第27話 庭での出来事(ティアーシェ視点)
私の名前はティアーシェ・エリアル。
私は最近、少々変わったクエストを受けました。
伝説の勇者を名乗る方が現われて、共に大魔王と戦う者を募集中という内容です。
戦おうにも戦う相手の大魔王がいないのです。前提から奇妙なクエストだと思いました。
それでも受けました。
ある目的のために、神話や民間伝承に至るまで調べている身です。ずっと空振り続きで、藁にも縋る思いでクエストを受けました。
カシムさんと顔を合わせたのが昨日。当面はフリージア周辺の魔物や獰猛な獣、冒険者との手合わせなどで戦闘経験を積んでいく方針とのことです。
本日の予定は特に何も言われなかったので──街の外に出かけるときは事前に連絡する方が来るそうです──宿の一室にて調合を行っていました。“本命”の調合がうまくいかないので、ちょっとした成功で心の中に溜まったストレスを解消しようと思い、いちご味のポーションを作ってみたところでカシムさんの使いの方に呼び出されました。急遽、冒険者の方と決闘を行うことになったので、審判及び万が一の為の回復要員として来て欲しいとのことでした。
決闘の相手は“龍殺し”オルカ・アーバレスト。
あろうことか、彼は私なんかのサインが欲しいと言ってきました。
オルカ・アーバレストといえば、一部では英雄視されている剣士です。彼の武勇伝は常識では計れません。
特に有名な逸話が、上位古龍種──念話により多種族との意思疎通を可能にしたり、中には人類種に姿を変えることが可能な個体もおり、とても強く、長寿で知能が高いことで有名なドラゴンの一種族──を退治した話です。
ある村の近くに巣を作った上位古龍種が、その村に住む若く美しい娘を数人差し出すように要求したそうです。
上位古龍種の中には悪趣味な個体もいて、集めた人類種をペットとして飼ったり、戯れで子を孕ませようという不愉快な者がいると聞きます。一説には姿を変えることで精神に歪みが生じ易くなり、そういった行動に走ることがある、というものがありますが、被害者側からすればそんな相手の事情など考慮する余地はないでしょう。
その個体は、偶然村に立ち寄ったオルカさんが単身で退治したということです。
その他にも、ドラゴンに攫われた美女を救い出したとか、小国の美姫を娶ろうと要求してきたドラゴンを退治しようとその国の軍が動き、返り討ちに遭って困っていたところ、噂を聞きつけたオルカさんが駆けつけて討伐してしまったとか、そんな経歴を持つ冒険者がオルカ・アーバレストです。
そんな彼に私ごときのサインをあげるなどおこがましいでしょう。欲しいというのも社交辞令です。
彼とのやり取りをしているときも、私は周囲から視線を感じていました。主に胸にです。慣れてはいますが、大人数に同時に見られるというのはやはり多少は気になります。
そんな多くの視線に晒されているという意識を頭の隅に追いやっていると、唐突に、強大すぎる魔力にこの身は晒されました。
反射的にそちらを見ると、そこにいたのは長い黒髪のとても可愛い女の子でした。
私は息を呑みました。
その容姿もさることながら、何より驚いたのは金の魔眼を持っていることです。魔力感知能力がそれなりのレベルに達していないと分からないでしょうが、とんでもない魔力量です! ですがその魔力の性質はこれまでに感じたことがないもので、優しい温もりを感じさせるものでした。が、もしも彼女が悪意をその視線に込めれば、私の心は簡単に折れるでしょう。それ程の力の差を感じます。
(何者でしょうか?)
名のある魔法職の方でしょうが、彼女の実力の一端はすぐに見ることになりました。
その場に奇妙な鳥らしきモノが襲いかかってきたのです。
私は冒険者ギルドで魔法職のランク9の認定を受けています。かなり前のことなので、今ならランク8までいけるかもしれません。一発一発がその私の魔法以上の威力で、同時に数百発もの魔力弾を放ったのです! それも、ほとんど間を置かずに三度も!
その魔力量。魔力操作。魔道具。共に非常識なレベルです!
彼女は直後に現われた猿らしきモノにリンスリットさんが攫われ、とても素早い動きで追いかけました。
(速い!)
魔力による身体強化は闘気法に比べると劣りがちです。微調整が可能な闘気法とは異なり、魔力による身体強化は上昇率が使い手によって固定されているからです。一流の魔法使いでも五割も上昇すればとても凄いことなのですが、彼女の身体強化は魔力によるものなのに、少なくとも速度は並の人間の倍以上出ています。
そんな彼女がフェンスを飛び越えようとしたとき、私は殺気を感知しました!
(──いけない!)
鳥らしきモノがこの場にいる者の注意を引きつけ、その隙に猿らしきモノがリンスリットさんを攫い、それを追いかけようとする者を第三の襲撃者が妨害する。その構図が瞬時に頭に浮かびました。
「おおおおおっ!」
「追いかけてはダメ!」
私の叫びは歓声に消されました。脳裏に背中から攻撃を受ける彼女の姿が過ぎります。
(私がフォローしないと!)
彼女は私にフォローを頼み、私はそれを了承しました。事態は推移しています。別の襲撃者だからフォローが間に合わなかったなどという言い訳なんてしたくありません!
殺気の主──屋上にいる犬らしきモノが彼女を攻撃する素振りを見せたら、周囲の人たちに被害が出ない範囲で最大の威力を持つ魔法を撃つ、そのつもりで魔力を溜めました。ですが、それも杞憂に終わります。
彼女は男性に下着を見られないようにスカートを押さえて──そこまで気にするのにあんなに高く跳ぶとは、我を忘れるほど正義感の強い人なのでしょう──とても動揺しつつ、不自然な体勢でバランスを崩してフェンスにぶつかります。どうやら自分で危機に気が付いたようですね。
その後、犬らしきモノは言いたいことだけ口にするとどこかへ立ち去りました。それを見届けた後、状況を整理する前に彼女と自己紹介を交わします。
イリーナ・レティス・セラフィム。
それがパーソナルカードに記された彼女の名前でした。
さぞ名のある……と思いきや、聞いたことのない名前です。彼女はオルカさんのパーティーメンバーだそうです。彼が認める程の実力、そこには納得したのですが……。
魔道具使いランク8。
ランク8であれだけの性能の魔道具を使えるということは、専用魔道具なのでしょうか?
特定の人物の魔力波長に合せて調整されて作られた魔道具は、その人物の実力よりも高いランクの性能を発揮するといいます。ただし、その人物以外が使えば低い性能しか出せないというデメリットがあります。専用装備にしても威力が強すぎに思えますが、他には考えられません。
それにしても彼女は何故、パーソナルカードに大量の魔力を込めているのでしょう?
理由を訊いてみると彼女は目を伏せ、片方の手の平で顔を隠すようにしてこう答えました。
「この身に宿る魔力は一度解き放つと、ある程度放出しないとボクの制御を離れ暴走するのです。クッ、目がっ──」
呻くイリーナさん。
伝説の魔眼を宿す身というのは、やはり大変なようですね。大きすぎる力には代償が伴う。ひとつ勉強になりました。




