第19話 ぼっち迷探偵
俺の名はエスクード・マグナス。人形使いの能力を持つ魔族だ。
ここは魔族国──ブランシュ。人間の領土と地続きだが、魔族が治めている国の一つだ。人間共は“魔族国”ではなく“魔族領”などと呼んでいるが……どうでもいいか、そんなことは。
俺は今、いろいろな感情がごちゃ混ぜになってある場所に立ち尽くしている。
目の前にあるのは真新しい墓石──それもそのはず。ついさっき作ったばかりの墓だ。この、俺自身の手で。
そこに眠るのは我が生涯の友。名はタダオ。種族はホワイトゴーレム。
発見したときのタダオの遺体は見るも無惨なものだった。あまりの凄惨さに思わず目を背けてしまった。
あいつの強靱な体は大きく抉られ、左腕と胴体と下半身は鋭利な刃物で切断されたような切り口だった。抉られていた部位は探したが見つからなかった。その為、埋葬出来たのは殺害現場に残されていた部位だけだ。タダオだと辛うじて判別できる程度に半壊された顔は、まさに悪魔のごとき所行! あんなことを平然とやってのける精神異常者は百回同じ目に遭わせても勘弁ならないっ!
タダオは本当にいい奴だった。
俺は墓前で昔のことを思い出す。
◇◆◇◆◇◆
あれは子供の頃、学校で山に遠足に行ったときのことだ。
そろそろ帰りの集合時間というときに、俺はひとり迷子になっていた。
たぶん一時間は遅れたんじゃないだろうか。見慣れない山の中、不安で仕方がなかった俺は、見覚えのある道に出たとき、ホッ、と安心して息を吐いた。
だが、集合場所に辿り着いたとき、そんな安堵は衝撃的な状況により軽く吹き飛ぶ。
教師を含め、俺を忘れて帰ったのだ!
……泣いた。
置いて行かれた事実と、帰り道が分からないという、子供にとっては未知の世界に等しい場所に放り出され、不安に押しつぶされて、泣いた。
そこへ、あいつが現われた。
タダオだ。
あいつはゴーレムの中でも変わり種だった。
ゴーレムなのに勉学に励もうという意欲があった。そんなゴーレムは他に知らない。
普通のホワイトゴーレムは獲物を待ち構えるだけで、狩り場を変えるとき以外はあまり移動しない。基本、そういう生態だ。しかも発情期になると、棲息地帯は精岩が周囲を飛び交う危険地帯となる。別名、射精の嵐と呼ばれる時期だ。
そんなホワイトゴーレムが勉強したい。
噂では教師達も揉めたらしい。誰だって面倒ごとはゴメンだから仕方のないことだろう。だけど、最終的には受け入れられた。
遠足の日──当時の俺たちの関係は、たまに話をする程度。ただの級友。
それでもタダオだけが、俺がいないことに気が付き、戻ってきてくれた。
タダオは教師に俺がいないことを訴えたらしいが、教師はゴーレムが何やら興奮している程度に捉えて軽く流されたらしい。
ゴーレム種が俺たちの言語を理解できても、ゴーレム種の言語を理解出来る奴は学校にあまりいなかったので──その日、ゴーレム種の言語を理解できる担任教師は体調不良で休んでいた──仕方がない部分もある。が、あの教師はクソだと思った一件だった。
俺はタダオと一緒に家を目指した。
途中道に迷い、家に辿り着いたときには真夜中だった。
「今日はありがとな」
「グオォ(いいってことよ)」
言葉を交わし、別れる。
家族は寝静まっていた。
もう夜も遅いし、仕方がないか。その時はそう思って、俺は疲れきった体を休めるために床についた。
翌朝、何事もなく朝食が始まる。
俺はその席で、帰りが遅くなったことを家族に謝った。
そして、家族は言った。
「えっ……? いなかったっけ?」
家族は昨夜、俺がいないことに気づいていなかったのだっ!
泣いた。めっちゃ泣いた。
タダオに家でのことを話すと、あいつは言った。
「グオオ(俺は、絶対、お前のことを、忘れたりしねーよ)」
そう言って、腕の先端で俺の肩を叩く。
俺がタダオを生涯の親友に認定した瞬間だ。
けどタダオ。頼むから生殖器で俺に触れないでくれ。
◇◆◇◆◇◆
俺たちの友情は大人になっても続いた。
成長したタダオは……変態に育ってしまった。
親友の俺でもドン引きするほどの変態だ。
ゴーレムであるにも関わらず、あいつは人間の女にしか欲情しない変態になった。
原因はひとつの創作物。
『魔法少女シルキー』
魔族の王女シルキー様が身分を隠し、魔法で事件を解決して人々を救うという内容だが、いつも事件を起こす犯人がいる。
人間の魔法使いリリィだ。
リリィは長い黒髪に白い肌、金色の瞳を持つ凄腕の魔法使いだが、どこか抜けていてよく失敗をする。そこをシルキー様につけ込まれて負けるキャラだが、タダオは大のリリィ贔屓だ。ちなみに俺はシルキー様派だ。リリィもありだと思っているが。
「グオオオオ(リリィたんみたいな人間の女を孕ませてぇ)」
魔法少女シルキーの話を二人でするとき、よくそう言っていた。
外見的特徴や魔法の腕、性格など、どこかしら一カ所や二カ所くらい共通点のある人間の女なら探せばいるだろう。黒髪とか白い肌とかな。
だけどタダオはホワイトゴーレムだ。体は岩で出来てるんだぜ。種族が違いすぎるだろう。子を作るなんて不可能だ。魔族である俺なら、可能か不可能かで言えば可能だが。
常々、心の中でそう思っていたからだろうか。あの日、酒に酔った勢いでつい、ポロッ、と言っちまったんだ。
「ゴーレムと人間じゃあ子供なんて出来ないんだよ、タダオ。せめて石像にしとけよ、な?」
そう言って、俺は自作のリリィ石像(1/10スケール)を渡した。首から下は我ながら凄くいい出来だ。……首から上はちょこおっっっと、個性的になってしまったが。顔を彫るのは苦手なんだ。
「グオオオ!(そんなのリリィたんじゃない!)」
タダオは悲しい叫びを残し、その場から駆け出した。
「グオオオオン!(リリィたんはいるんだ!)」
たまに喧嘩をすることはあった。それでもすぐに俺たちは仲直りしてきた。今回もそのひとつ。
その時はその程度に考えていた。だが──
それが、俺が聞いたタダオの最後の言葉になった。
翌日、謝ろうと思ってタダオを探したが、どこにもいない。心当たりは全滅だった。
あいつの最後の言葉を思い出す。──嫌な予感がした。
たぶん、それは虫の知らせというやつだったのかもしれない。
一度だけアイテムを容量分までなら出し入れを可能とする消費アイテム──時空石を用意して、一番近くの人間の街に向かう。移動には我が秘技のひとつ、人形御輿を使った。全速の馬と同程度の速力を持ち、その速度での最大走行距離は約百キロメートルを誇る四体一組の人形だ。急がねばならない。
もし、人間の街にホワイトゴーレムが現われたら大騒ぎになる。予感が当たっていた場合、時空石に入れてでも無理矢理あいつを連れ帰るつもりだった。
時空石は魔道具『どうぐぶくろ』の使い捨て版と言える魔石だ。生物を入れることは出来ない。なのに、何故かゴーレムのような無機生命体は入れることが可能だ。だからこそ安くない金を使ってでも用意したのだ。抵抗されたら俺ではタダオを抑えられないからな。
しかしその手段は、タダオの遺体を運ぶという、最悪の方法で使用することになった。
現場には三発の精岩が残されていた。気に入った人間の女でも見つけたのかもしれない。当たった痕跡──血痕など──がなかったので、馬か何かで通り過ぎて逃げられたのだろうが。そうでもなければ、ホワイトゴーレムから逃げるのは無理だろう。
タダオが襲ったと思われる人間の女は、たぶんタダオ殺しの犯人ではない。
不幸中の幸いか、犯人には心当たりが出来た。
俺は手にしていた一枚の紙を見る。人間の街で入手した情報紙だ。そこには大きくこう書かれていた。
『伝説の勇者現る!? その名はカシム・アッカーシャ!』
何でも伝説の勇者とやらは、神話の存在である大魔王を倒すことが出来るだのと嘯いているらしい。バカバカしい話ではあるが、仮にその数割の力でもあるならば、ホワイトゴーレムのタダオをあれ程無残な姿にすることも可能だろう。殺害現場の地域では、とんでもない爆発があったとも小耳に挟んだ。それが勇者の力だとすると、自惚れるには十分か。
奴が拠点にしているというフリージアという街は、タダオの殺害現場からは馬を使えばそう遠くない。頑張れば丸一日あれば着くだろう。
遺体発見現場で犯行が行われたとすると、だ。俺がタダオと別れて、タダオの遺体を発見するまでの時間。そこから、タダオが殺害現場に移動するのに必要な時間を引けば、ある程度の犯行時刻は予測可能だ。絞っても数十時間単位ではあが。
ここで大事なのは、それだけの時間があれば、犯人がタダオを殺害してフリージアに移動することも可能だということである。
だからこそ、タダオが襲ったと思われる女は犯人である可能性が低いのだ。狭い範囲に偶然、ホワイトゴーレムをあんな姿に変える程の強力な力を持った人間が居合わせる可能性と、近くにいた伝説の勇者とやらがやった可能性。どちらが高いかは明白だ。
タダオの強さ。
損壊の激しいタダオの遺体。
接触したと思われる女が、犯行を行える実力を有している可能性。
犯行が可能な距離にいた、勇者を名乗る実力者。
これらの状況を鑑みると、出てくる答えはひとつしかない。
タダオ殺しの犯人はカシム・アッカーシャである!
我が友──タダオの墓前で誓う。必ず仇は討つと!
「待っていろ、カシム・アッカーシャ! 必ず殺してやる。殺してやるぞおおおおおっ!!」
イリーナの特徴:黒い長髪、白い肌、金色の目。
第3話 初戦闘より
タダオ(リリィたん……リリィたんがいる!)
残念なことに……ひっじょおぉぉにっ! 残念なことに! その視線からはあまりいい気配が伝わってこない。何だか背中がゾクゾクするのだ。悪寒だ。ひょっとするとこの気配が殺気なのかもしれない。(←違います)




