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第32話 聖剣の願いとアニメ鑑賞


 あたしはずっと眠っていた。


 強力な力を持った“誰か”が、あたしを連れ出してくれるのを、ずっと待ち続けていた。


 その“誰か”が勇者で、聖女となる誰かと出会ったとき、あたしが目覚める。

 あたしは大魔王を倒すために作られた。だから大魔王と戦わなくてはいけない。



 情報だけが、微睡みの世界にいるあたしの全てだった。



 ある日、とても力強い手があたしを握った。


 その手から、その人の今の強さと、潜在的な強さの情報が流れ込んでくる。



(来た! この人だ。この人があたしの持ち主。あたしのご主人様!)


 

 あたしは歓喜に打ち震えた。これが、眠り続けた末の願望を夢に見ているわけではないことを祈った。


 その手はあたしの全身を隅々まで、余すことなく撫で回した。と、ととと、当然恥ずかしいところも全部よ!


 …………しょ、正直なことを言うと……と、とても気持ちが良かったわ。終わったときには、まるで生まれ変わったみたいに清々しい気分になったもの。



 もっと握っていて欲しい。



 そう思っていたのに、その手はあたしからすぐに離れた。きっと焦らしているのね。


 手が離れると、眠りは再び深くなる。


 どんな人なのだろうか? 少なくとも格好良い男でないと嫌だ。


 そう、願った。



 その願いは──覚醒すると同時に打ち砕かれた。




 ◇◆◇◆◇◆




 カシム・アッカーシャ。


 あたしを封印より解放したその男は、闘気を扱う才能が致命的になかった。


 闘気とは、全ての生物が持つ力。身体が生み出す力だ。


 闘気を操るということは、その闘気量を通常時より自在に増減したり、特定の箇所に集中することだ。カシムの場合、その闘気が通る“道”とも言うべきものが、何カ所も塞がっていた。あたしの能力で、その通り道を塞ぐ壁に一時的に穴を空けても、能力を解除したらすぐに元通りに塞がってしまう。


 先天的に闘気を扱う才能がないのだ。


 しかも初めてあたしを使って戦う時、最初はゴブリン相手に怯えていたのに、ゴブリンの振り下ろした棍棒で怪我をしないと分かり、難なく倒せると理解した瞬間、急に調子に乗りだした。


 最初は──


「ほほほ本当に大丈夫なんだろうな!?」


 なんて言いながら震えていたのに、自信を付けた途端、


「フッ、悪逆非道なゴブリンどもよ。このカシム・アッカーシャが成敗してくれるわ!」


 と、態度が大きくなった。



 容姿……好みじゃない。

 強さ……あたしを封印から出せたのが信じられないくらい大したことない。長い時間の中で、封印の効力に何らかの問題が生じたとしか思えなかった。

 性格……すぐに調子に乗る傾向が強い。あたしの言うことを良く聞くという点だけは評価できる。



 正直に言って、現実って何て酷いのだろう、と思った。やっぱりあの力強い手は夢だったのだ。


 ショックが大きかった。


 現実に打ち拉がれていると、カシムが寝ている間はあたしが暇だろうということで、娯楽を提供してきた。ちなみにあたしは眠ることが出来るのでカシムの気遣いは的外れなんだけど、ずっと眠ってきたあたしにとって、娯楽というものは体験したことがない。ちょっと興味があった。



 その娯楽はアニメと呼ばれるものだ。



 箱形の魔道具の中に、いろんな物語が流れた。


 中でもあたしが気に入ったのが『聖剣伝承』というタイトルのアニメだ。


 容姿の整った勇者の少年が聖剣を手に入れ、冒険の中で仲間たちと出会い、最終的に世界を救うという冒険活劇。


 アニメの中の聖剣はあたしみたいに喋れないけど、その境遇はあたしとは雲泥の差だった。とても羨ましい。


 気が付くと、あたしは時間を見つけては、カシムに言ってアニメを見ていた。 


 だけど、どんなに面白いものを見ていても、ずっと見ていると疲れてくる。なのであたしはその日、カシムに夜まで起こさないように言って眠った。いっぱい寝て、起きたらまた続きを見よう。そう思っていた。いたのに!


 お昼過ぎ、カシムがうるさくて目を覚ました。



 部屋にはあたしほどじゃないけど、結構可愛い黒髪の少女と、見た目だけはいい男がいたわ。



 その男は最悪な男だった。ほんっとーーにっっ、最悪な男だわっ!



 あたしが作られた目的である大魔王の討伐。その前提である大魔王の存在を否定したのよ!



 許せなかった。だから勝負を挑んだ。結果は、カシムが最後の最後で油断したから負けたわ。あたしの負けじゃないけどね!

   

 その後、あたしは変なのに攫われて、森の中に連れてこられた。自由に動けないこの身が恨めしい。

 


 貞操の危機だ。乙女のピンチだ。もし何かされたらあたしの刃が黙ってはいない!



 気持ちだけでも身構える。


 結論から言うと、誘拐の主犯──エスクードという名の男は、あたしにエッチなことはしなかった。というか、あたしに興味がないみたいに見ようともしない。


(それはそれでムカつくわね)


 乙女心は複雑なのよ。


 だけどこれはチャンスだわ。状況を打開する方法を考えることにする。


 それを考えるためにも、まずは周囲の情報が必要ね。

  

 観察していると数分後、エスクードは筒状に巻いた紙をリュックサックから取り出すと、その紙を広げ、地面に置いた。

 

 その紙には、簡易式召喚魔法陣が描かれていた。


 簡易式召喚魔法陣は使い捨てで、召喚可能なモノは魔法陣ごとに重量や大きさに上限があって、予め召喚する対象を設定しておかなければいけない。


 この場にはエスクード以外に、そこそこ強い甲冑がいる──柄を握られれば、そいつの強さが大体分かるのだ。今あたしを持っている甲冑以外にも甲冑は三体。全てが同じくらいの能力と考えると、戦力的には既にカシムの手に余る。これ以上戦力を増強されると、絶望にダメ押しといったところね。あたしの未来は真っ暗だわ。


(くっ……)


 何も出来ない悔しさを噛み締めているのを余所に、魔法陣が起動する。



 現われたのは一つの魔道具。その名は『テレビ』だ。アニメを映し出す素敵アイテムよ。


 

 エスクードは地面に敷いたシートの上に陣取ると、リュックサックから大量のMD(マジック・ディスク)──動く絵や音声を保存出来る不思議な円盤──を取り出し、アニメを見始めた。


『魔法少女シルキー』


 それがそのアニメのタイトルだけど、あたしがこれまで見たアニメとは極端に異なる点があった。


「絵が荒いわね」


 つい、口に出してしまったわ。


 エスクードが振り向き、そこで初めてあたしをジッ、と見た。が、すぐにアニメの視聴に戻る。


「…………昔の作品だ。仕方がなかろう」


 あまりやることがないので、あたしも暫くそのアニメを見ていた。


「変身前と後で服しか変わってないのに、どうして誰も正体に気付かないの?」

「お約束だ」

「構えが隙だらけね」

「見た目重視だ」

「こんなカクカクした遅い攻撃で、相手を倒せるわけないじゃない」

「……動画技術の問題だ」

「爆発に巻き込まれて黒焦げになったのに、どうして普通に動けるの? 死んでないとおかしくない?」

「…………演出だ」

「何でこの会話シーン、パンツが見えるアングルなの?」

「………………サービスだ」

「この──」

「黙れ。うるさくてタダオの追悼鑑賞会が出来ん」


 苛立ちを含んだ声で、あたしの言葉を遮ってくる男。その態度にちょっとカチンときた。


「つまらないものを見せるあんたが悪いんでしょ!」 

「つまらないもの……だと!?」


 男の顔が怒りに満ちる。まるで鬼のような形相ね。


「貴様のような小娘に、この作品の良さを理解することなど出来ぬわ!」

「良さ? フン。良い作品というのは『聖剣伝承』のような作品を言うのよ!」


 『魔法少女シルキー』のどこが良いのか分からないので、思いっきり鼻で笑ってやったわ。


「『聖剣伝承』か……。確かに良いな。“作画だけ”は」


 “作画だけ”を妙に強調したその声音には、明らかに侮蔑を含んでいた。


「…………どういうことよ?」

「ストーリーにメリハリがない。ただ新しい敵を次々に倒していくだけだ。それぞれのキャラをもう少し掘り下げていれば多少は見られたかもしれんが、過去話の伏線らしきものを入れても、結局はやらずに期待感だけ置き去りにされたからな。……駄作だ」

「はあああああっ!? 『魔法少女シルキー』の方が駄作じゃない。突っ込みどころが満載なのよ!」

「シルキー様とリリィたんが……駄作だとっ!?」

「その図体と野太い声で“シルキー様とリリィたん”。……うわー、ヒクわー。ぷぷっ」

「ぐ、ぐぐぐっ……~~~!」


 あたしが笑うと、エスクードの顔が茹で蛸みたいに真っ赤になったわ。きっと自分の恥ずかしさに今頃気付いたのね。


「アイン、ツヴァイ、ドライ! 容器と水を用意しろ!」


 エスクードが叫ぶと、甲冑たちはすぐにどこからか透明な円柱の容器──ビーカーみたいなやつ──を持ってきて、水をたっぷりと入れた。


「フィーア。そいつをこの中に入れて持っておけ」


 あたしを持つ甲冑はそう言われると、あたしをその水の中にポチャンと沈めて容器を持つ。


「何するのよ!」


 抗議の声を上げるけど、水に遮られてうまく相手に届かない。


「こんなこともあろうかと、用意してきた物が役に立ったな」


 エスクードはあたしを一瞥した後は完全に無視して、アニメ鑑賞に戻る。


 何て奴なのこの男。あたしが普通の人間だったら溺死してるわよ!


 聖剣たるこの身は神が創造した神器。

 神器とは、そんじょそこらのモノとは格が違うのだ。

 神によって作られ、そこらのモノとは格が違うのだから、下々の者からしたら最早あたしは神と同格と言っても過言ではない。


  

 つまりこれは殺神(さつじん)未遂事件よ!



 今にも罰が当たるわね、こいつ。

 



 ◇◆◇◆◇◆




 ガシャン!


 陶器か何かが割れたみたいな音が響いたかと思うと、次の瞬間には浮遊感があった。


「ハッ──何ごと!?」

 

 エスクードとは趣味が合いそうにない。観察しようにも対象はただアニメを見ているだけだったわ。

 やることがなくなって暇だったあたしは、いつの間にか寝ていたようだ。状況が呑み込めず、軽いパニックに陥った。



 その時だ。あたしを誰かが、握った。



(────っ!?)


 全身に快感にも似た衝撃が、電流のように走る。

 


 その力強い手は、紛れもなく微睡みの中であたしを握っていた“あの手”だ。



(あたしのご主人様!)




 そこには──最悪な男がいた。




「────なっ!? あ、あなた……まさか……」


 自分の見ているものが信じられない! だけどあたしを握るこの手は、確かに“あの手”に間違いない。


 あたしを連れ出せるだけの強さ、まだ先がある潜在能力。

 勝負ではカシムと互角くらいの実力だった。あの時はかなり手を抜いていたようだ。


(それを悟らせないほどに、圧倒的な実力差があったということね)


 感情的には、あたしの存在理由を否定する嫌な男。

 だけど……だけど──



 聖剣としてのあたしは彼の能力を感じ、身が震える程、嬉しい気持ちでいっぱいになっているのを自覚していた。



 それからすぐに、あたしはカシムの手に渡る。

 初めてカシムに握られたときの違和感の正体。それが確信に変わった瞬間だ。


 どういった経緯かは分からないけど、あたしを連れ出した男と、覚醒時に目の前にいた男は別人だったということだ。


(後で問い質す必要があるわね)


 何はともあれ真実が分かった以上、カシムには告げるべきね。



「……カシム──あなたは勇者じゃなかったわ。そっちのオルカって男だったみたい」




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