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第13話 はじめてのくえすと


「いえ、何もありません。大丈夫です……」


 俺がどうかしたのかと訊いたら、イリーナはそう答えた。だが“大丈夫”というような雰囲気ではない。

 怪我や病気が原因ではないだろう。自己修復能力があるとか言ってたし、そこは目の当たりにした以上、疑ってないからな。


 俺はとりあえず隣に座ってソフトクリームを差し出す。


「どっちにする?」

「…………じゃあ、バニラで」


 そう言ってバニラソフトを受け取る。が、アイスを食べるという気分じゃなくなったのか、なかなか食べ始めない。


 俺はというと、チョコソフトを一舐め。


 アイスの一番の食べ時は半溶けだと思う。

 口に入れた瞬間にその甘さと冷たさが口の中全体に広がり、アイスは体温によって溶け、するりと喉を通る。

 味覚と食べやすさ、その両方をどちらも高い水準で確立させたソフトクリームというこの食べ物は、作った後の携帯性と保存性に目を瞑れば、アイスの王様と言っても過言ではないのではないだろうか。


 ちなみにアイスには時限式の冷却魔法──別料金でソフトクリームの倍額だ。金に余裕があるので何となくやってみた──がかかっており、食べ始めるか約十分が経過するまでは、高温に晒さない限りは溶けることはない。そして、もうすぐ購入してから十分が経過する頃だ。


「イリーナ。早くしないと溶けるぞ」

「…………はい」


 俺の言葉に、イリーナは仕方なくといった体で、そのふっくらとした唇と舌でバニラソフトを舐めた。目に少し生気が戻る。


「────美味しいですね、これ」

「だろ?」

 

 人間、美味い物を食べて不機嫌になるやつはいないからな。あるのは好みの差だけだ。


 二人、座ったまま、無言で味わう。


 程なくして、二人とも食べ終わった。さて、


「もう一度訊くが、何があった?」

「いえ、本当に何も──」

「何もなかったらそんな顔はしない」


 俺はイリーナの言葉を遮る。


「イリーナ。俺たちはパーティーを組むんだろ。つまりは仲間だ。俺はそんな顔をした仲間を放っておくなんて出来ない。それが迷惑だというなら、うまく隠してくれ。出来ないなら頼れ。そんな顔で何もないなんて言われる方がよっぽど迷惑だ」


 ちなみに落ち込んでいるパーティーメンバーが男だった場合は放置だ。


 仮にその男を心配する美少女がいた場合は「そっとしておこう。あいつならきっと自分で答えを見つけるさ。俺たちが今することは心配することじゃない。信じることだ。それでもし、あいつが俺たちの力が必要だと頼ってきたら、そのときは全力で応えてやろう」なんて言いつつ、美少女を遠ざけるのだ。慰めている内に美少女の母性本能とか刺激して、後に間違いでも起こったらタイヘンだからな。


 ってか、今は架空の男のことなんてどうでもいいんだよ。イリーナのことだ。


「これで最後だ。何があった?」


 最後というのは、これで教えなかったら見捨てるという意味じゃない。穏便に訊くのが最後だという意味だ。俺は美少女を見捨てたりしないからな。


 さて、どうしてくれるか……。やっぱりアレか。


(悪い娘にはおしりペンペンの刑だな!)


 そして反省したら、イリーナの腫れたお尻を優しく撫でてやろう。


(あっ、そういやすぐに治るのか?)


 何という忌々しい能力なんだ。他のテを考えねば。


「…………実は…………」


 あ、話すのか。

 俺は脳内俺に首輪と鎖とカメラと牛乳の準備をストップするように指示を出した。


「昨日、ボクのせいで起こった爆発で、そこの木に登っていた子供が落ちたそうです」

「なるほど。それで?」

「えっ?」

「んっ?」


 続きを促したら驚かれた。


「え、と……それだけです……」


 すげぇ短いな。しかしなるほど、死んだのか。そりゃ落ち込みもするか。


「そうか……。子供にはかわいそうなことをしたが冥福を……」

「あ、違います違います! 無事だそうです」

「無事ならよかったじゃないか」


 子供は無事、と。なら悩みは……。


「…………無関係の人間を危険に晒したから落ち込んでいるのか?」

「……はい……」

「そう言えば、何であそこまで強力な魔法を使ったんだ?」


 そもそも、あんな魔法を使わなくても何とかなったんじゃないのか、とは思う。今さら言っても仕方ないが、原因が分からないと答えようがない。


「初めてだったんです。戦ったりするの。もっと弱い攻撃でもいいかな? とは思ったんですが、それで倒せなかったら死ぬかもしれないし、余力があったから攻撃は強いに超したことはないだろうって思って全力でやったらあんなことに……」


 魔道具使いのマスターランクの能力者が初戦闘って……冗談かと思ったが、そんな雰囲気でもないな。演技でここまで顔色は変わらないだろう。そうなると記憶喪失という“設定”もあながち嘘とは言い切れなくなるな。


「それで、イリーナはどうしたいんだ?」


 重要なのはそこだ。


「…………分かりません。ボクのせいでどこかで誰かが怪我をしたり、ひょっとしたら死んだりしたんじゃないかって思うと申し訳なくて、どう責任を取ればいいのか分からないんです」


 落ち込んでも仕方ないだろう。だが、気にするなというのも無理があるか。結局のところ、開き直りと取られるかもしれんが、出来ることは限られているだろうに。 


「たぶんだが、死んだ奴はいない」

「えっ! 分かるんですか!?」

「あのタイミングで足場の不自由な高いところに登っているような運の悪い奴なんてそうそういないだろう。それにいくら風が強かったとは言っても精々数分の出来事だ。建物の中に入るなりすれば済む話だし、出来なきゃ伏せればいい。爆発からはこの街が一番距離が近いが、街中に目立った被害はない。距離があけば爆風の威力は当然落ちる。この街に問題がないなら近隣の街はもっと大丈夫だ。怪我人だって回復アイテムを使えば大抵は治る」


 無論、絶対ではない。が、ほっ、と息を吐いて安堵しているイリーナには言わない。

 昨日の今日だし、街でもさぞ話題になっているだろうから、この街で実際にはどれくらいの被害があったのかは、調べればすぐに分かるだろう。それを調べてさらに落ち込ませる気はないが。


「イリーナは記憶喪失だと言っていたが、自分の能力をどれくらい把握してるんだ?」

「それが……実はあまり分かってなくて……頭の中に出来そうなことが浮かびはするんですけど、まだ試してなくて、正確には分かってません」


 頭の中に浮かぶ? ちょっと言ってる意味が分からんが、自分の能力を把握していないということは分かった。


「だったら、試せばいい。自分に何が出来るのかを。そうすれば、今度は同じ失敗はやらないだろ?」

「…………はい」

「今回のことは気にするなとは言わない。むしろ気にしろ。気にして、同じ失敗を繰り返さないようになるまで努力をする糧にしろ」


 俺自身、ランク1の剣士になるまで努力をしたクチだしな。才能だけでやれる範囲なんてタカが知れている。


 最も俺の場合、動機が女とエロいことしたり、女とエッチなことやったり、女とエロスを楽しんだり、女にびぃすとのお世話をしてもらったり、といったのが大半だが。あとは精々強さに対する憧れであったり、金儲けだったりするくらいか。


 まあ、動機なんて何でもいいのだ。結果が伴えば。


「分かったか。イリーナ・レティス・セラフィム」

「────はいっ!」


 ふむ。元気が戻ってきたか。


「…………よしっ!」


 俺はベンチから立ち上がる。


「ギルドに行くのは明日にしよう。今日は遊ぶ!」

「ええっ!?」


 イリーナが困惑する。努力をしろと言った直後だしな。


「ただし、遊ぶのは俺だけだ。イリーナは仕事だ」

「──はい。頑張ります!」


 キリッ、と表情を引き締めて立つイリーナ。顔がすごく整ってるから、そういう表情は様になる。凜々しいというよりは可愛いという方が際立つが。


「イリーナの初クエは難易度が高いやつを俺が用意してやる」


 ちなみに初クエとは、冒険者になって初めて受ける依頼のことである。


 息を呑むイリーナ。その表情に緊張が走る。


「が、頑張ります」


 あっ、ちょっと腰が引けた。


「今日一日俺と遊んで俺を楽しませろ!」

「はいっ!────えっ?」


 勢いで返事をした後、キョトンとした。


「あ、あの……それって……?」

「何だ、不服か?」

「え、っと……それは仕事とは関係ないんじゃあ……?」


 戸惑ってるな。まあ、ギルドを通していない以上、厳密には初クエとは言えないからな。


「ギルドで受けられる温いクエストと一緒にしてもらっちゃあ困るな。俺を楽しませるのは難しいぞ? 選り好みが激しいからな!」


 主に女の容姿に関してだが。その点イリーナは合格だ。


「クエストの報酬は昼、夜、朝の三食と今夜の宿代。それと今日一日で使う遊びの費用だ。今なら特別サービスで明日の昼食と夕食もつけよう。この依頼、受けるか!?」


 腕を組み、胸を反らせ、ちょっと大げさなくらい、尊大に言ってみた。


 ここで断られたら流石の俺もちょっと傷つく。


「────ぷっ」


 するとイリーナは堪えきれないように吹き出した。


「やっぱりいい人ですね、オルカさんって」


 それは男に対しての褒め言葉じゃない。“格好”を言い忘れたんだな。


 それにしても、笑うと魅力が倍増するな。宿で一揉みしたときとはまるで違う、作った物ではない本当の笑顔だ。


「はい。その依頼、受けます」



 にっこりと──とても柔らかく、微笑んだ。



 やべぇ、イリーナやべぇ。超可愛い。


「んじゃあ、行くかっ!」


 俺はイリーナの手を取る。恋人つなぎだ。


「ひ、一人で歩けますからっ!」


 手を解こうとするが無視する。


「オ、オルカさん?」


 あー、あー、きーこーえーなーいー。



 厳密には初クエとは違うが、これもイリーナの初めてをひとつゲットしたってことで。



 俺はイリーナの抗議の声を右から左に聞き流しながら、どこに行こうか考えつつ、彼女の手を引いて公園を出た。



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