第29話 魔族
魔族。
人類種の一種族で、基本的な外見は人間族と殆ど変わらない。だけど能力面では大きく異なる。
魔族の持つ魔力量は人間よりも基本的に多く、運動能力においても一般の人間族よりも魔族の方が優れている。
極めつけは人間族と比較しておよそ十倍の長さの寿命だ。
それらの差は、魔族紋と呼ばれる心臓と一体化した器官によるものと言われている。
魔族はその魔族紋の影響で肌のどこかに紋様が出るのが特徴で、それが魔族と人間族の違いを見分ける唯一の外見的特徴とも言える。ちなみに一般的に魔族紋と言えばその肌の紋様のことを指すけど、大きさと部位には個人差があり、服を着ていると魔族か人間族かの判断が出来ない場合も多々あるとか。
報告によれば、指定の場所にいた内の一人は頬に魔族紋が確認されたとのこと。
魔族を騙って少しでも自分を強く見せようというイタイ人間族という線は薄い。
襲撃された場所がアッカーシャ商会の庭──つまりは街中である。それも最低限の実力でも木製の人形を生物のように変え、一桁ランク相等の魔法の腕を持つティアーシェさんと互角に戦える力を持っていることが判明している。
それだけの実力の持ち主が多くの人の目に触れる行動をとったのだ。魔族は戦闘能力の素質の面で人間族より優れているだけで、絶対的な優位性があるわけではない。即ち、相手には魔族を騙るうま味がない。
それらのことから考えて、魔族紋を持つその人物は本物の魔族である、というのがみんなの結論だ。
◇◆◇◆◇◆
「じゃあ、魔族ってだけで敵っていうわけじゃないんですね」
「ああ、悪い奴もいればいい奴もいる。そこは人間と同じだ」
早朝、天気は晴れ。まだ日が昇って間もないけど視界は良好と言っていいくらいに明るい。
敵が指定の場所にいるということは、その場所に大爆発するような危険な罠はないだろうということで、ボクたち──ボク、オルカさん、ティアーシェさん、カシムさん、カシムさんの護衛任務の三人の計七名──は森の中を歩いていた。
オルカさんとしてはリンスリットを奪還してくるからカシムさんには護衛と一緒に待っていて欲しいみたいだったけど、本人の強い希望で護衛と一緒に来ることになった。護衛はラグナさんの部下でエトさん、ビーンさん、シモンさん。全員が二十歳前後から二十代半ばくらいだ。彼らのリーダーであるラグナさんは第二陣──最終的に八十四人も確保できたみたい。急な話だったのにカシムさんだかラグナさんだかの人望すごいと思った。財力の方かもしれないけど──の指揮を執る人が必要ということで別行動。
ボクとしてはこれくらいの人数は一緒に来てくれた方が精神的に助かる。
危険と思われる場所に三人だけで行くとかすっごく怖いしっ!
そんな心細さや恐怖心を誤魔化すのも兼ねて、ボクはオルカさんと一緒に、他のメンバーよりも数歩先を歩きながら話していた。
魔族についてボクの中の知識以外の情報を知っておきたかったからだ。あまりにも無知だと変に思われるかもしれない。その点オルカさんには記憶喪失ということにしているから、多少常識的なことを質問しても親切に教えてくれる。
そういった理由でこっそり、魔族って人間を虐げたりとかする怖い種族なのか訊いたところそういうわけではないそうだ。
能力的に人間族より優れていることが多いので──寿命が長いので努力をすれば人間よりも高いランクになる者が多いらしい──人間族は劣等種族と考えている魔族がいることは事実とのこと。
ただ魔族やエルフといった寿命の長い種族に共通する点で、出生率が低く、数は人間族と比べてかなり少ない。
多くの魔族は世界各地に点在する魔王が治める独立領土──通称・魔族領で暮らしているとか。そして魔族領が国土の中にポツンと存在する人間族の国の言い分は「あの土地は我々人間が魔王に貸し与えている土地だ」という見解だそうだ。
オルカさん曰く、
「この国の上層部は口では文句言っても、目の前に魔王がいたら媚びるタイプ」
だそうだ。過去にクエストで何かあったらしい。
人間側から見れば魔族領は属領。
魔族側から見れば魔族領は独立国。
要するに、互いの種族が何らかの理由で相手を下に見ている者がある程度の数存在するということだ。
何十年か前までは戦争とかやってたらしい。
現代日本人であるボクからすれば、ドングリの背比べというか、種族間の感情なんてどうもピンとこない。関わり合いになる気はないので頭の片隅にでも押し込めておこう。
重要なのは今回の魔族が人間に対して悪感情を持っているかどうかだ。持ってないことを祈ろう。望みは薄いけど。
「────止まってください!」
そこへ、ティアーシェさんの鋭い声が飛ぶ。
「どうした?」
その声に皆が立ち止まり、オルカさんが代表して訊いた。
「……魔法陣がありました」
ティアーシェさんの視線を追うと、十数メートル横の木の幹には、手の平サイズの魔法陣が刻まれていた。
「ばばば爆発するんですか!?」
「い、いえ、準備だけで起動はしていないようです。今のうちに破壊しておけば問題ないでしょう」
思わず腰が引けたけど、返ってきた答えに安堵。
「イリーナは恐がりだな。よし! 俺が手を繋いであげよう」
「だだ大丈夫です。こ、怖くなんてありませんからこれくらい!」
手を差し出すオルカさんに反射的にボクの手が動きかけたけど、グッ、と我慢した。
だってほら、高校生で男の人と手を繋ぐとかアレだし、女のティアーシェさんも爆発物的なモノを怖がっていないのだ。彼女の内心はどうか分からないけど、ボクは弱いところを余り見せたくない。男の子のプライドってやつだ。……既に手遅れ感はあるけど。
「仲がいいんですね」
ティアーシェさんが優しく笑う。
口元の布とフードを取った素顔を見せて欲しい。この人絶対美人さんだよ! ボクが思うにティアーシェさんがこの世界のヒロインなのではないだろうか。おっぱいおっきいしね!
「当然だ。何だったらこのクエストが終わったら、ティアーシェも正式に俺たちとパーティーを組まないか?」
「いいですね、それ!」
オルカさんの提案にボクは即、食いつく。
あんなにおっきなおっぱいした美人さんだ。そして今のボクは世間的には女!
うまくすれば一緒にお風呂イベントとかあるかもしれない!
誘って渋られたら、ボクが前に住んでいたところには裸のお付き合いという親睦を深める儀式があって、どうしてもやらないといけないんです! とか言って一緒に入って貰うのだ。
そうすればイリーナのは別として、真の生乳100%を拝めちゃったりするかもだ。
乳製品のパッケージの表記で妄想していた日よ、さらばだっ! えへへ~。
(この儀式は泡立てた手で、直接相手の体を洗ってあげることから始まるのです)
(まあ! それは素敵ですね! よろしくお願いします。イリーナさん)
(お任せください!)
(そ、その……イリーナさん……)
(何でしょうか?)
(わ、私がイリーナさんを洗うときは……その……手の代わりに…………む、胸じゃ……ダメですか?)
ボクの妄想など露知らず、ティアーシェさんは風の魔法で魔法陣の部分を大きく削り、傷ついた箇所はポーションを使って修復しながら言う。
「も、申し出は嬉しいんですが、今は誰かと正式なパーティーを組むつもりはないんです。申し訳ありません」
…………儚い妄想でした。
別にパーティー組まなくてもお風呂誘えばいいじゃん、と思うけど、初めて見るおっぱいが立派すぎるとその後に他の人のを見る機会があっても魅力を感じなくなるかもしれない。ボクにはいろいろと心の準備が必要なのさ。
「イリーナ涎」
オルカさんがポケットから白くてとても柔らかいハンカチを取り出し、ボクの口元を拭う。
「ご、ごめんなさい」
いけないいけない。お風呂イベント妄想で一瞬トリップしてしまったらしい。恥ずかしい。
「──あっ!」
オルカさんは唐突に何かを思い出したように、慌ててハンカチをポケットにしまう。
「あの……ひょっとして大事なハンカチだったんですか?」
「いや…………昨日から洗ってないハンカチだった。すまん」
何だ、そんなことか。冒険者って野宿とかすることもありそうだし、日本みたいに毎日お風呂に入れるわけじゃない。ボクも元の世界では毎日交換していたけど、この世界では二日連続で使うハンカチくらいは許容範囲だと思う。
「気にしないでください。迷惑かけたのはこっちなんですから」
──その時、
【聖女の加護が発動しました。即死の盾が付与されました】
何故か“神の声”が聞こえた。




