第28話 作戦会議
「ゴブリン?」
「ああ、おそらくだが……」
ここは最初にカシムさんと会った部屋。部屋の中には五人。
ボク、オルカさん、ティアーシェさん、カシムさん、ラグナさん──カシムさんに雇われている護衛のリーダー──で、リンスリット奪還作戦の会議中である。
オルカさん的には、
奪われた聖剣=カシムさんはただのおじさんに逆戻り=大魔王の復活は回避
めでたしめでたし、ということっぽい。それで作戦に乗り気ではなかったわけだけど、ボクの考えは少し違う。
リンスリットは言っていた。聖女とはこの世界で唯一の回復魔法の使い手だと。
聖女が回復魔法を使えることを最初から知っていたのだ。オルカさんはそれを踏まえた上で、聖女と大魔王とは別の話、と考えているみたいだ。
分からないでもない。
ボクだって地球の世界各地で神話の邪神や魔物が復活するとか言われたら、言ってる人を相手にする自信がない。
回復魔法に関しては、魔法という力やポーションとかの回復アイテムが認知されているこの世界なら、新しい魔法の系統として受け入れやすそうだ。
だから聖女が回復魔法を使えることを知っていても、大魔王の存在は信じにくいのだろう。
だけどゲームとして考えた場合、ストーリー的には大魔王は何だかんだで復活する展開になるものだ。そういう意味ではボクが何かをやったところで意味がないようにも思えるけど、ボクの使命は大魔王退治ではなく、復活の阻止という可能性もある。
ある日気が付いたら大魔王がいて世界の滅亡→ボク死亡、という流れは嫌なのだ。
そういった理由で、あくまでも聖剣と勇者はワンセットで監視しておきたい。大魔王がいないならそれでよし。いた場合は……カシムさん、ガンバレ!
このクエストの当面の問題は拘束時間が長いことだ。しかも聖剣奪還はクエストの内容に含まれていない。新たに冒険者ギルドに登録された別クエスト扱いだ。さらに素人が考えても罠である。オルカさんをボクの考えに巻き込むわけにはいかない。だからこの会議前に、オルカさんとは話し合った。奪還に参加するか否か。
オルカさんは否定的な意見だったけど、ボクは賛成。
話した賛成の理由はリンスリットが聖女のことを知っていたことで大魔王の話を否定しきれないということと、後は聖剣と勇者はセットで監視しておいた方がいい気がする──早い話が勘、ということにした。
実はこの世界ってゲームの世界らしいので大魔王とか出る可能性高いです、とかオルカさんに言っても理解してもらえそうにないし。
こんなに良くしてくれる人に、万が一にも頭のおかしな人認定されて遠ざけられたらボクの心は大ダメージだ。
そんなあやふやな理由だったのに、オルカさんはボクの意見を尊重してくれた。
「ギルドで受けた初めてのクエストだ。イリーナの思うとおりにしてみるといい」
という理由で。その後、オルカさんが現地で危ないと判断したら聖剣奪還は諦めて、とにかく逃げるように釘を刺されたけど。
そして会議開始。
最初の問題は敵の正体と、相手が言っていたタダオとは誰なのか、だ。
オルカさんのその質問に カシムさんが思い当たるタダオなる人物の正体がゴブリンである。聖剣の能力に慣れるためと剣術の勘を取り戻すために、ここ数日でかなりの数を倒したとか。
「仕事での怨恨ということはないのか?」
「恨まれるような商売をした覚えはない」
それが本当ならやはり、タダオ=ゴブリン、という線が濃厚かな。逆恨みとかならあるかもだけど、時間がない今の状況でそこまで考慮すればキリがない。
「タダオっていうのがゴブリンだったとして、倒したことをそこまで恨まれるくらい仲良くなったり出来るものなんですか?」
ゴブリンは知能が低く凶暴で雄しか存在せず、他種族の雌は繁殖のために攫い、雄には遭遇したら襲いかかってくる危険な生き物だ。繁殖には人類種に限らず、ゴブリンが性交可能なら種族は問わないらしい。中には数時間行方が分からなくなった羊が発見された後日、ゴブリンを出産したという恐怖の話があるとか。
ゴブリンは発見次第退治がこの世界で戦える人の基本的な考え方である。
そんな生物と仲良くなれるのか? ボクの疑問に答えてくれたのはティアーシェさんだ。
「し、使役系の職業かその能力を持っているなら不可能ではないです。使役するには対象が感服するか恩を感じるか、或いは共感スキルで仲良くなるかですが、知能の低さと習性からゴブリンを使役するとなると後者かと……」
共感スキルというのは簡単に言うと、自分と似たような精神性を持つ相手なら種族や言葉の壁を越えて感情を伝え、仲良くなる切っ掛けを作ることが出来るスキルである。
それはそれとしてティアーシェさんって戦闘中はキリッ、としてて頼もしかったけど、それ以外ではどこか自信なさげで頼りなさを感じる。……二重人格とかだろうか?
「そういうことなら早速そいつ倒しに行こう」
腰を上げようとするオルカさん。
「待て! 相手の要求は明日の正午だ。勝手なマネは許さん。リンスリットに何かあったらどうする!」
「おっさん、今のティアーシェの話聞いてなかったのか? お前を狙ってるのはゴブリンと共感するような精神異常者だぞ。そんな奴生かしておいても世の中の女の子が不幸になるだけだろうが。それに、相手の要求に従順になって罠に飛び込むなんて馬鹿げてる。今、相手が指定の場所にいるなら奇襲をかける。いないなら隠れて待ち伏せくらいはするべきだ」
「もう少し待ってくれ。俺の部下が今冒険者ギルドで人を集めている。明日の朝までには百人近くは集まるはずだ」
すぐに行動するべきだというオルカさんをラグナさん──四十歳くらいのおじさんに見えるけど、口髭で老けて見えるだけで、実際にはもっと若いかもしれない──が制する。
「必要ない。“人数は好きなだけ連れてこい”そう言ってたんだろ?」
前半はラグナさん。後半はボクに向かって訊くオルカさん。
「はい。確かにそう言ってました」
ボクの言葉にティアーシェさんも頷いて肯定する。
「つまり相手はこちらが何人揃えようと勝てるだけの戦力を持ってるってことだ。敵の能力は最低でも操作系がある。仮に敵がそいつでこちらを大きく上回る数を揃えてきたとする。その時有効なのは広範囲攻撃だが、人数が多いと使いづらい。そこそこ戦える程度の味方が百人いたところで邪魔になるだけだ。本気であの剣を助けたいなら今すぐ動くべきだ」
「しかしそれではリンスリットが……」
「あの、敵が金属を扱うマスターランクの生産職かオリハルコン製の武器を持つ戦闘職かの可能性は?」
カシムさんの言葉に、ふと知識を検索してみんなに訊いてみると、オルカさん以外は“こいつ何言ってんだ?”的な目で見てきた。
「イリーナ。マスターランクは魔王クラスかそれに近い力を持ってる奴だけだ。相手の目的がおっさんに復讐することなら、あの剣を奪うのにこんな回りくどいことをする必要はない」
「えっ!?」
オルカさんの言葉に衝撃を受ける。
ひょっとしてボクの能力って世界有数レベル!?
いやいや、ひょっとすると魔王は千人や一万人くらいいるかもしれない。……世界で一万一番目……凡人のボクからしたら十分凄いか。ちょっと胸がドキドキ……。
「それで、敵にその可能性がないと何なんだ?」
「敵にマスターランクがいないなら、聖剣を破壊とかは出来ないと思いますよ。リンスリットが自分はオリハルコン製って言ってました。オリハルコンの加工はマスターランクの生産職の魔力が必須ですし、破壊するのも戦闘職のマスターランクの腕と、相応の装備が必要になります」
「本当か!? ぐあっ!」
ボクの言葉にテーブルに身を乗り出すカシムさん。乗り越えて詰め寄りそうなその迫力に思わずボクが身を逸らすと、オルカさんが紅茶を混ぜていたスプーンをカシムさんのおでこに刺した。スプーンって刺さるんだ……初めて知った事実だ、びっくり。
「イリーナが怯えてるだろ」
「ぽ、ポーションをどうぞ」
ティアーシェさんが驚きの光景に身を引きつつカシムさんにポーションを渡す。そういえばこの人が持ってるのも魔道具の『どうぐぶくろ』だ。パンツ袋以外では現物は初めて見る。後で参考のために見せてもらおうかな。
「す、すまん。で、その話は本当なのか?」
ポーションを飲みながら、今度は普通に座ったまま訊いてくるカシムさん。
「ええ。だから相手が指定の場所にリンスリットを持ってくるのなら、こっちが要求を無視してもその場で破壊するのは無理かと」
「やっぱり今から行くってことで問題ないじゃないか」
「あ、あの……中間にしませんか?」
オルカさんは早く解決に動きたいみたいだけど、そこで待ったをかけたのがティアーシェさん。
「中間ってどういうことだ?」
「そ、それは、先程オルカさんは敵が大きな戦力を用意している可能性を指摘してましたけど、私は魔法的な罠が設置されている可能性もあると思うんです。い、今から指定の場所に向かっても森に着く頃には日も沈み始めますし、暗いとそういったトラップがあれば見落とすかもしれないので、明日、日が出てからにした方がいいんじゃないかなって……」
中間って今から行こうというオルカさんと、指定された時間通りに行こうというカシムさんの間の時間ということらしい。
「攻撃系の魔法罠って踏むと爆発するとかそんなのだろ? 相手の戦力を削りたいとか足止めが目的ならともかく、時間と場所を指定しておいてこちらが進むのを躊躇するような罠はないだろう。おっさんがビビって逃げたら本末転倒だ。剣を攫った意味がなくなる」
「い、いえ、そういった対人用の罠ではなく、直径数百メートルを爆破するような……対軍用の罠とかです」
「それってどういうものなんだ?」
「ば、爆破魔法陣──オルカさんが言っているのもその一種ですが、中には魔法陣の制作者が組み込んだ条件を満たすことで起動させられるものもあります。威力を対軍用まで上げるには相応の知識と資金と準備が必要になりますが、指定された場所を中心に数百メートルを爆破する罠なら私一人でも準備があれば二日で可能です」
部屋の空気が重くなる。
敵は準備万端で行動を開始したと考えるべきだろう。その罠の知識がどの程度一般に浸透しているかは分からないけど、ティアーシェさんが一人で可能だと言っていることを敵が出来ないと考えるのは楽観しすぎか。
オルカさんは何やら思案した後、口を開いた。
「……その罠が仕掛けられているとして、明るいと処理できるものなのか?」
「ば、場所が森の中でそれだけの罠を作る場合、魔法陣は木に仕掛けるしかありません。複数の木に爆破魔法陣を仕掛け、その木の配置が爆破効果を増幅する魔法陣を形成します。木の中に魔法陣が組み込まれている場合は発見するのに高い魔力感知能力が必須ですが、準備に時間がかかります。カシムさんがゴブリン退治をしたのは最近のことなので、今回は木の表面に直接刻まれていると思うので視認が可能なタイプかと思います」
「そうか……。おい、ヒゲ」
「何だ?」
オルカさんはカシムさんをおっさん。ラグナさんをヒゲと呼ぶことが多い。ラグナさんは自己紹介後にヒゲと呼ばれたときはちょっとムッとしていたけど、すぐに普通に接するようになった。
「何人か森に偵察に出せるか?」
「数人ならすぐにでも出せるが……」
チラリとカシムさんの様子を窺うラグナさん。
「無駄に相手を刺激したらどうする? リンスリットを持ち逃げされるかもしれないではないか」
「偵察に変装させればいいだろう。幸い今は祭り中だ。流通が活性化しているこの機に商品を仕入れようと、無関係な狩人が夜行性の動物を狩りに数人森に入るくらいしてもおかしくはないさ。それに相手の手段が爆破の場合、そもそも現地には最初から姿を現さない可能性がある。行った先でドカン、は嫌だろ?」
「わ、分かった。ラグナ、手配を頼む」
「分かりました」
「それと今集めてるって奴ら、一緒に行っても邪魔になるから別働隊にしてくれ。罠の探索要員と合図を送ったら森に突入する第二陣ってことで。敵が数を揃えている場合は挟撃になるし、間に敵がいるから範囲攻撃で同士討ちになる可能性も低い」
「…………いいだろう」
暫し考えた後、カシムさんが了承した。
「最終確認だ。偵察の報告を待ち、敵らしき奴が発見できたら日の出と共に森に突入。魔法陣を探しながら進み、こちらの動きに気が付いてない場合は奇襲をかける。姿が見えない場合は別働隊に魔法陣やそれ以外の罠の探索をさせた後、安全の確認後に主力が森に入る。他に意見がある奴はいるか?」
別働隊の人たちの安全はいいのかな? とボクは思ったけど、それはティアーシェさんも同じらしい。
「あ、あの……別働隊の方の安全は……?」
「敵の狙いはおっさんだ。おっさんが森に入ることを躊躇うような攻撃は事前にしないだろう。そういう意味では別働隊の方が安全だろうな。ティアーシェには俺と一緒に主力に入って欲しいが」
「わ、分かりました」
「他には?」
今度は誰も意見を言わず、これにて作戦会議は終了。
日の出前の時間まで、ボクたちは各々時間を過ごした。
そして偵察から報告が入る。
指定された場所には五人の人物がいた。
四人は全身甲冑を着ていたために何者なのか正体は不明。その内の一人は透明な液体が入った容器を持ち、その中にはリンスリットと思われる剣が入っていたという。
最後の一人は──魔族だと報告された。




