第20話 フリージア
ラクスの街を出て二日後の昼前、ボクたちはフリージアに着いた。
馬ってボクのイメージだと凄く速く走る生き物だけど、人間が移動手段として乗る場合、疲労の問題で案外スピードを出せないらしい。速度としては自転車といい勝負ってところだった。それでも、オルカさんの当初の予定よりもかなり早く着いた。
理由は聖女スキルのひとつ、聖女の祝福の効果だ。
このスキル、てっきり常時発動型の、魔力を使用しない弱い治癒魔法だと思ってたんだけど、そういうわけではなかった。
治癒魔法は怪我を治す魔法だ。疲労や体力を回復する効果はない。
しかし、聖女の祝福は直接触れた対象を回復する効果がある。その回復効果とは、少なくとも疲労や体力も含まれることが分かった。
街を出て数時間後、オルカさんが、ビーストくんが普通の馬とは思えないくらい疲労し難いことに疑問を持ち、ボクはそれを聞いて暫くして、ふと聖女の祝福のことが思い浮かんだ。
その事を話すと試してみようということになり、オルカさんの袖を捲ってその腕を暫く掴んでみた。筋肉質でボクのぷにぷにした柔こい腕とは大違いだった。やっぱりじぇらしー。
結果として、普段よりも明らかに疲労の回復速度が速くなることが分かった。早くなるといっても、それなりの運動で蓄積される疲労を上回る程ではなく、ボクの肌が直接触れていると、通常よりも長く活動が可能になる程度だけど。
フリージアに着いて、最初にボクたちがやったことは──やったのはオルカさんだけど──街の入り口近くにあった厩舎にビーストくんを預けることだ。それが終わったら、アッカーシャ商会本部に向かうことになっている。
フリージアの街並みは、他の街と同じように石造建築が目立つ。この国の建造物の主流はやはり石材なのだろう。街の出入り口から見える範囲では、大半の建造物が二階建てか三階建てのもので、何らかの店舗が多い。
街中は、ここに着くまでに通った街と比較すると活気がある。騒がしいとすら言ってもいいくらいだ。別名、商業都市とも呼ばれるそうだけど、その喧騒を目の当たりにすると、なるほど、と思う。
特に大通りには何かのお祭りでもやっているかのように屋台が建ち並び、人々が出歩いている。通行人達は仕事で移動中というよりは、その場の雰囲気や屋台での買い食いを楽しんでいる様に見えた。
そこでふと、街灯から下がっている段幕に書かれたその文字が目に留まる。
『勇者誕生祭開催中』
本当にお祭りだった!
「随分と浮かれているな」
「そうですね」
オルカさんの話では、カシムさんという人はそんなに強いとは思えないそうだ。仮にボクが何の力もないのに勇者として街単位で祭り上げられたりしたら、心の中は針のムシロである。心労でご飯も喉を通らないかもしれない。
と、そこへ屋台からタレが焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
ぐうぅ~。
(うあああっ! お腹が鳴っちゃった! 恥ずかしいっっ!)
だって仕方がないじゃないか!
朝ご飯食べてから数時間経っているし、食べ物の屋台なんて見るだけで心がウキウキするでしょ。そこへいい匂いのコンボ攻撃を食らったりしたら、お腹だって降参の音を上げるって!
「よしっ、お腹も空いてきたし、先に昼飯にするか!」
「うぅ……すいません……」
ちなみにここまで来るのに使った費用──宿代や食事代など──はオルカさんが出してくれた。オルカさん曰く「サリラの腕輪のお礼」らしい。
心が、心が痛いっっっ!
だけどお腹はどうしても空いてしまう。無一文な以上、つい好意に甘えてしまうボク。
それもこれもホワイトゴーレムをハイエナ──戦闘に関係ないのに後から来て、素材を勝手に持って行った人や、その行為のことだ──されたからだ。どのタイミングでやられたのかは分からないけど、最大二日が経過しているので、仕方がないかもしれないけど。
「手始めにそこの屋台から攻めるか」
バンダナを頭に巻いた五十代くらいのおじさんがやっている、さっきから香ばしい匂いを漂わせている屋台に向かう。
串焼きの屋台だ。炭火焼きである。焼き鳥が中心だけど、牛肉や豚肉のもある。
メニューは鶏肉のもも、皮、砂肝、レバー、ハツ、つくね、ねぎま。牛串。豚バラ、豚トロ。
味付けはそれぞれ、タレ、塩の二種類だ。
「らっしゃい! 兄ちゃん可愛い彼女連れてるな!」
「だろ?」
彼女じゃないですよ!
とは思ったけど、これくらいのことでいちいち否定しない。こういった場では、この程度の軽口くらいたまにあるのはどの世界でも共通なのか、軽口は軽く流すのがある意味礼儀である。誰かの彼女扱いされたのは初めての経験だけど。
「おっさん、高くないか?」
焼き鳥は殆どが二百G前後。豚串はどちらも四百G以上。牛串に至っては八百G。この世界の相場は分からないけど、オルカさんが高いと感じるなら高めの価格設定なのだろう。
「値段は高く感じるかもしれねえが、その分味には自信があるぜ。何せ、祭りに乗じたにわかとは腕も素材も違うからな!」
そう言って、おじさんはパーソナルカードの職業とランクを見せてくる。そこに表示された職業とランクは、串焼き職人、ランク7。
「ほぅ……」
オルカさんが感心したような声を上げた。ボクにはどれくらい凄いのか分からないけど、その反応を見るに、おじさんの腕は大したものらしい。
「そういうことなら貰おうか」
「おう! どれにする?」
「全部だ。タレと塩一本ずつで」
「お? 男前だな、兄ちゃん」
「見りゃ分かるだろ?」
「違いねえ。よしっ! 端数はおまけだ。六千Gでいいぜ」
オルカさんはお金を支払い、串焼きの袋を受け取る。
「イリーナから先に好きなの取っていいぞ」
「それじゃあ、いただきます」
ボク的串焼きの基本──鶏もものタレを選択。
オルカさんは中を確認しないで無造作に一本取り出した。牛串のタレだった。いきなりの大物である。
まずは一口。
口に入れた瞬間、炭火焼き特有の薫りが口内に収まりきらず、鼻の奥を突き抜けた。食欲を刺激するその匂いは、空腹をより感じさせる。鶏ももは噛むとその肉は柔らかく、噛んだ分だけ肉汁があふれ出す。その肉汁からは微かな甘さすら感じる。炭火で焼かれた熟成甘辛タレは、そんな肉汁と口の中で絡み合い、更なる旨味へと進化した!
胃が早く早く、と飲み込むのを催促してくるけど、舌はもっと、もっと味わいたい! と、噛み締めることを要求してくる。
ジレンマだ。焼き鳥ひとつでこんなジレンマは初めてだ。
これが……ランク7の実力なのか!
十分に噛み締めた後、意を決して、ごくりっ、と飲み込む。
言える言葉は唯一つ。
「美味しいっ!」
「うまっ!」
オルカさんとほぼ同時に、異口同音で賛辞した。
それを聞いたおじさんはドヤ顔。
「値段分の価値はあるだろ?」
「ああ、確かにな」
「こんなに美味しい焼き鳥は初めてです!」
思わず顔が綻んでしまうよ!
「お、おう、そうか。そんなに喜んでもらえると俺も嬉しいぜ。よしっ、特別に飲み物もサービスでやるよ」
おじさんは照れたように顔を赤くして、お茶と思われる液体が入った紙製のコップをくれた。こんなに美味しいのに、ひょっとしたら串焼きを褒められ慣れていないのかもしれないね。
「わぁ、ありがとうございます!」
ちょっと喉が渇いていたから助かる。
「ついでに兄ちゃんにもやるよ」
「おう、サンキュー。けどいい歳して照れるとかキモいぞおっさん」
「うるせー!」
あ、そうするとオルカさんの手が塞がるのか。それじゃあ食べられないね。
「オルカさん、ボクが串焼き持ちます」
「抱えるから大丈夫だ」
「裏手の路地を通って反対側の通りに出たらベンチがあるから、そこ行ったらどうだ?」
おじさんの提案にボクたちは乗ることにした。
「なあ、おっさん。この辺りの屋台で、あんたが認める食い物って何かあるか?」
去り際に、オルカさんがおじさんにそんなことを訊いて、情報収集をする。
串焼きを食べた後、ボクたちはおじさんからの情報を元に、お腹の限界まで屋台巡りを楽しんだ。




