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第34話 DTS


 極度の集中状態。

 ドクドクと、自身の血管の脈動すらハッキリと分かる。特に、頭の中の血流が活性化していた。

 風に揺れる葉の一枚一枚も、地面にいる一匹の蟻も、みんなの表情筋の動きも、認識し、スローモーションに見える。


 周囲の時間の流れと、ボクの意識する時間の流れにズレが生じていた。


「イリーナ!?」

「イ、イリーナさん!?」

「カシム、左よ!」

「えっ? あ?」


 みんな──リンスリットだけはエスクードが分かるみたいだけど──にはボクがいきなり銃を撃って、勝手に後ろに吹っ飛んだように見えたのだろう。オルカさんですら動揺が見える。


 甲冑二体がオルカさんたちに向かって動き出す。魔族の視線はカシムさんに向いていた。次はカシムさん狙いか。 


 仲間の意識は、吹っ飛ぶボクに向いている。その隙に甲冑たちに攻撃させようという魂胆なのだろうか。剣を持つ甲冑は魔族が置いたリュックサックを回収しながら走り、もう一体がその手に持つ槍を投擲する。狙いはオルカさんだ!


 オルカさんなら自分で何とか出来るかもしれないけど、万が一ということもある!


(急げ急げ急げ!)


 違う、急げと思うことすら雑念。

 まるで自分が数倍速の世界にいるみたいな感覚の中、思考と体が最速を目指す。


 魔力の装填は刹那で出来る最大量弾丸タイプは追尾型威力は最大速度も最速標的は投棄された槍甲冑二体魔族弾数は出来るだけ多く振り分けは槍5甲冑2ずつ魔族1みんなの中に混ざっている魔族に避けられたら味方に命中する足下を狙えば避けられても地面だから大丈夫牽制で十分!


「ぃっけえええ!」



 バアアァァァンッ!



 ざっと見て二十発程の魔力弾が銃口から放たれた!


「────むっ!」


 カシムさんに殴りかかっていた魔族が、弧を描くように飛来する魔力弾に対して回避行動を取る。弾が地面に当たるのを確認すると、その手をカシムさんに向けた。


「右に避けなさい、カシム!」

「ぐわあっ!」


 リンスリットの指示も虚しく、カシムさんは魔力による衝撃波をまともに食らって吹っ飛ぶ。


 投擲された槍は迎撃に成功。だけど、甲冑に放たれた弾は──


 

 甲冑に触れた瞬間に、音もなく消滅した。



 魔力無効化物質・魔消鋼。



 触れただけで魔力を消滅させる希少金属。


 それが使われていると、その現象を見たボクに知識が流れる。


 吹っ飛ばされながら、その間の時間の全てを攻撃に費やしたボクは、無防備に背中を木に、強かにぶつけた。


「────っ!」


 息が詰まる。


 ドサッ、と地面に落ちた。


「~~~っ!」


 痛い。ものすっっっごく痛い!

 人を殴って空飛ばすとかおかしいよ!

 交通事故にでも遭った気分だ。たぶん骨が何本か折れてる。内蔵もどこかしら損傷しているかもしれない。


 蹲ったまま、殴られた箇所に直接手で触れる。それだけでお腹の痛みが消え、代わりに心地よさが広がる。

 聖女の祝福の効果だ。このスキルは、触れる面積が大きくなればなるほど効果を増す。今手を放せば、痛みがぶり返すことだろう。なので、こっそり治癒魔法を使って回復を早めた。

 後で治癒魔法のカモフラージュ用に、オルカさんから渡されているポーションを飲んでおけば誤魔化せるだろう。


「大丈夫か、イリーナ!」

「カシム様!」


 オルカさんがボクへ、護衛の人たちがカシムさんへ駆け寄ろうとする。


「ハアッ!」


 エスクードは気合いと共に、その長い足でオルカさんの足を引っかけて転ばせ、護衛の三人には石を投げた。後頭部に当たる。


「うをっ!?」

「がっ!」

「ぐっ!」

「ごっ!」


 オルカさんの表情が、一瞬だけ驚きで固まっていた。自分が転んだ理由が分からないのだろう。が、すぐに表情を引き締めると、立ち上がって周囲を警戒する。

 護衛の人たちはその場に倒れたままだ。気絶したっぽい。


「気を付けろ! 何かいるぞ!」

「アイン! やれ!」


 エスクードは立ち上がると、そう叫びながら剣を持つ甲冑に向かって走る。

 甲冑の方は、リュックサックからはみ出していた紙の筒を纏めて取ると、それをオルカさんたちに向けて放り投げた。所詮は紙なので、すぐに失速して途中で落ちたけど。


 もう一体の甲冑は、槍を拾うとすぐに方向転換した。


「カシム・アッカーシャの仲間たちよ。貴様らの墓場に招待してやろう!」

「エスクード・マグナス!?」


 オルカさんたちの驚愕。どうやらスキルを解除したようだ。 


 カッ! と、地面が赤く輝いた。魔法陣が現われる。

 その光は円状の壁となり、ボクとカシムさんを除いた仲間全員と、投げられた紙を囲む。  

 

「まさか、この魔法陣は──!」

「せ、戦闘結界です!」



 戦闘結界。

 

 高ランクの結界術士が使えるようになる魔法で、異空間を作り出し、そこに対象を転送することが出来る。

 術者以外が解除するためには、設定されている勝利条件か敗北条件を満たすか、誰かが術者を倒すしかない。結界のレベルが高くなると条件を複雑に変更出来るようになるけど、初期条件はどちらかの全滅だ。そういった理由で術の発動には、自勢力と敵勢力が必要になる。


 この魔法を使うのは、人類種よりも魔物の方が多いと知られている。そもそも高ランクの結界術士の数が少ないのだ。


 それは、前にオルカさんから魔物について教わったときに聞いた話だ。

 遭遇率は低いそうだけど、もし戦闘結界を使う魔物に遭遇してもパニックにならないように、事前情報として教えてくれたのだろう。

 


 ただ、ボクの中の知識が、これは同じ効果の別のスキルだと言っていた。



 見分け方は魔法陣の光の色。

 通常の戦闘結界だと白い光を放つけど、そのスキルだと赤い光を放つ。



 人類種の男限定で習得可能なスキル。



 その名も、DTS(童貞スキル)だ。



 人類種の男には、パーソナルカードに記載されていないステータスで童貞レベルというものがあって、それは加齢によってのみ上がっていく。


 レベルが三十になると魔法系のスキルを自動的に習得し、以後はレベルが十上がるごとに恩恵がある。

 習得するスキルの種類は大きく分けて、種族別共通スキルと職業別スキルがある。

 DTSは“卒業”と同時に失われてしまう。


《こじらせればこじらせるほどに強くなる。それがDTS》


 魔族が戦闘結界と同じ効果のあるDTSの習得可能レベルは…………二百五十。


 仲間のピンチだというのに、心のどこかが泣けてくる。


「娘よ。そんな顔をしても無駄だ。これが今生の別れだと知るがいい。フハハハハッ!」


 バッ、とローブをはためかせ、勝利に酔うエスクード・マグナス。

 

 やめて! そのスキルでそれ以上格好付けないでっ!

 ボク、涙が溢れちゃうよ!


「安心しろ、イリーナ。すぐに戻ってくる。だから今は、逃げろ!」


 オルカさんが光の壁に手を当てて、ボクを安心させようとしているのか、声をかける。


 不安といえば不安なんだけど、何度かオルカさんの戦いを目の当たりにしている。エスクードのように特殊なスキルを使うような相手でもない限り、大丈夫なんじゃないかという安心感の方が強い。彼の戦いはどこか余裕を感じさせる。それは油断からではなく、感知能力で相手の強さを分析し、自身との力の差を知れるからだろう。

 特殊なスキルについても、オルカさんが事前に警戒してなかったくらいだ。使える者が物凄く希少なんだと思う。


(違うんだよ、オルカさん。相手が言うように、オルカさんたちが死ぬとか思ってるわけじゃないんだ)


 オルカさんを見ようとすると、彼の肩越しに格好付けた魔族が視界に入るので、ボクは唇を噛んで堪えつつ、俯いて首を振った。 



 言葉が、出せなかった。



 中退して半ば諦めているボクと違って、二百五十年以上現役を続ける魔族。


 二百五十年。二百五十年だ。

 うまく想像出来ない。人間には到達不可能な領域である。神域の存在と言ってもいいかもしれない。


「俺が危ないと判断したら逃げると約束しただろ? だから今は逃げて時間を稼げ。あの甲冑に魔法が効かないならイリーナには不利だ。おっさんは二体同時に相手できる程じゃない。とにかく逃げて、俺たちが結界から解放されるまで時間を稼ぐんだ」


 ボクはオルカさんが勘違いをしているんだという意味で首を振ったけど、逃げるのを拒否したと思われたみたいだ。子供に言い聞かせるように、優しくも強い口調で言われた。


「無駄だ、剣士よ。貴様が如何に強かろうが、我が戦闘結界“夢の残骸”からは生きては戻れん!」


 魔法陣の光が強さを増す。


「起動せよ、召喚魔法陣よ!」


 結界の中の紙が、その言葉を受けて光り出す。


 召喚魔法陣……あの紙は増援のためだったのか!



 次の瞬間──結界内にいた者が、全員姿を消した。



 一瞬前まで数人の人間がそこにいたのに、その痕跡は一切ない。


「成った! これで復讐の第一段階は完了だ! フハハハハッ!」


 勝ち誇った哄笑が、周囲に流れた。



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