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第22話 駆け引き


 その容姿を見て、頭に浮かんだものは──豚。


 それが、ボクがカシム・アッカーシャという男から二番目に受けた印象だ。


 頬肉は脂肪が付きすぎて弛み始め、服の上からでも誤魔化しがきかないくらいにだらしなく弛んだ体。鼻の頭が少し反っている上に、そんな体型をしているのが、そのような印象を受けるのに拍車をかけているのだろう。


 だけど、最初に受けた印象は──“勇者”。


 何故なら彼の格好は、宝玉の付いた冠を黒髪がふさふさとした頭に装備し、布製の服にズボン、革のベルトにグローブとブーツ。大きなマント。傍らには金の装飾が施された青い、とても綺麗な鞘に収まった剣を立て掛けていた。



 うん。訂正しよう。



 最初に受けた印象は、勇者“っぽい格好をした”男だ。あまりにも似合わなすぎて、旅立つ前にある意味伝説になれそうなおじさんである。あちゃー、と目を覆いたくなる程だ。


「ほぅ……」


 部屋に入ったオルカさんからボクに視線を移すと、感心したように声を上げた。そのまま品定めでもするかのように、視線を頭の天辺からつま先に至るまで、じっくりねっとりと絡みつくような視線を不躾に向けてくる。「ぶひ……」と変な笑いが漏れたりもした。


 ぞぞぞぞぞっ。


 背中に悪寒が走る!


(キモっ! 視線がキモっ!)


 街中を歩くと、たまに視線を感じることはあった。大半は男から。

 中身が(ボク)なせいで魅力が半減しているとはいえ、素の顔立ちはいいのだ。自然と目が行くのは、中退者とはいえ理解できる。それでも、ここまで露骨な視線を向けてくる者はいなかった。


 不快感を押し殺していると、オルカさんがボクとカシムさんの間に立つ。それで視線は途切れた。


「むっ? ……コホン。掛けたまえ」

「いや、このままでいい」


 カシムさんがソファーから立ち上がる気配。


「挨拶もせずに不躾な視線、失礼しました。私はカシム・アッカーシャ。現在は勇者を名乗っております」


 謝罪か。だったら、こっちも名乗った方がいいかな?


 ボクはオルカさんの影から出て、頭を下げる。 


「ボクはイリーナ・レティス・セラフィム。オルカさんとパーティーを組んでいます」

「ほう。あの“龍殺し”がパーティーを……。それにその名前……──」

「どうでもいいだろ、そんなことは。それよりも用件を済ませよう」


 そこでドアがノックされ、受付とは別のお姉さんがお茶とケーキを持ってきて、頭を下げて出て行く。


「ランク8の菓子職人が腕によりを掛けて作った品だ。話はこれらを楽しみながら、落ち着いてしようではないか」


 カシムさんは改めてソファーを勧める。


 苺のショートケーキと紅茶か……正直、お腹が苦しい。屋台で食べ過ぎた。少し時間が経ったから、多少は楽になったけど。しかし、ショートケーキは美味しそうだ。一番の問題はカシムさんの視線だけど、もうさっきのような不快な視線は向けてきていない。


 オルカさんと目が合ったので、コクリ、と小さく頷く。


「わかった」


 ボクたちはカシムさんの対面のソファーに座った。

 テーブルの上の紅茶とケーキは後回し。今食べると、最悪後でリバースしかねない。オルカさんは遠慮なくモグモグ食べ始めたけど。あれだけ食べて、よく食べられますね。


「まずは、支払いを済ませようか」


 カシムさんがパーソナルカードを取り出す。


「その前に聞きたいことがある。聖女についてだ」

「────! 何か知っているのか!?」

「いや。だが、興味はある。聖女なんていう職業は聞いたことがない。何者だ?」

「……聞いてどうするというのだ?」

「言ったろ? ただの興味本位だ。男なら気になるだろ。美人かもしれない」

「それだけの理由なら話すわけにはいかない。悪しき者の耳がどこにあるか分からんからな。聖女を失うわけにはいかないのだ」

「どうしても話してくれないのか?」

「ああ。すまないな。それでは支払いを──」

「それじゃあ、イリーナ。行くか」

「えっ?」


 突然話がこっちに来て戸惑う。どこかに行く予定あったっけ?


「帰るんだ。クエストはキャンセルする。こちらを信用しない雇い主のところで仕事は出来ないからな。多少違約金が発生するが、それくらいはどうとでもなる」

「──待て! 支払いが先だ!」

「さ。帰ろう帰ろう」


 ボクの手を取るオルカさん。


「オルカ・アーバレスト!」


 必死な様子でオルカさんを呼び止めるカシムさん。悲鳴にも似た叫びだ。


「うるさいわね! 寝られないじゃないの!」


 その時、部屋に幼女のものっぽい怒鳴り声が響く。


「カシム。あたしは夜まで起こすなって言ったはずよ?」


 明らかな怒りを含んだその声の出所は……カシムさんの傍らの剣?


「剣が──喋った!?」


 オルカさんが驚く。


「フフン。それくらい当然よ。……って、あんたは驚かないのね」

「ボク? 驚いてますよ?」

「あたしが話せることを知った人間はみんな似たような反応をしたわ。だけどあなたの反応はちょっと違う。何者?」


 反応が違うと言われても、驚いているのは事実だ。ただ、アニメやゲームなんかでは武器とかが喋るのはたまにあるし、ファンタジー世界なら剣が喋ってもおかしくない、そう思って納得しただけである。


「ただのしがない魔道具使いです。他の方との反応が違うというなら、それは喋る武器とか作れたら凄いだろうな、と前々から考えていたからじゃないでしょうか」


 ということにしておこう。


「ふ~ん。変わってるわね、あなた」


 喋る剣には言われたくない。あと、そのセリフはあなたを作った人にも言えますよ? 

 

「で? カシム。何を騒いでいたの?」

「うむ。オルカ・アーバレストが、私が金を支払おうとしているのに受け取らずにどこかに行こうとするのだ」

「相手が受け取る気ないなら、払う必要ないじゃない」

「それが……受け取って貰わなかったら、その内死ぬのだ。私が……」

「はあっ!?」


 まるでオルカさんが、物凄く質の悪い金貸しか何かみたいな話である。


「どういうこと?」

「……ある取り引きの代金を、オルカ・アーバレストがこの場に受け取りに来たときに支払わなければ、命に関わる災いが起こる魔法手形を使用しているのだ。彼が金をいらないと表明すれば別だが」

「何でそんなの使ったのよ!?」

「…………どうしても欲しかったから」


 命を掛けてでも欲しいものって何だろう? 気になったので、オルカさんにこっそり聞いてみた。


「何を売ったんですか?」


 オルカさんもボクに合わせるように小声で話す。


「変なところで見つけた剣だ。何の力もない綺麗なだけの剣だったな。たしか、そこの喋ってる剣に見た目が結構似てた。あんな感じのやつだ」


 そんなやり取りをしていると、部屋中に剣の呆れたようなため息みたいな声が流れる。


「バッカじゃないの、あんた!」

「うぐっ」


 剣の叫びに、言葉に詰まるカシムさん。


「で? あなたは何が目的なのよ?」


 これはオルカさんへの問いだろう。


「目的も何も、俺はクエストの内容をきっちりと把握したいだけだ。聖女について聞いただけだぞ。断られたから、キャンセルして帰るところだけどな」


 ニヤリ、と口元に笑みを浮かべるオルカさん。


 わー、すっごい悪そうな笑顔。こんな顔もしたりするのか。けど、ボクにもオルカさんの狙いが分かった。


 これは情報を引き出す駆け引きだ。ほとんど脅迫だけど。


 こちらの要求は聖女に関する情報。オルカさんがお金を受け取らずに帰ったら、カシムさんが死ぬかもしれない。なら、相手は話すしかない。その情報が、自分の命より重いものではない限り。


「……そういうことね」


 剣も同じ結論に至ったのか、苦虫を噛み潰したような声を出す。


「不細工じゃ飽き足らず、その上馬鹿だなんて救えないわね。こんなのが仮とはいえ持ち主だなんてあたし不幸だわ。ほんっっっとーーにっ! 不幸だわ!」


 叫んだら少し落ち着いたのか、剣は「ふー」と息を吐くような声を出す。剣なのに呼吸してるのかな? 聞けるような雰囲気じゃないけど。


「仕方がないから教えてあげるわ。ありがたく拝聴しなさい!」


 声だけ聞いていると、何だか腕を組んでふんぞり返った幼女が、居丈高に言っている姿が頭に浮かんだ。



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