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第30話 おにぎりと、北風と


「イリーナ、大丈夫か?」

「は、はい。何でもないです」


 突然のスキル発動に戸惑っていると、オルカさんが心配そうに訊いてきた。まあ、知り合いが立ったまま涎垂らした直後に様子がおかしくなったら疑問に思うのも仕方がない。聖女のことを周囲に内緒にしている以上、今はオルカさんにも話せないから誤魔化したけど。


「……イ、イリーナさん、具合悪いんですか? それともお腹が空いているとか? おにぎりでよければありますが……」


 いやいや、別に体調もお腹も空いてな──って、


「ティアーシェさんが作ったんですか!?」

「は、はい」

「食べます! ください!」

「ど、どうぞ」


 『どうぐぶくろ』から海苔が巻かれたおにぎりを取り出すティアーシェさん。入れ物に入れずに、直に『どうぐぶくろ』に入れていたみたいだ。


 これは別に不衛生というわけじゃない。昨夜見せて貰ったんだけど、普通の『どうぐぶくろ』は中に入れた時点でその物質の時間は停滞する。パンツの世界が広がっているボクの袋がおかしいのだ。けどティアーシェさんから渡されたおにぎりの前では、そんなことは些細なことである。


 やった! 人生初の同年代(推定)の、しかもゲームのメインヒロイン(予想)やるような美少女の手料理ゲットだ。しかも白魚のような御手で握った一品である。


「俺にもくれ」

「は、はい。どうぞ」


 オルカさんも一個もらう。

 早速実食だ。パクリ。


(こ、これは──!)


 そのおにぎりは絶妙な力加減で握られていた。


 囓った箇所のご飯は崩れず、口に入れた方のご飯は一噛みで口の中に広がった。おにぎりというのは強く握りすぎたり握る回数を多くしてしまうと食感が固くなってしまい、ご飯一粒一粒のふっくら感を損なってしまうことになる。


 塩加減もいい。塩辛すぎず、薄味というわけでもない。

 適度な塩辛さは食欲を増進させてくれる。塩分がおにぎりの表面だけではなく外側のご飯に浸透していることから、袋に収納する前に少し時間を置いたのだろう。それは水分を含んでしんなりとした海苔からも分かる。これもボクの好みだ。


 極めつけは具だ。鮭である。しかも切り身ではなくハラミだ。おにぎりの具の中で、ボクが一番好きなやつだ。

 おにぎりの内側のご飯に鮭の脂がしっかりと馴染んでいる。人によっては脂っこすぎてダメだという場合もあるけど、ボクは鯛とかの淡泊な味よりも脂ののった鮭や秋刀魚の方が好きだ。


「美味しいです! こんなに美味しいおにぎりは食べたことがありません!」


 おっぱいおっきな美人さんが作ったという要素が美味しさの相乗効果を生んでるね。これが普通のおじさんが作ったおにぎりだったら「ありがとうございます。モグモグ」と食べて終わっていた自信がある。


「さ、流石にそれは大げさでは……」


 苦笑された。嘘じゃないのに……。


「いや、本当に美味いぞ。自信を持っていい」

「ですよね!」

「そ、そんな……あ、そうだ!」


 ボクがオルカさんの心強い賛同を得ていると、ティアーシェさんは『どうぐぶくろ』から、栄養剤を連想させる褐色の小瓶を一つ出してボクに差し出してきた。


「これは?」

「ま、魔泉ポーションです。マナポーションの一種で飲むと魔力が全回復します。何があるか分かりませんし、イリーナさんが使うのが一番効率がいいのであげます」

「へえ、それが魔泉ポーションか。初めて見た。美味いのか?」

「えっ!? いいいいいえ、味は大したことないです本当に全く!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしつつ、物凄い勢いで味を否定するティアーシェさん。


 …………飲むの不安になるんですが……まあ、効果優先で味は二の次なんだろうけど。とりあえず一言お礼を言ってパンツ袋に入れた。


「そか」


 ティアーシェさんの必死さにそれ以上追求せず、最後の一口を食べるオルカさん。


「今度機会があったらイリーナが作ったおにぎりも食べたい」

「えっ、ボクのですか?」


 料理は小学校の家庭科の授業で習ったものを家で披露したとき、両親に褒められたのを切っ掛けにやり始めたのでそこそこ作れはする。おにぎりは無論作れるけど、ボクが作ったものなんて普通のおにぎりだ。ティアーシェさんには及ばないだろう。けどオルカさんの頼みだしなぁ……。


「いいですけど、普通ですよ?」

「本当か!? 約束だぞ」

「はい、約束します」


 小指を出してきたので指切りをする。何もそこまでしなくても、と思ったけど、おにぎり一つでどこか真剣さが見えるその表情が可笑しくて、笑顔で応えた。


 ひょっとするとアレか。


 冒険者は場合によっては野宿することもあるだろう。そんな時、パーティーメンバーの料理の腕というのはかなり重要な気がする。


 オルカさんはボクの料理の腕が心配なのかもしれない。そうだとすれば、おにぎりはいくら何でもハードルを下げすぎだ。プロには及ばなくても、家庭料理レベルなら作れる。家族以外は食べたことがないので、味の程度は分からないけど、たぶん不味くはないはずだ。


(オルカさん。今度腕によりをかけてその不安を取り除いてあげましょう)


「お前たち、ピクニックに来ているわけじゃないんだぞ」


 密かに新たな目標を決めていると、後ろの方を歩いていたカシムさんが苛立たしげに声をかけてきた。


 言われるまでもない。こうしている間にも魔法陣を見つけては破壊している。破壊はティアーシェさんが担当しているけど、ボクとオルカさんも二つずつ発見した。


 けどそうか。リンスリットが心配なカシムさんからすれば、呑気におにぎりを食べているのを見れば、やる気がないと映ったりするかもしれない。


「心配するな、おっさん。この剣に誓ってあの剣は取り戻してやる。大船に乗った気でいろ」

 

 オルカさんは昨日の手合わせで折れた剣の代わりに、リンスリット奪還の報酬の前払いとしてカシムさんのコレクションの内、一本の魔法剣を貰っていた。



 風を操る魔法剣の中でも、かなり強い魔力が込められた剣──風王裂覇。



 昨夜、オルカさんが風を操る練習をするところを見学したけど、攻撃に使用しなくても周囲の風がとても強かった。


 オルカさんが風の渦の中心にいたんだけど、近くにいたボクは目を開けるのも困難で、髪とスカートを手で押さえるのも苦労した。


 ゴーゴーと風の音が耳を叩く中、オルカさんが制御に苦戦している声が聞き取れた。


「くっ、ダメだダメだダメだ! 俺の求める風はこんなものじゃない!」


 ボクからすれば、風で相手の視覚を阻害出来るだけで十分戦闘で役に立つと思うんだけど、オルカさんからすれば、風で直接攻撃できないと納得いかないのかもしれない。剣士だし、離れた相手に対しての攻撃手段が欲しいということなんだろう。


「気合いを入れろ、風王裂覇!」


 下からの突風がどんどん強くなり、ボクはスカートを押さえる力を強くする。


 結局、魔法剣の魔力が尽きるまで、オルカさんは風での直接攻撃を行うことは出来なかった。


 ひょっとすると、ボクが見学していたから気が散って集中できなかったのかもしれない。やたらとこっちをチラチラ見ていたし。……悪いことしちゃったかな。


「…………残念だ」


 とても、本当に凄く、その一言には悔しい感情が込められていた。それだけで、この練習にどれだけ真剣に打ち込んでいたのかが分かる。

 

 この世界に来てから、ボクも時間を見つけては修練に励んでいるつもりだ。それには、今のボクに出来ることと出来ないことを探るという意味もある。だけど──



 出来なかったらまた今度でいいや、とか無意識に思っていなかっただろうか?



 ボクなりに真剣にやっていたつもりだけど、少なくともその日出来なかったとして、オルカさんみたいに悔しがるくらい真剣にやっていたという自信はない。



(やっぱり凄いな、オルカさんは)



 素直に尊敬した。



 

 ◇◆◇◆◇◆


 


 それからもいくつかの魔法陣を破壊し、ボクたちはついに指定された場所に辿り着く。


 予定では相手の死角に回り込んでから可能な限り近づき、不意打ちで遠距離攻撃を放つと同時にオルカさんが斬り込むことになっているんだけど。


「時間より随分と早いじゃないか、カシム・アッカーシャ! 死に急ぎたいみたいだな!」


 野太い声が森に響き渡る。


 こちらの動きがバレている!


 全員に緊張が走った。


「仕方がない。出るぞ」


 カシムさんがそう言って、護衛と共に先頭に立つ。ボクたちもその後に続いた。



 そこは森の中の広場と呼んでもいい空間だ。



 相手はちょうど反対側の端にいる。その距離はおよそ十五メートルくらいだろうか。報告通り、数は五人。全身甲冑四人と、頬に紫の紋様がある男。


 その魔族は、ボクが今まで会ったことがあるどの人間よりも大きい。身長は二メートルを軽く超えていて筋骨隆々。短い金髪に日に焼けた肌。強面でその目は視線だけで相手を射殺せそうだ。一人でここに来ていたら、ボクはちびっていたかもしれない。


 今にも闘気が爆発してもおかしくない容姿だ。職業が世紀末覇者だとしても、ボクはやっぱりね、と納得してしまうだろう。


 魔法使い風の漆黒のローブを着て木製の杖を持っているけど、この容姿で魔法職だというのは無理がある。どうもフェイクくさい。腰のショートソードは体格差のせいで剣というより鉄串みたいな印象だし、あの杖は魔法の杖じゃなくて打撃武器だと思う。


 背中に背負ったパンパンに膨れたリュックサックからは、筒状の紙らしきものが数本はみ出している。材質が紙っぽく見えても、その正体はメイスやフレイルといった打撃武器かもしれない。注意しなくてはいけないだろう。特殊効果があるかもしれないし。


「この俺が、せめてもの慈悲で仲間を集める時間をくれてやったというのに、あまり必要なかったようだな」

「私は数日前までは商人が本業でな。大事な取引相手は待たせないのが信条なのだ。それよりも、リンスリットは無事なのだろうな?」


 ボクたちの視線は、魔族の隣にいる全身甲冑が持つ容器に移った。その中は透明な液体が満たされていて、リンスリットが入っている。これも報告通り。

 何らかの効果がある魔法薬だとボクたちは考えている。


「無論だ。我が目的はカシム・アッカーシャ──貴様の命と貴様の友の命だ。お前たちがここに来た時点で、この剣は用済みになった」

「リンスリットを破壊しようとしても無駄だ!」


 ボクの情報を元に、カシムさんは強気に言う。知識によればオリハルコンは、何かの魔法薬に漬けたくらいでどうにかなったりしないはずだ。けど、知識外の方法があるかもしれないと思うと不安もある。


「破壊? そんなつもりはない」 

「だったらその液体は何だ?」

「水だ」

「水?」

「ああ……五月蝿かったからな」

「…………」


(あー…………)


 この瞬間、みんなの気持ちが一つになったのは、ボクの気のせいではないだろう。


 

「用済みとは言え、敵の貴様に素直に返してやる義理もない」


 微妙な空気などお構いなしに、魔族の男は吠えた。



「我が名はエスクード・マグナス! 貴様らを地獄に送る者の名だ! 剣を取り戻したくば、力尽くで来るがいい!」

「そうさせてもらおう」


(えっ!?)


 次いで聞こえたその声に、ボクは目を疑った。


 リンスリットが入った容器を持つ全身甲冑。そいつの背後に、剣を抜いた一人の男が現われた。


 その人は、ボクたちと一緒にこちら側にいたはずの男。



 オルカさんだ。




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