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第33話 存在の忘却


「……カシム──あなたは勇者じゃなかったわ。そっちのオルカって男だったみたい」

「……………………は?」


 リンスリットのその言葉に、たっぷり十秒以上の沈黙後、カシムさんは間の抜けた声を出した。そのキョトンとした横顔を、ボクは一生忘れないだろう。


「リ、リンスリット、何を言って……」

「だから、勇者はあなたじゃなくて、そっちのオルカって男だったみたい。さっき握られて分かったわ。あたしを封印から出したの……カシムじゃないでしょ?」

「うぐっ……」


 リンスリットの言葉をそのまま受け取るなら、勇者はカシムさんではなく、オルカさんということだ。


(ということは……う~ん。どういうことになるんだろう?)


 ボクたち──ボクとオルカさんの当初の目的は、勇者であるカシムさんが活躍したり、有名になったりした結果、大魔王が復活して世界が大ピンチという展開にならなうようにしよう、というものだ。

 その勇者が実はオルカさんだったと……。


 オルカさんは既に有名人で、ボクが知らないだけで過去にいっぱい活躍しているのだろう。


(あれ? 手遅れじゃないかな、これ。……いや、待て。それは“冒険者”としての話だ。“勇者”としてじゃないなら、ノーカンかな?)


 どっちだろうか? 判定を下す審判が大魔王なので、お伺いを立てることも出来ない。


(ここはノーカンという方向で考えよう)


 別に楽観的に考えているわけじゃない。手遅れなら今さら騒いでも仕方がないし、ここはノーカンと考えて対策を練った方が建設的だ。今はそれどころじゃないけど。


「クッ……ククク……」


 エスクードは笑い声を漏らすと、冷めた視線をリンスリットに向ける。


「主を想うその心根は立派だが、そのような虚言に騙されるわけがなかろう」

「嘘じゃないわよ!」

「ならばその男の背にある文字は何だ! 俺は確かに見たぞ。『勇者参上!』その文字を!」

「そんなの証拠でも何でもないじゃない!」

「勇者でないならば、そんな恥ずかしいマネをするわけがなかろう!」

「知らないわよ、カシムの趣味よ! 勇者はそこの男で間違いないわ!」


 エスクードがジロリ、とオルカさんを睨め付ける。


「俺、勇者じゃないから」

「むっ!? ……いや、考えてみれば大事なのは“本物の勇者”が誰か、ではないか。数日前に相応の実力を持ち、タダオを殺害した者、その者の友。それこそが我が敵。即ち、この場にいる全員が我が復讐の対象であることに変わりはない」

「友じゃないぞ。ただの雇用関係だ」

「我が敵の協力者も同罪だ。この場に来た己の判断を後悔するがい──むむっ!?」


 何でボクを見るの!? やめてもらえますか、顔怖いので。


「娘よ。よく見るとリリィたんに特徴が似ているな。──まさかっ!?」


 目を見開いて、ボクとカシムさんを交互に見る。表情が険しくなり、顔がさらに怖くなった。


「タダオが接触した人間の女はお前か?」

「えっ?」


 タダオって、カシムさんがいっぱい殺したゴブリンの一匹だという話だよね。ボクはゴブリンなんて遭遇したこともない。もしかして、共犯だと思われているのかも。とんでもない濡れ衣だよ!


「接触も何も、ボクがカシムさんと出会ったのは昨日のお昼過ぎです。変な言い掛かりはやめてくれませんかね」

「…………よし、決めたぞ」


 エスクードは良い考えが浮かんだとばかりに、一つ頷く。嫌な予感しかしない。


「お前は特別に綺麗に殺そう。我が技術の粋を集めて人形にし、タダオの墓に供えるのだ。天でタダオと共に過ごすといい」

 

 この人怖いよ! 見た目以上に内面が!

 会話になっていないし、話も繋がっていないし! いや、本人の中では繋がってるのかもしれないけどさ。それがこっちに伝わってないから意味不明すぎる。伝わっても全力拒否は確実だけど。


「馬鹿か、お前。やらせるわけないだろうが」


 オルカさんが剣を構えて、一歩前に出た。


「いつまでブツブツ言ってるんだ、おっさん。集中しろ」


 ショックが大きかったのだろう。カシムさんは聖剣を手にしたまま、さっきから何事か呟いている。

 多くの人に伝説の勇者だと喧伝していたみたいだし、それが間違いだったとなると現実逃避も仕方がないか。それが許される状況ではないので、後にして欲しいとは思うけど。


「剣士よ、確かにお前は強い」


 リュックサックをその場に置くエスクード。


「だが、我がユニークスキル“存在の忘却”の前には無力と知るがいい!」

「ん? ……ああ……おっさん、剣を持った方を五秒抑えろ。その間に俺が槍の方を倒す」


 エスクードはニヤリと笑み、無造作にこちらに向かって歩いてくる。


「……しかし私は……」

「あの甲冑は強いが、その剣を使ったお前なら任せられる」

「────っ! 出来るのか……私に……」


 虚ろだったカシムさんの瞳に、少し活力が戻った。  


「オルカさん、あの魔族が来ますよ。残ったボクたちが相手をすればいいんですか?」


 魔族との距離は十メートルもない。甲冑二体はその向こう側で微動だにしていない。攻撃してくるのは魔族の方が早そうだ。


 ただ、対応の確認のつもりで訊いたに過ぎない。が、オルカさんは訝しげな表情でボクを見ると、妙なことを口にした。


「魔族? 犯人を見つけたのか?」

「犯人ですか?」

「あの甲冑は幼剣の誘拐犯が操作している物だろう。どっちにいた?」

「な、何を言って……歩いてきてるじゃないですか!」


 魔族を指さす。


「…………どこだ?」


 仲間全員が、ボクを訝しげに見ていた。


「ほう……娘よ。俺を認識できるか。タダオ以来だ。ますますタダオの嫁に相応しい!」


 エスクードは地を蹴った。


「──来るわよ、構えなさい、カシム!」


 リンスリットの鋭い声に、カシムさんも戸惑っているのが端から見ても分かる。他の皆も同様だ。状況が呑み込めていない!


(ここはボクが何とかしないと!)


 ユニークスキル“存在の忘却”だと言っていた。自分の存在を周囲に認識させない、視認も出来ないスキルだというのなら、厄介すぎる。

 ボクには通用してないけど、心当たりとしては聖女スキルか。状態異常の一種に分類されるのかもしれない。


 ボクは銃口を魔族に向ける。

 狙いはこちらに向けられた杖、額。


 バンッバンッ!


 杖に命中。その手から弾き飛ばしたけど、額に向けて撃った魔力弾は避けられた!


「杖が現われた!?」


 カシムさんの護衛の一人が、驚きの声を上げる。周囲の視線が、その杖に取られるのを感じた。


「命中精度が高いのが仇になったな。視線で狙いが分かりやすい」

「──なっ!?」


 魔族は一気に加速。ボクの目の前まで踏み込んできた!


 筋肉で武装した巨体が敵意を持ってここまで近づくと、見るだけで萎縮させられる。


「フンッ!」


 気合いと共に、豪腕から繰り出される拳がボクに迫る!


 咄嗟に魔力強化と共に左腕を防御に使い、全身を強張らせた。


「──ぐっ……」


 ボクの腕は簡単に弾かれ、魔族の拳はボクのお腹にめり込み、体がくの字に曲がる。


 吐き気を伴う痛みが内臓を襲った。


 足が地面からふわっ、と浮く。そう認識した瞬間には、ボクの体は数メートル後方の中空を舞っていた。



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