第25話 オルカVSカシム
武装闘神。
確かにそれは、武装闘神と同じ技だ。
だが、カシムが使ったものではない。
俺が使った場合、体から放出した闘気が装備品に行き渡る、という流れになる。が、カシムの場合は幼剣から闘気が発せられ、そいつがカシムに流れた後、カシムが闘気を放出し、その闘気が他の装備品に行き渡った。
「な、何であたしと同じこと出来るのよ!」
「それはこっちのセリフ──っ!」
あまりにも予想外な事態に、驚きを隠せない俺と幼剣。だが、当事者の中で一人だけ、驚くことなく、冷静な者がいた。
カシムだ。
ギィンッ!
「くっ!」
奴の斬撃をギリギリ剣で受ける。周囲の見物人がどよめいた。
(あっぶねー! 危うく俺が瞬殺されるとこだったよ!)
体型のわりにかなり速いな、こいつ。
個人差はあるが、闘気法を習得している者は、体を鍛えることで闘気の総量が増しやすい。つまり、闘気の量が多い者はよく体を鍛えている傾向がある。鍛えた後、だらけて太った場合は、見た目に反して闘気が多く、速く動けるということもあるが、こいつほど見た目との差がある奴は滅多にお目にかかれないだろう。
(幼剣、まさか武装闘神を使えるようにする効果があるのか?)
聞いたことがない効果だ。奥義を未習得の奴らなら、いくらでも金を出しそうな効果だな。
考える間も、カシムの連撃は続く。
キン、キン、キィンッ!
「うおおおおっ!」
カシムが吠える。
俺は足運びや身体を逸らすことで躱す。無理そうならその攻撃を剣で受け、流し、体勢を整える。
(最初の一撃で決めるべきだったな、おっさん)
どれだけランクに差があろうとも、不意を突けば下位ランクが上位ランクに勝つこともある。差があればあるほど、不意を突こうにも難易度は上がるが。
今の状態のカシムを剣士ランクに例えるなら6から5に相当するだろう。
カシムの剣術、どうやら昨日今日かじったわけではないみたいだ。重心の移動、剣の振り、間合いの取り方、意外にも基本が出来ている。それを身に付けただけの努力が垣間見える。
(剣の才能ではなく、闘気法の才能がなかったタイプか?)
本来は弱いという話だったが、それが本当なら剣の能力で闘気法を得て、身体能力が大幅に強化されたことで数段上の剣士並の実力となり、武装闘神によって攻撃力と防御力が上昇したことにより、ランク6から5相当になったか。攻撃と防御の双方が信頼できるレベルになると、攻撃の思い切りが良くなり、斬撃が鋭くなりやすいからな。それでいて、一手一手が次の攻撃の予備動作も兼ねている。
カシムの剣術の基礎と幼剣の能力。
合わさればそれなりに厄介だ。だが、それでも俺には届かない。
(十七回か)
もし俺が全力でやった場合、今の段階でカシムを“殺せた”回数だ。
(俺を相手にそれだけしか隙を見せないとはな)
凡人が突然こんな力を手に入れたら、有頂天になっても仕方がないかもしれない。だからといって、ここまで似合わない格好はナイが。
数十の斬撃を躱し、剣で受けたとき、その瞬間が訪れる。
カシムが息継ぎのため呼吸を大きくする。そのために、俺を攻撃していたリズムが僅かに狂った。
(今度のは隙が大きすぎるぜ!)
当然、見逃すはずもない。
ギィィィン!
「──ぐおぉっ!」
一際大きな金属音。
カシムの胸辺りを狙って薙いだ剣は、幼剣と十字を描くいように交わり、そのまま奴を大きく後退させた。
相手の体勢が整う前に、このまま今度はこちらが追撃すれば楽に勝てる。が、ひとつ仕切り直しといこうじゃないか。
最初に一瞬とはいえ、ヒヤッ、とさせられた。
久しぶりの感覚だ。
勝つのが俺であることに変わりはないが、少々舐めすぎていたことへの俺なりの詫びだ。
何より、武装闘神を使う相手との手合わせは滅多に出来ない。少し楽しませて貰おう。
「お、思っていたよりやるじゃない。けど、ここからが本番よ!」
「まだ強くなるのか。だったらこちらももう一段、闘気を上げよう」
「ハハ、ハッタリもそこまでいくと立派ね」
「ハッタリだったらよかったな?」
幼剣の動揺した声音を聞きながら、俺はさらに己を強化しようと闘気を錬る。
その時──俺の体に異変が起こった。
ゴロゴロゴロ。
「────」
雷雲が立ちこめる。落雷の前触れのような音が腹の中から聞こえた。
ま、マズイ……これは……。
お、
な、
か、
が、
い、
た、
い。
な、何てことだ……。よりによってこのタイミングで。
ひょっとして何かに中たってしまったか!?(←ただの食べ過ぎです)
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!
(ふおおおおおおっ!)
だ、大ピンチだ。今動き回るとヤヴァィ。ここでうっかりいたしちゃったら俺の人生詰む。
今、この瞬間。俺の人生の大きな分岐だ!
悪い噂というのは広まるのが早い。俺は有名な分、醜態はあっ、という間に広まるだろう。
これまでの美人の反応はこうだ。
「俺の名はオルカ・アーバレストだ」
「まあ! あなたがあの“龍殺し”のオルカですの!(素敵! 抱いて!)」
いたしちゃった後の美人の反応はこうなる。
「俺の名はオルカ・アーバレストだ」
「えっ!? あなたがあの“龍殺し”のオルカですの!?(あ、う◯こ漏らしたひとだ)」
こんなところでそんな一生消えない十字架を背負うわけにはいかない!
(ぐぐぐぐぐっ……こうなったら奥の手を使うしかない!)
武装闘神をさらに強化するつもりで錬った闘気をある箇所に集中!
括約筋だ。がんばれ、俺の括約筋!
「ふふん。何よ、偉そうなこと言って。やっぱりハッタリじゃない」
煩い幼剣。俺は今、お前たちよりも恐ろしい敵と激闘を繰り広げているんだ!
強化すると、スゥー、と波が引いていく。が、動き回れるほどの余裕はない。
「鉄槌よ! あたしを舐めた馬鹿な男に鉄槌を下すのよ、カシム!」
「うおおおおおっ!」
裂帛の気合い。
カシムが再び猛攻を開始する。
「ぐっ!」
脚をさっきのように動かせない。剣を受けたときに伝わる衝撃が腹まで響いてキツイ。一瞬で終わらせたいが、今、全力を出したら決壊しそうだ。ふおおおっ!
「そこよ!」
「おおおっ!」
カシムが鋭い突きを放つ!
狙いは俺の胸の辺り。
「ぐおりゃぁ!」
剣の腹でカシムの剣を払い上げた。俺の顔の横を突きが通過する。
ギャリギャリギャリギャリギャリ!
俺の剣と幼剣が擦り合う耳障りな音が耳の奥まで響く。
(ふおっ、ふおっ、ふおおおっ!)
力加減を少しでも変えると大波が襲いかかってくる。飲まれるわけにはいかない!
「この男、やっぱり二流ね。集中力が足りないわ。全体の闘気の制御が乱れてる。このまま強引に押し切りなさい!」
「応っ!」
剣を力任せに押し込んで来るカシム。
(くっ、ぐ……ぐうぅぅっ!)
マズイ、オケツの制御に忙しくて全体の闘気が乱れて剣の強度が下がった。幼剣の威力にこっちの剣が保たない! このままでは折れる!
「うおおおおおおおおおっ!」
カシムの雄叫び。
その目は──勝利を確信し、酔っていた。
ここから自分が負けるなど、あり得ないと思っている者の目だ。
その目を見た瞬間、思った。
(勝機!)
俺は防御力に割いていた闘気と集中を全て、括約筋と腕に割り振る。
刹那、俺の中の敵は姿を消したが、それも所詮一時的なもの。だが、それで十分。これで決める!
(耐えてくれ! 俺の括約筋!)
「っらああ!」
覚悟を決め、力任せに幼剣を跳ね上げた。
バキィィィィィン!
その衝撃に、折れそうだった俺の剣は完璧に折れる。剣身が中空を舞った。一際大きくどよめく見物人たち。体勢を大きく崩すカシム。その表情は自分が勝ったという思い込みに満ちていた。
「────まだよ、カシム!」
「遅い」
この勝負、殴ることは反則に含まれていない。武器破壊も勝敗に含まれていない。ここで勝負が終わるとしたら、審判がこれ以上は危険だと判断する場合だが、宣言前に決めれば問題ない。
剣の柄は闘気で強化されたまま。俺はそいつを握りしめる。
覇王流──無音千手。
ゴッ。
鈍い感触が手に伝わる。
ドサッ、とカシムが庭に倒れた。ピクリとも動かない。
カシムの頭部を撲ち、意識を刈り取ることに成功した。殴られた本人は目覚めたとき、何が起こったのか覚えてすらいないだろう。カシムが勝ったと思った見物人たちも、刹那の逆転劇に静まる。状況に理解が及んでいないのだ。
「起きなさい、カシム! 起きろって言ってるのよ!」
「戦闘経験の差が出たな」
庭には幼剣のわめき声が響き──
「勝者、オルカ・アーバレスト!」
ティアーシェの鈴の音のような声が流れた。
次の瞬間──今までで一番、見物人たちが沸いた。
だが、俺の戦いはまだ終わっていない!
出入り口付近に向かい、固まっている見物人たちに一言。
「どけ」
左右に割れる見物人。勝利への道が開いた!
目標はカシムがいた部屋に向かうとき、見た覚えがある!
覇王流・奥義の歩法──瞬歩!
(覇王流を──舐めるな!)
瞬歩瞬歩瞬歩!
再び悪魔が俺の中で激しく暴れ出すが、トイレのドアが見えた!
(ふはははははっ! 今さら暴れたところで貴様に勝ち目などないわ!)
俺はその扉を開く。
そして俺は瞬間的な多幸感と共に──全ての戦いに勝利した。
◇◆◇◆◇◆
激闘が終わって、安堵の余り賢者タイムにも似た虚脱感に包まれた後、俺は庭に戻った。
すると、庭が随分とざわめいていた。さっきのカシムとの戦いについて話しているような雰囲気ではない。漏れてないから臭いとかは大丈夫なはずだが……。
庭の中央にはイリーナとティアーシェが一緒にいて、何か話をしていた。カシムはまだ寝ている。
「あ、オルカさん」
イリーナが俺に気づく。彼女の服は何故か少し汚れていた。
「何かあったのか?」
「はい。さっき変な鳥? と猿? と犬? みたいなのがやって来て──」
鳥と猿と犬? なぜ疑問系?
「聖剣が盗まれました」




