第18話 冒険者ギルド(イリーナ視点)
朝食の後、オルカさんにサリラの腕輪を作ったとき、変な声が聞こえたことを相談したところ、それはたぶん“神の声”だろうと言われた。
ランクが上がったりするときとかに、感情が抜け落ちたような声が聞こえるらしい。ボクには機械的な声に聞こえたけど、その直接頭の中に聞こえる声を人々は“神の声”と呼んでいるとか。
何て言われたのか聞かれたので、サリラの腕輪の回復効果が小回復から中回復に上がったらしいと伝えたらかなり驚いていた。
「凄く貴重な物だから、本当に大事にするよ」
なんて、腕輪を大事そうに撫でながら、改めて言われたときにはむしろ心が痛んだよ。元手かかってないし、材料がパンツとボクの髪の毛だし、気軽に使い潰してくれた方がこちらとしては気が楽である。気に入ってくれたことに関しては素直に嬉しいけど、材料の秘密は墓まで持って行くことが確定した。
あと、聖女スキルについても相談してみたけど、この世界にはそもそも回復系の魔法が存在しないそうだ。
そんなわけで人前では使わないことを推奨された。
この世界がゲームなら、パーティーに回復職がいないというのは結構キビシイ設定に思うけど、ひょっとするとジャンルはAVGなのかもしれない、とか思った。ジャンルを推測したところで何かが変わるわけではないから、どうでもいいけど。
さて、気持ちを切り替えて今日こそは冒険者ギルドに行こう。
頑張るぞー!
◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルドに来る前、ボクの職業とランクは、表向きには魔道具使いのランク8を表示するようにオルカさんに言われた。いろいろとボクのことを考えてくれてありがたいことだ。本当はボクが自分で考えておかなきゃいけないんだろうけど。
そしてボクは今、ひとりでクエストを選んでいる。
ゲームなら最初の街の周辺で出る敵は弱い。けど、今はゲームではない。ホワイトゴーレムのようなイレギュラーもある。仮にクエストの内容がファンタジーの雑魚敵代表格のスライムやゴブリン退治だったとしても、行った先でとんでもない強敵と遭遇する可能性もあるのだ。
ボクは初心者だ。出来る限り余計なリスクを避けるために、いくつか選んでオルカさんにお伺いを立てるという方法が無難か。
オルカさんはたぶん凄く強い人なんじゃないか、と思う。
ホワイトゴーレムを斬ったあの光景。目を瞑れば鮮明に思い出せる。
あんなことが出来る人だ。相当な熟練者なのだろう。心強い限りだよ。
クエストはたくさんある。
『◯◯◯を退治』とか『◯◯◯を採集してきてください』とか『◯◯◯まで配達をお願いします』とかいろいろだ。
順番に端から読んでいき、中程までいったところにそのクエストはあった。
『聖女及び傭兵募集。
伝説の勇者カシム・アッカーシャが共に大魔王と戦う者を募集。腕に覚えのある者はフリージアのアッカーシャ商会まで。
同時に聖女の職業を持つ少女を探してます。情報を持っている方は最寄りのアッカーシャ商会まで。無論、本人でも構いません。お待ちしております』
伝説の勇者!?
大魔王!?
聖女!?
トンデモナイ単語が並んでいるクエストがあった!
(聖女ってボクのことなのかな?)
オルカさんの話では、他に聖女の職業を持つ者は知らないらしい。さすがのオルカさんも全知というわけじゃない。超が十個くらいつくマイナー職なだけで、実は複数いる可能性もある。
だけど、だ。
ここでゲーム脳を働かせるならば──
(イベントだ。それも重要な)
ボクには何か使命があるらしいけど、まさか大魔王を倒せとかいう無茶ぶりじゃなかろうか?
大魔王といえば──
手刀が最強の剣。
魔法そのものを素手で弾く。
最弱の炎の魔法が、人間最強クラスの魔法使いが使う最強の炎の魔法より強い。
最強の炎の魔法が火の鳥みたいな形になる。
攻撃、防御、魔法。それらの動作を同時に行える。
そんなチート能力の持ち主なイメージがある。
凡人のボクが加わってどうにかできるとは思えない。
関わりたくないのが本音だ。だけど、話くらいは聞いてみたい。
何故ボクがこの世界に連れてこられたのか、何をしなくちゃいけないのか、どうすれば元の世界に帰れるのか、そのヒントがあるかもしれない。
それに伝説の勇者という単語に惹かれないかと言われれば、答えは惹かれる。
この世界ならいてもおかしくない。
凄く強くて、正義感があり、格好いい。
そんな人だ。背が低いパターンもあるかもしれない。ボク的には女勇者というのもありだ。名前からすると男だろうけども。
そして何よりも、この世界がゲームの世界だとすると、その人の可能性がある。
主人公だ。
勇者という立場なら可能性はかなり高い。そしてエロゲーならば、主人公の傍にいるはずである。
凄く可愛い女の子。ヒロインだ。
まだ勇者と出会ってないかもしれないけど。
格好いい勇者見たい! 可愛いヒロインはもっと見たいっ!
思案していると後ろの方が騒がしく、集中が途切れた。
振り返ると、世紀末にいそうな怖い顔した二人組──片方は背中しか見えないけど、服装のセンスと体格がもう一人と似ているのでたぶん怖い顔──がオルカさんに絡んでいるみたいだった!
(たたた大変だ! オルカさんがカツアゲとかされているのかもっ!?)
いくら剣でホワイトゴーレムが斬れるとはいっても、オルカさんは剣を抜いていない。その状況で怖い顔した二人組に至近距離で挟まれている。恩人が大ピンチだ!
ボクの武器はホーリースタッフ。最低出力で撃てば、拳で殴る程度の威力に落とせる。いざとなったら使おう。最悪、ボクは怪我がすぐに治るし、勝てそうになかったらオルカさんの盾になって、ボクがボコボコに殴られてでも助けるのだ。
震える体を抑えつけ、恐怖を飲み込み、動こうと決意する!
だけど男二人はオルカさんがパーソナルカードを見せた途端、急に怯えた表情で外に逃げ出しす。その時、背中を向けていた方の男の鼻から血が流れているのが見えた。
オルカさんと目が合う。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、さっきの人、怪我してましたけどどうしたんですか?」
「ラッキースケベでテーブルとキスしたんだよ」
「えっ!? そういうのでもLSPって消費されるんですか!?」
何それ怖っ! 超怖っ!
ボク自身、LSPの最大値が高いから悲惨な目に遭うかもしれない。無機物に後ろ掘られたりとか。有機物でもゴメンですが。
とすると、さっきの二人組はオルカさんのLSPの高さに怯えたのか。痛い思いした直後だし、万が一にも巻き込まれたくはないのだろう。カツアゲじゃなくてよかった。
ボクとオルカさんの場合なら、お互いが一般的な数値よりかなり高い。もしオルカさんのラッキースケベに巻き込まれてボクが怪我をしたとしても、お互い様ということで、たぶん許せる。それでもし、オルカさんの方が痔になったりしたら治癒魔法で治してあげようじゃないか。直接触らない方法で。
などとLSPの被害と治癒魔法の使い方をわりと真剣に考えていたら、クエストについて聞かれたので『傭兵及び聖女募集』を見せた。
そして勇者という魅惑のワードに思いを馳せていたら、その幻想は簡単に打ち砕かれる。ボクが想像しているような人とは全然違うらしい。そこは残念だけど、出来れば聖女を探す理由とかは知りたい。
そこに、ボクの状況を好転させる情報があるかもしれないのだから。
「オルカさん、これ、受けてもいいですか?」
迷惑をかけてばかりな上に、ボクの意味不明な事情に巻き込むかもしれないのは申し訳ない。もし反対されたらここは一度素直に引き下がろう。そして数日の間手頃なクエストをいくつかこなして当面の路銀を稼いだら、何か理由を作って、一人ででもこのクエストを受けよう。
そう、覚悟する。危険すぎると分かったら逃げるかもだけど。だって死にたくないし。
「ああ、もちろんだ。受けよう」
その覚悟はすぐに杞憂になった。が──
「──世界の危機だ」
その言葉と彼の真剣な眼差しに、ボクは息を呑んだ。そして、恥ずかしくなる。
同じクエストを見て、ボクは自分のことしか考えていなかった。
(オルカさんが世の中のことを考えているのに、仲間のボクときたら何が可愛いヒロイン見たいっ! だ。……最低だ)
それでもやっぱり見たいという気持ちが消えない辺りが嫌だ。
ここ別の世界だからボクには関係ないし~、とは思えない。昨日、木から落ちた少年のことを知って、苦しい気持ちになったばかりだ。オルカさんのように世界の人々のことを考えたりは出来なくても、ボクにも出来ることはあるかもしれない。
何か役に立つ魔道具を作ったり、どうにかしてこっそり治癒魔法をかけて怪我をした人を助けたりとか、支援要員だ。
オルカさんだって、何もいきなり勇者と一緒に大魔王とやらに挑むと言っているわけじゃない。今後の方針はもう少し詳しいことを調べてからでいいだろう。
それでも、ボクの中での最優先順位が元の世界に戻ることなのは変わらない。それが少し申し訳ない。
当面はイベントの流れに乗ることで、事態が好転することを祈るとしよう。
◇◆◇◆◇◆
そこからのオルカさんの行動は迅速だった。
クエストを受け──オルカさんがパーティー申請したら何故か受付のお姉さんが驚いて、ボクの方をチラチラ見ていた。こんな弱そうな奴に冒険者なんて出来るのか? とか思われたのかもしれない。
宿に戻って引き払い──ボクはチョコチョコと着いて行っただけだ。
新しい革鎧を購入し──何でも男にしか分からない理由で前の鎧は捨てたとか。教えてくれれば分かってみせるよ!
フリージアまで急ぐために馬を用意し──つぶらな瞳が可愛い。この馬がビーストくんに違いない! ちなみにボクは乗れないので一緒に乗せて貰います。
早めの昼食を摂ると、早速パッカパカと馬を走らせて出発した。
あと、ボクの当面の生活費だけど、オルカさんがいい案を出してくれた。
ボクを襲ったホワイトゴーレム。あの岩は高級石材として買い取ってもらえるそうだ。かなりの重量があるから相応の準備がないと運ぶことが出来ないのと、本来ならその準備にかかる費用と、ホワイトゴーレムの残骸の形から減額されることを考えると、わざわざ回収するうま味が少ない。
だけどボクにはパンツ袋がある。運ぶのは問題ない。
つまりは残骸がまだ残っていると思われるので、次の街への通り道だし、ついでに倒したホワイトゴーレムを回収して路銀に変えてしまおうという作戦だ。
しかし────
ホワイトゴーレムの残骸は、ボクを攻撃した三発の岩塊を残し、綺麗さっぱり消えていた。