第21話 有名人
フリージアのアッカーシャ商会本部の外観は、周囲の建物四つ分くらいの横幅で三階建てだ。周囲の建物が縦長なのに対して、商会本部だけ横長なので、その大きさはやたらと目を引く。ちらりと建物と建物の間の隙間から見えた様子だと、奥行きもありそうだ。正面から見た印象よりも、敷地面積は広いのかもしれない。
出入り口には警備員が二人。
中に入ろうとしたら用件を聞かれたので、オルカさんが
「クエストを受けてきた」
と答えて、クエスト受注の証明書を見せたらあっさりと許可が下りた。武装している見ず知らずの相手を、そんなに簡単に中に入れたりして警備の意味あるのだろうか? とちょっと疑問に思ったけど、考えてみれば魔法のある世界だ。丸腰でも無力な相手とは限らない。とすると、証明書にそれくらいの信用があると言うことかな。
中に入ってエントランスホールを見渡すと、入り口脇に二十代前半くらいのちょっと美人な、髪の長い受付のお姉さんが一人。オルカさんはその人に話しかける。
「クエストを受けてきた。あと、カシム・アッカーシャに用がある。オルカ・アーバレストが来たと言えば分かるはずだ。取り次いでくれ」
「えっ!?」
お姉さんが驚く。
「あ、あの! もしかして“龍殺し”のオルカさんですかっ!?」
ん? “龍殺し”? 何その格好良い呼び方。
「ああ」
オルカさんも軽く肯定してるし。
「ファンです! あく、握手してもらってもいいですか!?」
お姉さんがテンパっている。
オルカさんは快く応えた。
お姉さんは握手した右手を左手で包み、胸に抱いて何やら浸りきっている。すると、ハッ、と何かに気づいたように目を見開く。
「サイン、サインもいいですか!?」
「ああ、いいぞ」
「色紙……はないか。あっ! じゃあこのハンカチにお願いします!」
お姉さんはポーチから白いハンカチを取り出し、オルカさんにサインペンを渡す。どうでもいいけどサインペンとかあるんだ、この世界。
サラサラっと流れるような動きで書くオルカさん。その動きを見て、ボクは確信した!
サインを書き慣れている!
そのハンカチを受け取ったお姉さんは、綺麗に折りたたんでポーチにしまう。
「あと、あと何があるっけ?」
仕事しようよ、お姉さん……。
◇◆◇◆◇◆
しばらくして正気に返ったお姉さんは、業務に戻ってくれた。電話みたいな道具でどこかに連絡している。みたいな、というのは、見た目は電話そのものなんだけど、音の送受信は魔法の力で行う。そして音が届くのは受話器ではなく、頭の中だ。一種の念話補助器といったところか。早い話が、相手の電話番号を知っていたら、お互いテレパシーでお話しできますよ、という魔道具だ。
ただ待つだけなのも暇なので、ボクは気になったことをオルカさんに訊くことにする。
「オルカさん、気を悪くしないで欲しいんですけど……」
「ん?」
「オルカさんって有名人なんですか?」
有名人に有名なのかと尋ねるのも失礼かと思ったけど、パーティーメンバーのことはある程度知っておいた方がいいだろう。好奇心が大半を占めるのは否定できないけど……。
「ああ。冒険者や戦闘職に全く興味ない奴なら知らない奴がいるかもしれないが、多少の知識があれば名前くらいは聞いたことあるんじゃないか? ってくらいには有名人だ」
「それ、すごい有名ってことじゃないですか!」
言い換えれば、冒険者や戦える人の中で、知らない人がほぼいないということだ。
何てことだろう。ボクのパーティーメンバーは凄い有名人だったのだ!
言われてみれば、ランク7の串焼きがあれ程美味しいんだ。ランク1の剣士ってことは、剣士の中では相当なものってことじゃないか!
何で気づかなかったんだろう? と思ったけど、ランクごとの凄さっていうのが、イマイチ実感できてないからだ、とすぐに思い至る。
オルカさんが有名人と知っても、受付のお姉さんみたいにテンション跳ね上がったりしないもん。オルカさんはオルカさんだ。とは言え、
(有名人か……あとでボクもサインとか貰っておこうかな)
などと、結局は多少浮ついてしまうボク。だけど色紙がない。買うお金もない。ハンカチもない。こうなったらパンツをハンカチと偽って……いや、無理があるか。
出会って間もない、迷惑しかかけていない相手が、ハンカチにサインをねだって実はパンツでしたって……引かれるだろう。その後の空気が微妙になる。ってか、一緒に行動してるんだから、今すぐサインを貰う必要性がないじゃないか。自覚がある以上に浮かれているっぽい。
やらかす前に気づいたところで、声がかかる。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
受付のお姉さんが案内してくれるみたいだ。ボクたちはその後を着いて行く。向かう先は一階の奥の部屋。応接室と書いてある。
ドアをノックするお姉さん。
「入れ」
中から野太い声がした。
お姉さんがドアを開けてくれて、まずはオルカさん。続いてボクが部屋に入る。
「フッ、来たか“龍殺し”」
そこには、ソファーに座る“勇者”がいた。




