第11話 魔力収束砲と、その代償
「オルカさん。あんなところであんなことしちゃいけないんですよ!」
「悪い悪い。俺だって悪気はなかったんだよ。ただ、こう、ちょうどいいところにあると自然に手が動くのが男の性というか、LSのお約束というか、とにかく無意識の行動だ。許してくれ」
ボクも一日前までは普通の男だった。言いたいことは分からなくもない。だけど、街中で恥ずかしい思いをしたのは事実。
支えてくれたのは助かった。しかも相手は命の恩人。
感謝している。物凄い恩もある。
それでも、頭にくることはある。
あんなにいっぱい揉まれたのだ! ムフフとか笑ってたし!
ボクでさえまだあまり揉んでないのにっ!(←一番の沸点)
「すまん。この通り!」
ボクがぷんぷん怒っていると、オルカさんは素直に頭を下げてきた。
他の人ならともかく、オルカさんにそう下手に出られると、ボクとしては強く出にくい。
「もう、次はあんなことしちゃダメですよ?」
「それは約束できない」
おいっ!
そこは頷いておこうよ!
「だから転ばないように気をつけてくれ」
「うっ!」
二回経験して思ったけど、何かLSの発動って気を付けてどうにかなるものじゃない気がする。
「ぜ、善処します……」
う、裏を返せば何かあったらまたフォローしてもらえるってことだし? サッ、と素早く胸をガードすれば大丈夫……かな?
「お詫びにアイスでも奢るよ。前に来たときに、美味かった店がこの近くにあるんだ。買ってくる」
ちなみにここは先程の場所から移動して、近くにあった公園だ。それ程広いわけじゃないけど、それでも日本の街中にある児童公園の数倍の広さがある。
シーソーや滑り台、砂場などといった遊具やベンチがある辺りは、日本の公園と変わらない。公園に植えられた木の一本が、数本枝が折れているのが目立つくらいか。
公園にいるのは三人。
ボクとオルカさん。あとの一人は作業着を着ている四十代くらいのおじさんで、梯子を使って枝の折れた木に登っていた。
「美味しいアイスですか……」
アイスひとつで胸を揉まれまくったことを簡単に許したりしない。ボクは怒ってるんだぞ! ということを態度で示すために、プイッ、と顔を背ける。
「……バニラかチョコか抹茶を所望します」
ただし、好みの味だけは伝えるのを忘れない。
「まっちゃ? 何だ、それ?」
「────なっ!」
抹茶アイスを知らない!?
アイスの甘味の中に抹茶の絶妙な苦みが混ざることで本来は甘味と冷たさを楽しむアイスクリームを一段上のステージに上げることに成功したそれはまさに、
大人の味!
だ。
その抹茶アイスを食べたことがないどころか、存在すら知らないとは!
衝撃的な言葉だったけど、アイスの味で怒るわけにもいかない。ボクは抹茶アイスの良さが分かる大人なので。
それにしても、ひょっとしたらこの世界には抹茶アイスがないのだろうか?
少なくともオルカさんが知らないということは、そのお店にはないとみるべきか。
「……では、バニラかチョコで」
「了解。バニラかチョコな。そっちのベンチにでも座って待っててくれ」
「言っておきますけど、これで許すわけじゃないんですからね?」
「わかってるわかってる」
ニマニマと口元を緩めながら、公園から出て行くオルカさん。本当に分かってくれているのかな?
少々釈然としないものを感じつつも、大人しくベンチに座って待つことにする。
美味しいアイスとやらを想像しながら、待ってる間暇なので木に登っている作業着姿のおじさんを眺めていた。
木の高さは十メートルくらいだろうか。幹の太さは大人の一抱えから一抱え半程だけど枝や葉が多く、あまりヒョロッとした細長い印象はない。ボクから見て右側の枝が何本も折れているところを見ると、誰かが悪戯でもしたのかな?
その木の名称はサリラの木。
小指の先程の大きさの黄色い実をつけ、食べれば微量ながら疲労回復。潰して傷口に塗れば、ちょっとの擦り傷や切り傷はすぐに治ってしまう治癒効果がある。但し、一定以上の怪我には効果が薄い。厳密には効果が追いつかないという方が正しいか。
実は定期的に水分を与えれば数ヶ月の保存が利き、最も安価で、最も一般家庭に普及している回復アイテムのひとつらしい。
わりといろんな街に植えられていて、実を木から勝手に取ったら怒られるけど、地面に落ちた分は拾って持って帰っても問題ないらしい。
木を眺めていたらそんな情報が浮かんできた。
そしてその実は、ある魔道具の材料にもなるみたいだ。
魔道具『サリラの腕輪』
作成可能ランク5
材料 サリラの実、魔力布(または魔力革)、魔法の糸
効果 装備者に一定時間ごとの小回復
(…………)
材料の詳細を脳内検索してみる。そして思った。
ひょっとしたら、今日中にでも作れるかもしれない、と。
都合良く地面には実がいくつも落ちている。ボクは木の下に行き、その実を拾ってパンツ袋に入れていく。
いくつか拾ったところでふと顔を上げると、ボクはその光景に目を見張った。
木の上の方にいる作業着姿のおじさんが折れた木の枝に何かの液体をかけると、折れた箇所からみるみる枝が伸びた。その枝は直前まで折れていたのが嘘のようだ。
不思議な光景に、ボクはポカンと口を開けて見上げていた。おじさんがそんなボクに気づく。
「どうした、嬢ちゃん?」
「あまり見慣れない光景だったもので驚きました」
嬢ちゃんという呼ばれ方に違和感はあるけれど、おじさんに悪気があるわけじゃないので飲み込む。これはボクの方が早く慣れないとね。
「そうか? まあ、言われてみれば植物の治療なんて仕事や趣味が絡まなきゃあまり見る機会はねえか」
「一瞬で治るなんて凄いですね。それって何ですか?」
「これか? これは植物用のポーションだ。効果は見ての通り。便利なもんだな。がははっ」
おじさんは笑いながら空き瓶を腰のポーチに入れると、梯子を使ってさらに上の折れた枝に向かう。
「何本も枝が折れてますけど、何かあったんですか?」
何となくの質問だった。特別に知りたかったわけではない。本当に何となく、ただ、片側だけが何本も折れている不格好さに、見たままの疑問が口をついたに過ぎない。
それだけのことだった。が、
「昨日、すげぇ爆発があったろ」
「────っ」
その言葉に、心臓がドキッとした。
「あの時、この木には子供が登っていたみたいでな。風に煽られて落ちちまったのさ。枝はその時に折れたんだよ」
「────えっ?」
その言葉に、先程とは比較にならないほど心臓が跳ねた。
「あ、あのっ! その子供はどうなったんですかっ!?」
まさか────死────っ。
「無事だよ。運良く公園で風魔法を使う冒険者が寛いでいたらしくてな。そいつが風を操ってあの暴風の中を走って、子供を受け止めたらしい」
おじさんは「俺も魔法、見てみたかったぜ。がははっ」と野次馬気分で笑っているけど、ボクとしてはそんな気分になれない。
一歩間違えれば誰かが大怪我か、或いは死んでいたかもしれない。
しかも、その原因がボクにある。
ひょっとしたらボクが知らないだけで、他にも誰かが危険な目にあったかもしれない。
そう考えると、昨日、軽はずみで攻撃したことが、今さらながら怖くなった。
いや、軽はずみとは違う。あの時、ボクはボクで必死だった。何かを間違えれば、死んでいたのはボクかもしれない。それくらい、必死だったはずだ。
だからといって、無関係な人たちを巻き込んでも良いのか?
そう考えると、自分の取った行動の是非が分からなくなる。
「嬢ちゃん、どうした? 顔が真っ青だぞ。具合悪いならポーションいるか?」
「い、いえ、大丈夫です。人を待ってるので。お仕事の邪魔になるので失礼しますね」
ペコリとひとつお辞儀をしてその場を退散。ベンチに戻って深く座ると、大きく息を吐いた。
(参った。本当に参った……)
こんな状況は全く想定していない。“正しい行動”が何だったのかが分からない。
ボクが助かって、あの爆発が起こらないように威力を調整して、ホワイトゴーレムを倒すという可能性はあったのかもしれない。
だけどそれは、あの威力と敵の硬さを正確に把握していてこそ、選択が可能になるものだ。
それはボクの事情。
そんなこと、被害を被った人たちには関係ない。
(あー、ヤバイ。思考が堂々巡りだ)
たぶん数分くらいはそうしていただろうか。
答えがすぐには出そうにない問題に、俯いて頭を悩ませていたら、誰かがボクの前に立った。
「悪い。ちょっと並んで……どうかしたのか? イリーナ」
そこにいたのは、右手にバニラのソフトクリーム、左手にチョコのソフトクリームを持ったオルカさんだった。




