表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/49

第31話 聖剣、奪還


「仕方がない。出るぞ」


 敵がこちらの動きを察知していることが分かると、奇襲を諦めて先頭に立つカシム。護衛が慌てて脇を固める。イリーナとティアーシェもその後に続いた。


 俺はというと、気配を殺してその場に身を潜めた。


 空気が張り詰めている。みんなの意識が、これから対峙する魔族の一挙手一投足に集中しているのが分かる。魔族の方の意識は主にカシムに向いているようだ。それなりの距離があるし、こちらから明るい場所にいる魔族を見るのはともかく、向こうから森の中にいる俺たちを正確に視認するのは難しいだろう。木が日の光を遮りがちだし、何よりその木が遮蔽物となって俺たちの姿を隠す。にもかかわらず、奴は奇襲のために身を潜めていた俺たちに気づいた。


 周囲を監視している仲間がいるという線は薄い。そんな奴がいたら、警戒していた俺が気づかないはずがない。


 問題は索敵能力が高いかどうかだが、様子を見る限りでは、俺を除いたメンバーに対して人数が足りないとか、何らかの疑問を抱いている素振りはない。そのことから仮に索敵能力が高くても、正確な数までは感知できないと推測できる。


 そう判断すると、俺は気配を消したまま大きく迂回して、魔族たちの背後に回り込む。


 イリーナたちと対峙する形で、魔族の男が前列で、その隣に剣を持った甲冑が一人。

 魔族の男の後ろに弓矢を背負った容器を持つ甲冑。そいつの左右に長槍を持った甲冑。それぞれ数歩分の間隔を空けているという配置だ。


(それにしても妙だな)


 魔族の男はそれなりに戦え(やれ)そうな見た目だが、甲冑四人からは生物らしさを感じない。


 見ている限り微動だにしないのだ。比喩でも何でもない、本当に、全く、僅かばかりも動かない。


 人間に限らず人類種は、ただ立っているだけでも倒れないように、常にバランスを調整している。そういった僅かな動きすらない。幼剣の入った容器を持った奴が、かなりの重量がある物を両手で持っているにもかかわらず、容器の中の液体を揺れさせていないことからもそれが分かる。


(まるで置物だな)


 それが、甲冑四人に俺が抱いた印象だ。


 あの魔族は操作系の能力がある。実際、あの甲冑たちは“物”だと考える方が自然か。


 その考えはすぐに確信に変わる。


「我が名はエスクード・マグナス! 貴様らを地獄に送る者の名だ! 剣を取り戻したくば、力尽くで来るがいい!」


 エスクード・マグナス。

 “自動人形”の二つ名を持つ有名な魔族だ。噂ではランク5の人形使いだったか。


 嘗て“自動人形”の二つ名を持つ魔族が別にいた。



 人形使いのマスターランク。

 魔王レスティーナ・イシス・クライス。



 彼の魔王が作った、人形に命令を与えれば自律行動をする術は、長く誰にもマネをすることが出来なかったという。


 五十年程前に、その術の模倣に初めて成功したのが、エスクード・マグナスという名の人形使いの魔族だ。


 その時には、魔王レスティーナの二つ名は“人形帝国”の方が有名だったため、いつしか“自動人形”という二つ名は目の前の男を指すようになっていたそうだ。 


(予想以上の大物だな)


 みんなも魔族の名を聞いた瞬間、その表情に驚きを浮かべていた。イリーナを除いて。

 俺の名を知らなかったし、エスクードのことも知らないのだろう。


 相手が有名だろうと、やることに変わりはない。


(速攻で片付ける!)


 甲冑が自律行動する人形だとすると、エスクードを倒したところで止まらない。そして人形使いである奴の主力は四体の甲冑だろう。


(甲冑からいくか)


 奴の名乗りを訊いてすぐに意を決すると、俺は剣を抜いて武装闘神を使い、容器を持った甲冑の背後に瞬歩で移動した。


「そうさせてもらおう」


 言い様に、剣を薙いで甲冑を斜めに両断する。中身は空っぽだ。


「────なっ!?」


 エスクードが振り向く。


 ここまで一緒に来た連中の表情がさっきまでとは別の驚きに変わり、イリーナは勢いよく後ろを振り返った。

 たぶん俺がイリーナの後ろにいると思っていたのに、いきなり敵の背後に現われたから確認したのだろう。確認しなくても目の前にいるのに。


(イリーナは面白いなぁ)


 両断した後、一歩踏み込んで容器を剣で叩き割った。


 イリーナの話からすると、俺の力では幼剣は斬れない。そういう意味では全力で斬りにかかっても問題はないが、鋭利に斬りすぎると幼剣に当たって、容器の途中で剣が止まる。割った方が早い。


「ハッ──何ごと!?」


 寝ぼけたような声と共に混乱を口にする幼剣。


 ヒュッ!


「──うをっ!?」


 幼剣を回収しようとしたら、槍を手にした一体が鋭い突きを放ってきた!

 身を捻って躱す!


 ギンッ!


 槍が俺の革鎧を掠めて、甲高い音を立てた。


 今の攻撃、普通の状態の革鎧だと軽く抉られていただろう。無事だったのは武装闘神で強化されていたことと、鎧に当たった時の槍の角度のおかげだ。


 正面からの直撃はヤバそうだな。武装闘神状態のカシムくらいの実力はあるかもしれない。それが残り三体とエスクードを同時に相手と考えると、このまま一気に全滅させるのは難しそうだ。


 俺が躱した直後、もう一体の槍を持った甲冑が、俺の姿勢が整う前にその槍を振るってきた!


(連携がうまい!)


 俺一人ならここは距離を取って仕切り直すところだが、今はイリーナやティアーシェがいる。魔法職や生産職がメインの人間が、このレベルの敵に接近戦に持ち込まれたらキツイ。カシムの護衛──名前忘れた。A、B、Cでいいか──では一体も抑えられないだろう。もう一体か二体は減らしたい。


(なら、ここは──)


 ガキンッ!


 迫る槍を、サリラの腕輪で受け止めた。


「ドライの槍を防いだだと!」


 驚愕するエスクード。


 確かに威力は大したものだが、俺に強化されたミスリルならば、一度や二度の攻撃で傷一つ付けられやしない!

 

 力任せに槍を押し返すと同時に、地面に落ちていく幼剣の鍔につま先を引っかけ、自分に向かって蹴り上げる。



 そのグリップを頭上で掴むと同時に、俺は幼剣に闘気を流し──ドライと呼ばれた甲冑を縦に両断した!


「────なっ!? あ、あなた……まさか……」


 幼剣が戸惑いの声を上げるが、こっちはそれどころじゃない!


 残ったもう一方の槍持ちの、再びの刺突。


 ギャリギャリギャリッ!


 風王裂覇で軌道を外にズラすが、神経を逆なでするような耳障りな金属音が響く。視界の端には剣を薙ぐ甲冑と、木の杖の先端をこちらに向けるエスクード。


(魔法か!?)


 剣はギリギリ避けられるがエスクードの攻撃は回避が間に合わない!


(ダメージ覚悟で直撃だけは避ける!)


 バンッ!


「むっ!」


 空気が弾けるような音が響いたかと思うと青白い光が飛来し、そいつがエスクードの杖の先端に命中。奴の注意を引いた。


 イリーナの援護射撃だ。


(ナイスだ、イリーナ!)


 彼女の命中精度はかなり高い。フリージアに向かう途中で何かいろいろやっていたが、中でもあの腕輪から変化する魔道具の命中率は百発百中だ。


「イリーナ。遠距離武器を使う真の一流冒険者ってのは、百メートル以上の距離から乱戦中の味方の援護が出来る。動き回る俺が持つ葉っぱを撃ち抜いてみろ!」


 空に放り投げた複数の石を正確に撃ち抜くイリーナを見て、彼女の冒険者に関する知識が乏しいのをいいことに、ムチャぶりする俺がいた。


 出来なくて疲れたところを、俺が優しくマッサージなんかをしてやろうとか思っていた。無論、全身余すところなくだ。


 結果、百メートルどころか百五十メートルはある場所から、闘気を使わず動いていたとはいえ、あっさりと当てて見せた。


「これでボクも一流の冒険者に一歩近づいたんですね!」


 なんて目をキラキラ光らせて言っていたが、これが出来るのは一流の前に超が付く腕前である。


 そんな彼女の実力を持ってすれば、この程度の距離で敵の持つ杖に当てるのは造作もない!


「あなたが──」

「うらあっ!」


 幼剣が何かを言おうとしたが、無視して剣持ちの甲冑に向かって投げた。甲冑の肩口を抉って飛んで行き、カシムの足下の地面に刺さる。俺はというと投げた勢いのまま倒れるように身を沈め、軌道の逸れた剣をかいくぐり、一度イリーナたちと合流する。


 あまり欲張るといらない怪我をするからな。引き際が肝心だ。


 それにしても今の数秒の攻防、反応したのはイリーナとティアーシェだけか。


 ティアーシェは魔力を錬っていた。攻撃に参加しなかったのは、密集していて俺を巻き込まないようにする自信がなかったのだろう。


 A、B、Cはダメだな。カシムの護衛に専念していたならまだ救いはあるが、様子を見るに戦闘の次元の違いに呑まれていたようだ。実力としては普通に戦えるレベルはあるんだろうが、今回の敵相手だと無駄死にだ。無駄死に以外だと、逃がすか美少女たちの盾にするかの二択しかない。


「おっさん、その剣があれば女たちを守れるだろう。護衛は任せたぞ」

「フッ、流石だな。だが、奴らは私が倒そう。ここで見ているがいい。油断を捨てた新生勇者カシム・アッカーシャを」


 さっき何見てたんだこいつ!? 幼剣があれば一対一なら抑えられるかもしれないが、あいつらを同時に相手したら死ぬぞ!


 俺の予定ではこっちはカシムに任せて、俺は再び奴らに突っ込む。一体までなら突破されても、防御に専念したカシムなら時間を稼げるだろう。その間に二体を倒し、反転して最後の敵を倒してクエスト完了といきたいのだが、カシムが突っ込んでも殺されるだけだ。幼剣の奪還を優先した意味が薄くなる。さっきのは奇襲だったから何とかなったが、敵に散られて三方から攻撃されたら厄介だ。危険を承知でここまで来た男なら最悪見捨てても大して心は痛まないが、イリーナとティアーシェが万が一怪我をしたら大変じゃないか。


 どうやってカシムにこっちを任せるか思案していると、カシムはそんなことはお構いなしに、自信に満ちた表情で地面に刺さった幼剣を抜き、その切っ先をエスクードに向ける。


「次は私がお相手しよう。勇者に敵対したことを後悔するがいい、魔族よ」


 とりあえず蹴り飛ばして止めるか?


 それが最善に思えた。殴るのもありだ。



「……カシム──」



 その時幼剣が、何やら決意を含んだ固い声を出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ