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第36話 過剰回復魔法


 エスクード・マグナス。


 ボクとの距離は五メートルくらいか。


「いくぞ、娘よ!」


 彼はボクを睨め付けると、足を開いて腰を落とし、構えた。


「ハアアアアッ!」


 気合いの声と共に周囲の空気が震える。


 筋肉で覆われた肉体から吹き出す童貞力(赤い魔力)

 その力は目の前の男の強靱な肉体を、さらに強化する。


 DTSによる身体能力強化だ。


「先程の攻撃、骨の一本や二本はもらったと思ったが、平気そうだな」

「見た目より頑丈なんですよ」

  

 こちらも身体強化しつつ、口の端を少しつり上げ、笑みを形作る。余裕があるように見せるためだ。内心はガクブルだけどっ!


 相手は魔法職とは思えない膂力の持ち主。構えから察するに打撃技で来そうだ。とは言え腰には剣があるし、カシムさんを衝撃波で吹っ飛ばしたことから魔法攻撃も手札にあるのは確実。見た目に惑わされてはいけない。


 一番の悪手はこちらが後手に回り、近距離で相手に調子づかせて一方的に攻撃させることだ。その拳の一発一発が勝負を決めかねない威力がある。こちらが怯えを見せて相手の加虐心を刺激してはいけない。精一杯の虚勢(仮面)は被った。


「そうか。ならば、次は本気でいこ──むっ!?」


 相手が言い終わる前に、距離を取るために地を蹴る。同時に数発撃つ!


 エスクードもボクを追うように地を蹴り、魔力弾は全て避けられる。

 

(この距離でも通常弾は全部避けられるのか……)


 速さで競うのはやめておいた方が良いかもしれない。厄介だけど、オルカさんみたいにフッと消えたように見えるほどの速さじゃないだけ良しとしよう。 


(なら散弾で)


 巨鳥のときみたいに、広範囲にする必要はない。縦横数メートルの面にばらまけば当たるだろう。


 バアァァァン!


「ぬおおおっ!」


 丸太のような腕を交差させて、防御の姿勢を取るエスクード。筋肉がさらに一回り大きく盛り上がる。


(耐えきられた!)


 なんて筋肉! 赤い魔力に覆われた肉体は、多くの魔力弾を浴びても掠り傷程度!

 今の攻撃でそれだと、単発で当てるだけでは倒すのにかなり時間がかかるということだ。それはよくない。


「ハアッ!」

「────っ!」


 エスクードの放つ衝撃波。ボクはそれを咄嗟に躱す。流れる黒髪の先端が衝撃波に触れ、頭皮に伝わる振動が、その威力を端的に教えてくれる。


「その技はさっき見ました。もうボクには通用しません」


 キリッ、と表情を引き締めて、ハッタリを口にする。

 周囲の木の位置を把握すると、相手と向き合ったままバックステップで移動。


「通用するかしないか、試させてもらおう!」

 

 魔族は衝撃波を放つ。何度も、何度も!

 それに合せてひらりひらりと避けながら躱される前提で撃ち返し、時には木を盾にして難を逃れるボク。


「通用しないと言ったでしょう? …………狙いが分かりやすいですね」

(ひいぃぃぃっ! 怖い。すっごく怖いっ!)


 内心が表情に出ないように意識しつつ、口元を緩めながらさっきの言葉を返す。


「これならばどうだ!」


 ドガアァン! ドガアァン!


 衝撃波が地面や木に当たったときの音がより大きくなる。威力が上がったのだ。


(怖い、けどっ、かかった!)


 意識がボクに集中するほどいい。


 衝撃波は木に当たると大きな音を立て、その幹を抉っていく。


 ボクは撃ちながら木の陰に隠れると、その音に合わせ、エスクードの右肘を狙って数発の追尾弾を放つ。相手の死角になっている木に沿って、真上にだ。


 その数発の弾丸はエスクードからすると、突然空から降ってくる攻撃となる!


(まずは利き腕をもらう!)


「──この程度の攻撃で倒される俺ではない!」


 魔族はその拳を堅く握ると、魔力の弾丸を殴り出す。ボクは間髪入れずに追尾弾をさらに撃つ、撃つ撃つ! 時にはフェイントも兼ねて、左肘や膝を狙ったりもした。


「ぬおおおおおおおっ!」



 撃った弾丸の総数は数百発に達する。迎撃する拳は残像を見せ、全ての弾丸を打ち消した。



「…………」


 開いた口が塞がらない。


 魔族の身体強化は、ボクのそれとは明らかにレベルが違う。その拳は特に堅く強化されているのか、散弾で掠り傷がついた胴体と違い、数百発を殴っても傷一つない。


 或いはこのまま攻撃を続ければ、相手の方が先にバテる可能性もある。けど、根比べをする気にはなれない。


 エスクードは甲冑に言っていた。

 カシムさんを死なない程度に痛めつけろ、と。


 オルカさんは言っていた。

 カシムさんでは甲冑二体を同時に相手できない、と。


 それはつまり、



 持久戦に持ち込まれれば、ボクの方が不利になる場合があるということだ。



 一対三。


 無理ゲーすぎる。


 かといって、射撃モードでは勝てそうにない。砲撃モードでいくべきか?


(…………ダメだ)


 数日前のことを思い出す。


 あれだと威力が強すぎて、仮に魔族を倒したとしても周囲に被害が出そうだ。 


(いや……アレ以外にも…………手はある!)



 過剰回復魔法。


 

 その魔法を相手の体に使えれば勝機はある。

 問題は、あの筋肉達磨に直接触れなくてはいけないということ。


(相手の注意を引く方法…………あっ!)


 一つある。


 昨夜、オルカさんが風王裂覇を使いこなそうとしているときに、ふと思いついたこと。


 風属性の魔力を込められた剣で風を操れるなら、魔力を定着させられる物質に属性魔力を付与出来れば、攻撃魔法と同等の現象を起こせるのではないか?


 ボクが所有する魔力を定着させられる物質と言えばアレだ。



 パンツだ。



 流石にパンツを使った実験とかは恥ずかしいので、夜中に一人でこっそり試したけど、実験は成功だった。


 風王裂覇と違い、パンツに直接属性魔力を定着させて魔法と同じ現象を起こすと、パンツそのものがその現象に変化した。例えば炎属性にしたパンツなら、魔力を解放するとパンツが炎に変わるとか、そんな感じだ。

 要するに使い捨ての攻撃アイテムと考えればいい。いっぱいあるから問題ない。


 相手もよもやパンツが武器とは思わないだろう。意表を突けるはずだ。その瞬間に隙が出来たら一気に決める!


「なかなかの技だが、相手が悪かったな。今度はこちらからいかせてもらおう!」


 エスクードの右手に赤い魔力が集まっていく。その密度から、これまでの攻撃とは段違いの威力だと推測できる。


「ボクはなるべく綺麗に殺すとか言ってませんでしたっけ?」

「むっ!? ……そうだったな」


 エスクードは集めた魔力を霧散させた。


(この男……チョロい!)


 一度何かを始めると、周囲が見えなくなるタイプなのだろう。うまく誘導できれば優位に立てるかもしれない。


 何はともあれ付け入る隙があるなら、利用しない手はない!


 ボクはパンツ袋に銃を持った手を入れると、銃を腕輪に戻し、代わりに赤いレースのパンツを握り込んで出した。


 属性はパンツの色によって判別出来るようにしている。赤なら炎、青なら水、緑なら風、といった感じだ。


 威力は込められた魔力量が関係するので、パンツのエロさで判別出来るようにする予定。エロければエロい程高威力だ。

 今回は時間の都合で最強のパンツは作れなかったけど、赤いレースのパンツでもそれなりの大きさの炎には変えられる!


「武器を収めるとは……観念したのか?」

「しませんよ」


 空いている手で軽く拳を作り、エスクードに殴られたお腹を軽く小突いて構える。バトル漫画のキャラクターっぽくだ。


「あなたのヘナチョコな拳と違う、本当の攻撃ってのを見せてあげます」

「──ほぉ……面白い。見せてもらおうか!」


 うわぁ……額に青筋浮かべてるよ。ビキビキッと音が聞こえてきそうなくらい怒っている。


 あれだけの筋肉だ。普段からかなり鍛えているのだろう。その肉体から繰り出したパンチをボクみたいな見た目細腕の女に馬鹿にされて、我慢ならないといったところか。


 空いている手の甲をエスクードに向け、クイックイッと手を曲げて挑発する。


 突進してくるエスクード。


(来た!)


 ボクは握り込んでいた手を開くと、パンツを掲げる。


「やはり武器を隠し持っていた──……?」


 それくらいは予測済みだと、したり顔から一転、訝しげな表情に変わる。その間も攻撃のモーションが止まらないのは戦闘経験によるものか、ボクの目の前まで踏み込んだ時には右の拳が引かれていた。このまま何もしなければ、数瞬後のボクは中空にいるだろう。そこへ連撃でも食らったら回復が追いつかず、助かりそうにない。

 そうなるわけにはいかない。


 ここが運命の分かれ道! 


(魔力解ほ──)



 その時、一陣の風が吹いた。



(えっ!?)


 風は掲げたパンツを攫う。

 魔力を解放する前、パンツを炎に変える前、即ちパンツはパンツのまま風に乗って蝶のように中空を舞う。


 迫り来る豪腕。

 絶望感に襲われるボク。

 パンツを目線で追うエスクード。


 ボクの表情から危険はないと判断し、自らの顔に向かってくるパンツが目障りだったのか、左腕で払う動作をした。


 風に舞うパンツはその魔族の腕を、網から逃げる蝶のようにひらりとかいくぐる。



 そして──パンツはエスクードの両目に当たった。



「ぐあああああっ! パンツがっ、パンツが目にぃっ!」


(ラッキー! チャンス到来!)


 どちらにとっても予想外の出来事。

 すぐに状況に適応したのはボクの方だった。


 軌道がブレた拳を体を捻りながら躱し、足捌きでエスクードの右腕の外側に移動する!


「クッ、妙な術を!」


 エスクードは左手でパンツを掴むと、一瞬だけ躊躇する素振りを見せた後、空に放り投げる。ボクがパンツを操っていたとか、変な勘違いをしたみたいだ。

 ボクはその隙に、筋肉で丸太のようになっている右腕にしがみついた。


「ボクの──勝ちです!」


 出来る限り大量の魔力を込めた治癒魔法を、その腕にかける。

 動物──もっと言えば、人類種にこの魔法を使ったのは初めてだ。



 変化は劇的だった。



 触れていた箇所から中心に血の気が失せた。肌が白っぽくなる。

 黒い斑文が浮かんだ。

 斑文が薄くなっていくと、皮膚がクリームみたいな色になった。

 皮膚の表面が溶け、ネトネトし出す。

 溶けた皮膚の下から筋肉が見えた。



 それらの変化が瞬時に広がりを見せる。


(うわキショ! すっごい気色悪っ!)


 その光景に、思わず腕を放す。

 注ぎ込んだ魔力が多かったために、過剰回復魔法の効果はそれでも衰えることなく腕を登り、肩に迫っていた。


 魔法を使ってから、時間にしておよそ三秒くらいの出来事。あと一~二秒もあれば効果は肩を越え、胴体を侵食し始めるだろう。


 その光景が、容易に想像できた。

 予想はしていたけど、この魔法の行き着く先は“死”だと、確信した。 


 目を背けたい。


 その欲求を無理矢理抑える。自分がやったことの、結果を見届けるために。


「うおおおおおっ!」

「────なっ!?」


 エスクード・マグナスが腰の剣を抜き放ち一閃。



 魔法に侵食された自らの右腕を、まだ浸食されていない肩付近から切断した!



「ぐおおおおおおっ!」


 身を縮め、叫ぶことで痛みを少しでも紛らわせようというのか、絶叫が響き渡る。


 落ちた腕は骨を残して液状化し、それらは地面に広がった。


「許さんぞーーっ! 小娘ぇっ!」


 血走った目。

 殺意と怒気と憎しみを混ぜ合わせた感情をボクにぶつけてくる。


(こ、こんな相手、どうしろと……)


 この魔族の警戒すべき箇所を見誤っていた。


 操作系の能力。

 その巨体と筋力から繰り出される打撃力。

 存在の忘却(ユニークスキル)。 

 長い時間をかけて培われたDTS。 


 その、どれでもない。



 本当に警戒すべきはその精神。この男の覚悟と判断力だ。



 仮に致死量の猛毒を指先に食らったのが分かったとして、助かる手段がその指の切断で道具が手元にあっても、自らそれを瞬時に行える人は少ないだろう。


 この魔族はおそらく初めて見るであろう過剰回復魔法を受け、五秒足らずで判断、決断、実行。これらをやってのけたのだ。

 

 相手は重傷。ボクは無傷。

 それでも、このまま仕切り直しても勝てる気がしない。


 魔族が手にした剣に、赤い魔力が伝わり渦巻く。

 その魔力量は、木を抉っていた衝撃波の十倍以上。威力も相応だと考えた方がいい。直撃すれば即死するだろう。


(射撃では止まらない、砲撃する時間はない、新しい魔法(パンツ)は間に合わない。避けるしかない! 集中集中集中集中集中ーーっ!)


 あの時間が引き延ばされるような極限の集中状態を求めて、相手の一挙手一投足に全神経を向けた。


「死ねー──ぐはっ!」

「──えっ?」


 攻撃される直前、回避のために動こうとした直後、魔族は口から血を吐いた。剣に集まっていた赤い魔力が霧散する。



 エスクード・マグナスの胸からは、白く輝く剣の切っ先が見えた。



「ば、馬鹿な……貴様は逃げたはずでは…………」

「ああ、逃げたさ。そして気付いたのだ。私が好きな英雄とは何か、をな!」

「カシム・アッカーシャァァァ!」



 そう。そこには、エスクードの胸を後ろから剣で貫いたカシムさんがいた!


 

(か、勝てる……かもっ!)


 腕輪を銃に変える。


 あの状態ならいくらなんでも魔力弾を防ぎきることは不可能だ。倒れるまで撃ちまくる!


「ツヴァァァイ!」

「うっ!」


 ボクとエスクードの間に、槍を持った甲冑が立ちはだかる。


 カシムさんがここにいるということは、彼を追っていた甲冑が戻ってきていても不思議はない。


 地面に魔法陣が現われ、ボクと槍を持った甲冑を囲むように赤い魔力の壁が展開した。



 戦闘結界。



 オルカさんたちが捕らわれたモノと同じ現象が起こっていた。


「お前たちは、ここで終わりだ!」


 エスクードが剣を逆手に持ち替えた。


「避けなさい!」

「えっ?」


 エスクードは背後にいるカシムさんに刺突を放つ!

 

「──っ、このバカシム! 油断するなって言ったでしょ!」


 魔族の剣が、カシムさんの脇腹に刺さるのが見えた。



 その光景を最後に、周囲の景色が赤く染まる。



 次の瞬間、ボクと甲冑は直前までいた森とは違う、別の場所にいた。




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