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第1話 気が付くと中退

【魂の定着に成功しました】

【増魔の魔眼が発現しました】






 夢の中で、そんなことを言われた気がした。




 ◇◆◇◆◇◆




 姫宮夏姫。姫宮家の次男。趣味はゲームと読書。学校の成績は上の下。運動は苦手なものはないけど、これといって得意だと胸を張れる競技もない。

 平凡な家庭に生まれ、平凡に生きてきた自覚があるどこにでもいる高校生だ。



 はい、平凡でした。さっき目が覚めるまでは。



 目の前にとても可愛い女の子がいた。


 年の頃は16歳前後。背中まである長く艶やかな黒髪に、陶磁器を思わせる滑らかさと雪のような白さを併せ持つ肌。大きな金色の瞳は信じられないモノを見たように見開かれ、ふっくらとした唇はポカンとO字型に開かれていた。

 ともすれば間抜けにすら見えるその表情も、女の子の整った顔立ちからすれば愛嬌と受け取られ、むしろそんな表情すらも可愛らしく見える。

 クラスメイトにこんな女の子がいれば、それだけで胸が高鳴ったかもしれない。


 ただ、目の前にそんな女の子が見えるのが問題だ。


 ここは森の端なのか、周囲には木が数えるのも馬鹿らしくなるほどあり、森を抜けた先には草原と街道が見える。

 周囲には誰もいない。ボク一人だ。

 見上げれば空には青空が広がっているのが分かる。木の合間からは流れる雲も見えた。


 軽くため息を吐いて、呼吸を整える。

 少し落ち着いた気がして、改めて視線を下ろす。


 目の前には泉があった。

 まるで透き通るような綺麗な水の泉だ。鏡とまではいかないまでも、その水面には周囲のモノが分かる程度にははっきりと映っている。



 ボクが見下ろすのに合わせて、水面に映る黒髪金目の美少女はボクを見上げてきた。



 ボクは出来るだけ愛想よく、にっこりと笑顔を向ける。

 美少女も同時に笑顔を返してきた。


 クラスの男子たちで大半を占めるであろう童貞ども(願望)なら、「このコ俺に気があるんじゃ!?」

などと勘違いをするだろう、実に可愛らしい笑顔だ。


 無論、ボクはそんな勘違いをしたりしない。

 むしろその笑顔を見て、絶望的に“見間違い”という希望を断たれたことを知る結果となった。

 


 水面に映る美少女=ボクの姿。



 それが現実だ。


 もう一度はっきりさせよう。


 ボクの名前は姫宮夏姫。姫宮家の次男。

 そう、次男。

 つまり男。

 美少女では断じてない。


 いやね、ほんとはね、水面を改めて見なくても水面に映るその姿が今のボクの姿だってことは察していたんだ。


 身体を見ると、その身は白いローブに白い袖なしの服、フリルレース付きの白いミニスカート、膝上まである黒のニーソックスに包まれている。

 腰はくびれて細っこいし、装飾を施された金色の腕輪の存在感がその頼りなさを補っているようにも感じるほど、腕の筋肉の付き方も何だか頼りない。

 しかも決して大きいとは言えないけど、男にはない胸部の盛り上がり――即ちおっぱいがある。

 さらに言えば、生まれたときより共に育ってきた股間のゾウさんの存在を感じない。無論、この目でちゃんと確かめました。ゾウさんいなくなってました。しかも不毛地帯です。


 これらのことから自分が女になったことは察していた。が、わけが分からない。

 顔立ちだって全くの別人だし、なぜこんなところにいるのかも謎だ。


 いつも通りに学校に通い、放課後に帰路についた。そして気がついたらこの場にこの姿で倒れていましたとさ。


 はい、意味不明です。説明を要求します!


 誰かいないか、何か手がかりがないかと辺りを見ると、後方足下の近くに何枚かの紙の束が落ちているのを発見する。

現状の把握に何の手がかりもない状況。そこに手がかりがないかと藁にも縋る思いで拾い、目を通す。

 そこにはこう書かれていた。



『これを読んでいるとき、君はさぞ混乱していることだろう。

 

 簡単に説明すると、そこはエロゲーの世界だ。

 その世界に関する一般的な情報はその体が知っている。君が知りたいと思ったことで該当する情報があるなら、難なく思い出せるはずだ。

 

 それと君の望んだ報酬は道具袋の中に入れてある。

 特に指定がなかったので、サイズやデザインなどはその世界に現存するものを全て入れておいた。新しいサイズやデザインのものが出来れば、その都度自動で道具袋の中で生成される機能もある。

 何分量が多いので袋の容量は設定していない。

 他の物も入れることが可能なので、鞄よりは使い勝手が良いだろう。ただし、生きている動物だけは入れることが出来ないので注意してくれ。


 それでは頑張って使命を果たしてくれ。健闘を祈る。


                               創造神より』


 

「…………」


(わけが分からないしっ!)


 何これ? 創造神!?

 頭がおかしいとしか思えない。

 けど、考えてみるとボクの現状もおかしいことには違いない。神様が関わっていると言われたら、ちょっとくらい信じられるくらいには。


 うん。悩んでいても仕方ない。

 まずは分かる範囲で情報を整理するか。


 創造神とやら曰く、ここはエロゲーの世界らしい。

 エロゲーと言えば18禁ゲーム。ストーリーを進めていけばエロエロなことが起こるゲーム。


(つまり展開次第では、童貞卒業のチャンスがっ!)


 非日常に巻き込まれた現状とはいえ、童貞卒業の4文字はそんな不安を誤魔化すくらいには魅力があった。


「――――っ!」


 だけどボクはすぐに気づいてしまった。

 ほぼ反射的にスカートの上から股間を手で押さえた。

 そこには当然、慣れ親しんだゾウさんはいない。


(あ……あぁ…………)


 改めて、本当に今さらだけど、ボクは絶望にうち拉がれる。身体の力が抜けて、地面に四つん這いになった。

 自分がわけの分からない非日常に放り出されたという事実に気がついたとき以上の絶望感だ。絶望は二重底だった。


「童貞を……中退してしまった」


 そんなセリフが、とても可愛らしい声で、ボクの口から出た。




 ◇◆◇◆◇◆




 どれくらいうち拉がれていただろうか。

 10分か20分か、或いはそれ以上か。とにかく落ち込んでいても仕方がない。今は現状の把握と今後の行動指針をどうするかを考えるべきだと割り切ることにする。


 優先するべきは食料の調達と寝床の確保だ。


 ボクは空を見上げて太陽の位置を確かめる。

 今は日が高いけど、こんなところで夜になったら不安で仕方ない。地球と同じと仮定しても猶予は数時間といったところか。最も、太陽が三つあって一日中昼間な惑星みたいなこともあるかもだけど、その辺は時間が経過すれば分かるだろう。

 

 そんなことを考えた時だった。


《一日は24時間。日の入りは約5時間後。太陽は一つ》


 頭の中にそんなことが浮かんできた。

 まるで前日に確かに記憶したはずなのに、試験本番でド忘れして悩んでいたところに、唐突に思い出した時みたいなすっきりとした気分だ。

 そんな爽快感とともに、その情報はボクの頭の中にもたらされた。決してちょっとした思い付きだとか妄想の類いではない。正しい情報だ。なぜかそんな確信がある。


(あっ! ひょっとしてこれのことかな?)


 手紙を見直すと、そこには確かにこの体はこの世界に関することを知っていて、ボクはその情報を思い出すことができるというようなことが書いてある。


 よし。いくつか試してみるか。


(ここから近い人里は?)


《街道を右に行けばローリエ村、左に行けば港町ラクス。ローリエ村までの距離は徒歩で半日、ラクスまでは八時間程かかる》


 ホントに頭の中に浮かんできた!

 何だか不思議だけど、これは便利だ。何と言っても本とかの媒体ではないから持ち運ぶ必要はないし、情報の検索も速く、一瞬で内容を理解できる。


 だけど半日と八時間か……。

 そんなに長い時間歩くのはしんどすぎる。現代文明に頼り切ったもやしっ子を舐めないで欲しい。


(自転車か車ないかな!? 無免許だから車はバスかタクシーでお願いします!)


 ……何も頭の中に浮かばない。ひょっとすると分からないことだと何も浮かばないのかもしれない。


 徒歩か……。

 今から休まずに移動しても確実に人里に着くのは夜中になる。これまでの人生での一日の歩行距離最長記録更新を目指さなきゃいけないらしい。


 憂鬱だ。けど、ここにこのままいてもそれだけ街に着くのが遅くなるだけだ。今後のこととか考えるのは移動しながらでもできる。


「仕方ないかな」


 覚悟を決めて、ボクは街道に向かって歩き出す。



 向かうは左――港町ラクスだ。



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