第16話 プレゼント
「おやすみなさい」
その言葉と笑顔に、心臓がドキッ、とした。
◇◆◇◆◇◆
「すまん。ちょっと聞き間違えたみたいだ。もう一回言ってくれ」
朝、目を覚まし、身支度を整え、イリーナと朝の挨拶を交わす。
その直後、イリーナに言われた言葉をどうやら俺は聞き違えたらしい。
「サリラの腕輪っていうアイテムを昨夜作ったんですが、よかったらオルカさん使いませんか?」
聞き間違いじゃなかった!
「サリラの腕輪ってあれだよな? 確か一定時間ごとに小回復効果が自動で発動する魔道具」
「ええ、それです。初めて作った試作品なのでうまく出来ているのか分からないんですが、ボクが使ってもあまり意味がないですし、よかったらオルカさんどうかなって思って」
魔道具製作で一番大変なのは材料集めだと聞く。高位の魔道具ほど材料が希少になる傾向があり、中には材料が希少な上に、ランクの高い錬金術師や生産職が作り出す素材が必要になることもあるそうだ。しかも、魔道具製作にかかる日数も高位の魔道具ほどかかるらしい。
サリラの腕輪は結構高いランクの魔道具だったはずだ。
戦闘に年単位で使えるのか? と疑問に思えるような布製のものでも五十万以下で売っているのを見たことがないし、通常の相場は安くても八十万くらいはする。
値段がそれなりにするのは素材集めと、何より作れる者の希少さによるものだろうが、少なくとも寝る前の短い時間で作れるような代物ではないことは、専門ではない俺でも知っている。
「あっ! 別にオルカさんを実験に使おうってわけじゃなくて回復効果だしどれくらい効果あるのかとか使い心地とかどうかなって思って────んっ? これって実験???」
俺が黙っているとイリーナは何か勘違いしたのか、何故か言い訳めいたことを口走り、自分で言ったことに疑問を感じていた。
イリーナが俺に何か悪さをするとは思っていないが、その反応はかえって怪しいぞ。
「サリラの腕輪なら売ればいい金になるぞ」
「売ってお金にしようとは思ってません」
「何で?」
所持金0Gなら纏まった金が欲しいはずだ。店に売れば少なくとも一ヶ月以上は凌げるだろう。
「それは……え~とっ…………あれです!」
あれってどれだ?
「オルカさんをイメージして作ったので、売ったりする気はないんです!」
「ほう?」
この俺をイメージしたと? そいつは興味が湧くな。言うなれば、イリーナが俺をどう見ているのか、その一端を表わしているということだ。
「分かった。そういうことなら遠慮なく貰おう」
かなりの高級品だし、もし今日収入がなかったら腕輪のお礼だとか言って、当面の生活費は俺が負担すればいい。
「これです」
どうぐぶくろから白銀に輝く綺麗な腕輪を取り出すイリーナ。
いいよなぁ、あの袋。一回だけ売ってるの見たことあるけど、その時売ってたやつが俺のリュックサックふたつ分の容量で一千万Gだったんだよな。
そんなことを思いつつ、渡された腕輪を受け取る。
「────っ!?」
(えっ……嘘だろ? あれっ? ……マジか!?」
手にして、その腕輪を見た瞬間、俺は目を疑い、その直後息を呑んだ。
その腕輪はミスリル製だった。
ミスリル鉱石は金よりも希少だ。それを扱うには一流の製錬技術を必要とする。
腕のいい鍛冶屋が鍛えたミスリルの剣は、一流の剣士が使えば闘気を使わずとも鉄の防具を切り裂き、刃こぼれ一つしないという。
そしてミスリルの防具は闘気を使用しない斬撃くらいは難なく防ぎ、魔法攻撃も大きく軽減する効果を持つ。
武器や防具、魔道具に錬金術、装飾品や調度品まで、欲しい奴はいくらでもいる鉱物だ。
当然、価格もその分高い。純度とかは俺には見ただけじゃ分からないが、これだけの量だ。ミスリルの素材として見ただけでも最低二百万は下らない。実際にはもっとするだろう。しかも高ランクの魔道具である。装飾品としても綺麗だ。
相当な値が付くアイテムなのは確実だな。
「これを……俺をイメージして作ったのか……」
強く、頼りになり、才能豊かで、格好いい、とても希少な男。
そんな感じか?
うん。合ってるな。
思っていたよりも遙かに高価な品だが、俺にも使える回復効果のある魔道具というのは剣士としても助かる。
それに価値のことであまり受け取り拒否をするのも、この場合野暮と言うものだろう。
これが男から渡されたものなら「金目のものだラッキー」で済む。使うなり売るなり俺の自由だ。
だけどイリーナは美少女である。
“美少女”が“俺をイメージして”作ったものだ。
“美少女”が“俺のことを考えて”作ったのだ。(←脳内変換)
“美少女”が“俺を想って”作ったものである。(←さらに変換)
これを受け取れない奴は男じゃない。
「ありがとう、イリーナ。大切にするよ」
「た、たいしたものじゃないですよ?」
心を込めて礼を言ったら何故か目を逸らされた。恥ずかしがっているんだろう。
俺は腕輪を左腕に装備する。
全くの違和感なくフィットした。装備していることすら忘れそうな程の一体感だ。すげぇな、これ。
「どうですか?」
「ピッタリだ。ここまでシックリくる装備は初めてだな」
「それは大げさですよ」
クスクスと笑うイリーナ。だけど満更ではなさそうだ。
「よしっ、朝飯行くか! イリーナがよければフルコースでもいいぞ」
「あ、朝からフルコースはちょっと……」
苦笑するイリーナ。
まあ、冗談だが。望めばホントに応えるけどな。
俺は朝っぱらから気分良く、イリーナと何を食べるか話しながら階下に向かった。