リリィ422号が言うなら……」
「うん。リリィ422号が言うなら……」
「妹たちはかわいそうだけど、リリィ422号が言うなら……」
「リリィ422号には逆らえない」
「あんたらそんなにあたしに責任押しつけたいっスかっ!?」
「仕方がないからしょうかーん」
「リリィ422号の命令でしょうかーん」
「妹たちがかわいそうだけどしょうかーん」
「み・ん・なーーーっ! リリィ422号が後発ナンバーでガー君召喚したいってーーー!!」
「ひどっっっっっっ!!」
周囲の人形が「非道い!」「最低!」と口々に喚く。別に俺に言ってるわけじゃないだろうが、うるさい奴らだ。
「だったらっ! 他にっ! ご意見ある方! お願いしますっ! 危険を買って出る方大歓迎っ!」
「…………」
「………………」
「……………………」
「リリィ422号、ガー君の召喚お願いしますー!」
「賛成」
「さんせー」
「サンセー」
「異議なーし」
「妹たちを手にかける役は最低な意見を出したリリィ422号でー!」
「むしろあんたらが最低っスよ!」
「私初期でよかったー」
「あたし中期ー」
「ああああ、もうっ! わかりましたよ、いくっス! シルキー・シリーズとリリィ・シリーズの後発メンバー計三百体を捧げ──ガー君召喚!」
(何を喚ぶ気だ?)
周囲の人形のうち、数割もの数がバタバタと倒れていく。倒れたやつはその後、死んだようにピクリとも動かない。
警戒していると、包囲の向こう側に一つの光の柱が現われた。
「あ……ああ……」
その光の柱から現われたモノを見て、ティアーシェは絶望の声を上げる。
俺はというと“それ”が何かよく分からなかった。
「…………何だ、あれ?」
見たままを言うならば、
それは、全長五十メートルを確実に超える、俺ですら見たことがない程の、巨大なドラゴンだ。
たぶん。
顔の造作が酷すぎて、少々自信に欠けるとだけ言っておこう。




