第23話 因果魔法
改めて、全員ソファーに座り直す。
「聖女というのはこの世界でただ一人の、回復系の魔法を使える存在よ」
「回復魔法? そんなものが本当にあるのか?」
オルカさんが訝しげに疑問を投げかける。ボクが回復魔法を使えることを知っているのに芸が細かい。とても演技に見えないよ。
しかし、世界で一人か……話的にボクを探しているってことで確定か。
「あるわ。あたしが覚醒したのが、聖女がいる証拠よ」
「どういうことですか?」
この剣の存在が証拠とか、ちょっと意味が分からない。
「あたし──つまり聖剣リンスリットの覚醒の鍵は聖女の誕生なのよ。ただ……」
喋る剣──リンスリットという名前らしい──は、言い淀む。
「つまり、回復魔法の使い手がパーティーにいれば、それだけ生存率が上がるでしょ」
「ちょっと待て。今、何を言いかけた?」
「何でもないわよ!」
「いやいや、話繋がってないですよ!?」
「ただ……」の後に続く言葉は良くない内容に思えるけど、詳しい話は知っておきたい。当事者だし。
「大したことじゃないからいいでしょ、別に」
「イリーナ。どうやら俺たちは信用がないらしい。帰るか」
「そうですね」
今度はオルカさんの意図を理解しているので、合せて腰を浮かす。
「分かったわよ! 話せばいいんでしょ!」
話してくれる気になったらしい。よかった。
再び腰を下ろす。
「聖女が誕生するには、聖女になる運命を持った娘が“聖”っていう属性を体内に取り込まなくてはならないの」
「精を……賊の精を胎内に取り込む……だと!?」(←何故か急に難聴)
「? そうよ」
オルカさんが物凄くショックを受けた表情で、右手で顔を覆った。
「つまり……聖女は処女じゃないのか?」
「は──?」
リンスリットが間の抜けた声を出す。その気持ち、ボクも分かる。今度はオルカさんの話が飛んで、意味が理解できない。
「────バッ──バッカじゃないのあんた! そういう意味じゃないわよ!」
リンスリットは意味が分かったのか、オルカさんに捲し立てる。そして、オルカさんは何だかホッ、としていた。
聖属性を手に入れれば、聖女になるってことだよね?
「とにかく! 誰かが聖属性を手に入れて聖女になったはずなの」
ボクの疑問は置いていって、話が進む。今はそっちに集中しよう。
「だけど本来聖属性を取り込むには、聖女になる娘があたしの持ち主──つまりカシムとの接触で属性を受け取る必要があるのよ」
「本来、ってことは、何か問題があったってことですか?」
その話が本当なら問題はある。少なくとも、ボクはカシムさんに会った覚えがない。こんな格好のおじさん見たら忘れないだろう。今日はたまたまこの格好なのかもしれないけど。
「あたしが覚醒したとき、それらしい娘が周囲にいなかったのよね」
でしょうね。
「つまり、考えにくいことだけど、因果魔法に不具合があったとしか思えないわ」
因果魔法っていうのが何か分からないけど、ゲームの世界で不具合とかやめてくれるかな!?
最悪無限ループの不具合とかで、みんながそうと気づかずに、永遠に同じ時間を繰り返すのだ。
(こ、怖すぎるっ!)
早急に修正パッチ求む! あと設定変更も。カシムさんと二人でパーティー組んだら身の危険を感じるので。貞操的に。
「その因果魔法ってのは何だ?」
心の中で恐怖に戦慄していると、オルカさんが話を進める。
「創造神がこの世界にかけた魔法よ」
「────えっ?」
その瞬間──
《すまないね、夏姫くん。因果魔法がこんな形で効果を発揮するのは想定外だったんだ》
中年男性と思われる声で、誰かがそんなことを言っていたのを思い出した。
「イリーナ、どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもないです。続けてください」
オルカさんの声に、ハッ、と正気に返る。一瞬浮かんだそのセリフは、その瞬間に霧散した。頑張っても思い出せそうにない。
「この魔法は、創造神が予め定めた“結果”に、物事を導く効果があるの」
「どういうことだ?」
「物事には原因と結果があるわ。例えばそこにケーキがあるけど、そこに“そのケーキがあるという結果”に至るには、様々な原因を積み重ねる必要があるわ。ケーキを運んだ人。ケーキを作った人。材料の生産者。何かの要素が欠けたら“そのケーキは今そこにない”でしょ?」
「当たり前だろう?」
これって因果律の話かな? だとしたらゲームやアニメでたまにそういった話があるから、大体理解できる。
確定された過去。今、その瞬間の現在。不確定な未来。
因果魔法とは、その不確定な未来を“確定させられる”ということじゃないだろうか?
確定したひとつの結果があって、そこに辿り着く道が複数あるとする。それぞれの道は、ひとつひとつ体験する内容が大なり小なり異なる。だけど、どの道を行こうとも何らかの状況により、最終的には確定された結果が起こる。
リンスリットは、その神の法則に不具合があると言っているのだ。ゾッ、と寒気がする。深刻な不具合でないことを祈ろう。けど、その因果魔法って、本当にゲームのプログラムのことじゃなかろうか……。だとしたら本当に修正待ちしか出来ない。
「つまりこういうことですか?」
頭の中である程度整理して、確認のために訊いてみる。
「創造神はその因果魔法で、聖剣が覚醒するという結果を定めた。聖剣を覚醒させるには、聖女になる人と聖剣の持ち主が接触しなくてはならない。なのにその接触がなかったにも関わらず、あなたは目覚めた。結果に至るために必要な過程が発生していない。だから創造神の魔法に何らかの問題が起こった」
「ええ。理解が早くて助かるわ」
「それってどこが問題なんだ? お前は聖女ってのがいなくても起きた。因果魔法とやらの効果で、強引に起こされたんじゃないのか?」
「それはないわ。けど、聖女がどこかにいるのは確実よ。あたし分かるもの。正確な位置までは把握できないけど。この国か、近隣の国にはいるわ」
赤いリボンの軍隊のレーダーより探知性能悪いですね。
「どうしてそこまで聖女に拘る? 回復はポーションとかのアイテムを使えばいい。聖女を探す理由がないだろ?」
「うぐっ──」
リンスリットが言い淀む。
「……他言無用よ。敵に知られたら聖女の命に関わるわ」
「分かった」
「分かりました。誰にも言いません」
死にたくないので。
「聖女の持つ聖属性の魔力は、あたしの能力をさらに解放する鍵になっているの」
「なるほどな。それが聖女を探す理由か」
「ええ」
「そうだ」
リンスリットとカシムさんが肯定する。
聖剣の能力か……ちょっと興味が湧くね!
けど、それより確認しておかなきゃいけないことがある。
「それで、その“敵”って何ですか?」
「無論、大魔王とその手下よ」
「そこ疑問なんだが、本気で大魔王なんていう神話の存在がいると思ってるのか?」
「えっ!? いないんですか、大魔王!?」
あれ? オルカさん「世界の危機だ」とか言ってなかったっけ?
「神話に出てくる奴で“いた”とは聞いたことがあるが“いる”って話は聞いたことがないな」
「いるわよ! あたしは大魔王を倒すために作られたのよ。勇者が大魔王を倒すのは当然でしょ!」
まあ、王道だね。
「どこの世界の当然だよ、それ」
ボクのいた世界です。最近は魔王といっても、必ずしも悪ではないパターンも多いですが。
しかし、大魔王がいないとすると、オルカさんは何故世界の危機と言ったんだろうか?
ボクはてっきり、オルカさんが勇者に力を貸して、協力して大魔王を倒そうとしているのかと思ったんだけど……。
(────!)
考えてみて、思いついた。
さっき因果律のことを考えたからか、よく考えたら簡単に分かることだった。逆転の発想だ。
大魔王を倒す存在の勇者。それを成すための聖剣。
だけど、倒すべき大魔王はいない。
なら、その大魔王はこれから姿を現すなり、誕生するなりするとしたら?
大魔王がいるから勇者や聖剣が表舞台に出るのではなく、勇者や聖剣がきっかけで大魔王が出てくるのだ。
勇者や聖剣に活躍されて、その過程で何かをやったら大魔王が出たり。勇者と聖剣の知名度が上がると、どこからか聞きつけた大魔王が対抗して名を上げてきたり。そんな感じだ。だとしたら、確かに“世界の危機”だろう。
「オルカさんオルカさん」
小声で呼びかけ、オルカさんの袖を軽くクイッ、クイッ、と引っ張る。
「ん?」
「ボクたちの今後の目的は、カシムさんたちが活躍したり、有名になったりしないようにすることですね?」
カシムさん達に聞かれないように、オルカさんの耳元に口を近づけて確認する。すると、オルカさんは驚いたように目を見開く。
「分かっているなら話が早い」
ビンゴだ!
「ふ……ふふふ……」
リンスリットが、何かの感情を抑えたような、静かな笑いを漏らす。
「あ・な・た・た・ち・ねぇっ!」
「何だ?」
急に怒り出した。ひょっとして聞こえちゃった!?
「あたしは! あなたたちが! 教えてくれって言うから! 親切に! 話してあげたの!」
「ああ。助かった。ありがとな」
リンスリットの怒りの声もどこ吹く風。涼しい顔で感謝の言葉を口にするオルカさん。
「それを大魔王がいないだとか!」
「じゃあ、どこにいるんだ?」
「目覚めたばかりのあたしが知るわけないでしょ!」
やっぱり知らないのか。さっきの仮説の信憑性が増したね。
「ひとが真面目に話してあげてるときに! 目の前でいちゃついて! ほほほほほほっぺにちゅーとかするなんて! 馬鹿にしてるの!?」
「してないよっ!? ほっぺにちゅーなんて」
何言ってんの、この剣!?
「嘘よ! ちゃんとこの目で見たもの!」
どの目ですか? っていうか、目、どこなの?
言ったら火に油を注ぎそうなので、お口にチャック。
「私にもキスしているように見えたが……」
「ほら。カシムも見てるじゃない!」
「それ、角度の問題でそう見えただけだよ!」
「イリーナはたまに積極的だからな」
「オルカさん!?」
あなたまで何言ってんの!?
この状況で悪ノリしすぎでしょう!?
と、騒がしかったリンスリットが「ふー……」とひとつ息を吐くような声を出す。
「どうやらあなたたちには、聖剣を敬う心っていうものが、どこまでも欠けているようね」
まあ、喋るだけの剣を敬おうっていう気持ちが特にないのは事実。声は可愛いけど。
「いいわ。こうなったらあたしの力を見せてあげる! 決闘よ!」
「えええっ!?」
何でそうなるの!?
「受けて立とう」
「────ちょっ!?」
オルカさんまで!?
何でだか事態がおかしな方向に進んでるよ!
「待て、リンスリット。彼は“龍殺し”の異名を持つ剣士だ。簡単に勝てる相手ではない」
「ドラゴンが何だっていうのよ。あんなのブレス吐いたり飛んだりするのもいるけど、結局はおっきぃだけのトカゲの王様でしょ。そんなの倒して威張ってるようじゃ、程度が知れるわね!」
「ほほう。言うじゃないか、金属の分際で」
にやり、と口元に笑みを浮かべるオルカさん。その表情は玩具を見つけた肉食獣のようだ。
「あたしを金属扱いしないで! そっちこそ舐めないでよね。あたしは神の作りし魔法合金──オリハルコンで出来てるんだから!」
えっへん!
と胸を張るような自信に満ちた声。
ってか、早い話金属だよね、それ。自分で合金言ってるし。
「こうなっては、望み通りにしないと言うことを聞かん」
ため息を吐くカシムさん。
「めんどくさい剣だな」
「ひとつ手合わせを頼む。それと、情報を開示したのだから、今度こそ金を受け取ってくれるだろう?」
「ああ」
二人はパーソナルカードを出し、お金の受け渡しを終えた。
「私としてもいい機会だ。今の自分の強さがどれほどのものか知りたかったところだからな。正直、ゴブリンの百や二百を一人で倒しても分からなかったから困っていたところだ」
カシムさんは「私はそこらの普通の人とは違うんですよ」的な、周囲を見下したような空気を醸し出しながら立ち上がる。ちょっとウザイ。
「建物の裏手に庭がある。そこでやろうではないか」
そう言って、リンスリットを手にし、出入り口のドアに向かった。
「────ぶっっっ」
「ん?」
思わずボクが吹き出し、カシムさんが振り向く。オルカさんの方は、ボクと同じ物を見て引いていた。
「どうかしたのか?」
「い、いえいえ。何でもありません。失礼しました」
カシムさんのマントには、
勇者参上!
と、デカデカと文字が輝いていた。
カシムさん……いくらなんでもはしゃぎすぎでしょう……。




