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第9話 魔道具使い


「ほんっとーに、ごめんなさい!」

「何度も言ってるけど、気にしなくていいぞ」


 ベッドを椅子代わりにして座る俺の前で、イリーナが何度も頭を下げる。


 この宿屋は一階が食堂兼酒場になっている。そこでお互いのパーソナルカードを見せて名前を名乗り合い、宿の主人に頼んでいた朝食──パンに野菜とハムとチーズを挟んだものと、スープとフルーツ、新鮮なミルクがセットでお値段七百G(一人前)──を食べているときの話だ。


 イリーナが「ここはボクに出させてください」と言ってきた。ちなみに代金は昨夜宿に着いたときに、前払いで支払っている。朝までにイリーナの服を洗濯して乾かすという条件もつけたので、少々多めにチップを渡していた。

 洗濯に出したイリーナの下着は、回収した下着の山の中から同じ色とデザインのモノがあったので、それを代わりに出しておいた。


 だったらイリーナの穿いていたパンツはどこにいったのか? 



 答えは俺のポケットの中である。



 聖女というのがどんな職業なのかは分からないが、その聖女が絶世の美少女で、その美少女が穿いていた生パンツだ。



 間違いなくお宝である。お守りにでもしよう。



 幸い、彼女は全てのパンツが回収されていないことを全く気にしていない様子だ。ポケットの中を探られない限り、この事実は明るみに出ることはない。それに、あれだけのパンツ量だ。一枚くらい問題ないだろう。(※犯罪です)

 せっかく俺に好意的な視線を向けてくるんだ。好感度を下げないように気をつけねば。


 なら、最初から全裸にするなよ。とも思わなくもないが、パンツをもらっただけで、全裸の美少女を前に耐えた俺をむしろ褒めたい。

 気絶した女に手を出す気は本当にないからな。


 今考えると、鎧を捨てたのは失敗だった。

 あの時は街に着くまでの間、背中で美少女のおっぱいの感触を堪能できるぜ! と、良い案が思いついたように思ったが、ずっとそうしていると欲求不満が溜まるのだ。


 おかげで昨夜は自分を抑えるのが大変だった。俺の戦歴のトップクラスに入るほどの厳しい戦いだったぜ。ドラゴンと戦ってる方がまだ楽だ。


 まあ、その話は今はいいんだ。

 実際、それ以外は何もなかったし。

 本当に、なかった。何も……。つるつるだ。


 それより今問題なのは、イリーナがお金を全く持っていないことについさっき気が付いたということと、命の恩人である俺が、宿代や食事代を全額負担したことを気にしすぎているということだ。


 俺なら「ラッキー、今日はツイてる」ですませるとこだが。相手があまり気にしすぎているというのも、こちらとしてはやりにくい。

 

「そんなことよりも、聞きたいことがいくつかある」


 俺がそう言うと、イリーナは


「……ボクに答えられるなら」


 と、真面目な顔で椅子に座る。

 相手の心の準備が出来ているなら早速いくか。


「最初の質問だが、昨日俺は凄い魔力が収束された光を見た。あれはイリーナがやったのか?」


 あれだけの魔力量だ。放てるのがそう何人もいるとは思えない。

 伝説級の魔眼を持つイリーナの仕業だと確信しているが、確認のためだ。


「……はい。まさかあんな爆発が起こるとは思ってなくて……。オルカさんは大丈夫でしたか?」

「ああ、別に何ともない」


 俺はな。


 しかし、イリーナの表情は硬いな。そんなに金のことが気になるのか。よし、強硬手段だ。


 むにゅっ。


「へっ?」


 俺の両手の平にやわこい感触。ほぼ同時に、イリーナが間の抜けた声を出す。


「きゃあっ!」

「おおっ!?」


 椅子に座った状態で、凄い速さで滑るように真後ろに移動するイリーナ。椅子には車輪も何も付いてない。ごく普通の椅子だ。すげぇ動きだな。


「な、な、な……」


 頬を赤くし、両腕で胸をガードしながら、イリーナは口をパクパクと開閉していた。


「にゃにしゅるんでしゅか!?」


 舌が回っていない。驚きすぎだろう。


「チャラだ」

「は?」

「今のひと揉みでチャラだ。だからもう金のことは気にするな」

「え、ええ~~~?」


 何故か困惑された。


 俺、美少女のおっぱい揉めてラッキー。イリーナ、俺が使った金のことを気にしないでよくなってラッキー。

 二人でハッピー。


 簡単な流れだ。


「俺としては変に気にせず、普通にしてくれた方が助かる」

「…………わかりました。普通にします」

「ああ……って、何やってんだ?」


 イリーナが椅子に座って姿勢を正す。


 なんか距離が最初の数倍離れてる。目が合うと、にっこりと微笑まれた。


「お気になさらず。質問をどうぞ?」


 ひと揉みで警戒させてしまったか? そういや、キスもはじめてっぽかったな。

 まあ、いい。本人もすぐに気にしなくなるはずだ。本当に嫌なら部屋から出て行ってるだろう。さっき生着替えを間近で見物しようとしたときみたいに。あれは俺が部屋から出る方だったが。


「本題だ。イリーナ」

「はい」

「キミは何者だ?」

「…………」


 静寂。

 イリーナは目を瞑る。しばし沈黙が続く。


 聞かれたらマズイことなら、警戒心から緊張が走るなり何かしらの反応があり、問題がないなら答えてくれると思ったんだが、静寂。

 リアクションを待っていると、イリーナが口を開く。


「…………分かりません」

「分からない?」

「はい。ボクには多くの記憶がありません。だから“ボクが何者なのか?”という質問には答えられません。むしろボクが知りたいです」


 真剣な目だった。

 その美しい金眼には一切の曇りがない。

 美少女がこんな目をして言うならば、信じてみても良いか。そう思えるくらいに、魅力的な表情だ。思うだけで、鵜呑みにはしないが。


 それに、元々興味本位で知りたいだけし、答えられる範囲で答えてくれればいい。


「そういうことなら仕方がないか。なら、聖女という職業とチートっていうランクはなんだ?」

「? 何ですか、それ?」

「イリーナのパーソナルカードに書いてあったじゃないか」


 言われてカードを取り出すイリーナ。


(おいおい、まさか気づいてないのか?)


 いや、自分の所持金を把握してなかったのならあり得るか。

 考えてみれば俺自身、LSPが消費されたっぽい出来事に巻き込まれたときや、ランクが上がったとき、所持金が大きく増減したとき、残高が心許なくなったとき、それくらいでしかあまり見ないな。


「あ、ホントだ。変わってますね」

「ランク上がったのか。おめでとう」

「ありがとうございます。上がったから変わったのかは分かりませんが、ランクだけじゃなくて職業も変わってます」

「はあっ!?」


 俺は耳を疑った。


 ランクは条件を満たせば上がっていくが、職業については生涯変わらない。少なくとも変わったという話は聞いたことがない。


「前に表示されていた職業とランクは何なんだ?」

「職業が魔道具使いで、ランクはマスターでした」

「いや……いくらなんでもそれは……」


 フカしすぎだろう。


 魔道具使いはそれ程多くはない。職業欄に魔道具使いと表示される者は、という意味だが。

 実力を問わなければ、全体的にはそこそこいるかもしれない。


 魔道具使いの才能を持つ者が、使い手によって性能が変化するタイプの魔道具を手にすると、その道具の使い方が誰に教わることもなく理解できるという話だ。

 その理解の深さがランクの高さとして表示されるわけだが、ランクが低いと上位の魔道具を装備したところで、その性能を満足には発揮できない。使い方が感覚的に理解できないからだ。


 例えば、剣型の魔道具があったとして、魔道具としての特殊能力の使用制限がランク5以上だとする。

 この場合、剣として使用することは誰でも出来る。だが、“魔道具として”使用するには魔道具使いとしての実力がランク5以上に相等する必要がある。


 しかも、ランクが高くなればなるほど、魔道具への理解が深まり、材料さえあれば自作出来るほどになるという話だ。

 ランク9になれば、どの街でも売っているような生活で使える魔道具──小さな火や水を出せる物だ──が制作出来るらしい。


 マスターランクの魔道具使いなら、たぶん世界中の魔道具を使うことが出来るんじゃないだろうか。そして、マスターランクの魔道具使いに制作出来ない魔道具を作れるとしたら、最早そいつは神だ。それ程の能力である。



 イリーナの言うことが本当なら、おそらく彼女は世界で唯一人の、マスターランクの魔道具使いだ。



 そんな存在がいれば、当然有名になる。そのランクに到達出来るまで隠し通せるものじゃない。だけど俺は、イリーナ・レティス・セラフィムという名の魔道具使いは聞いたことがない。

 だからこそ、流石に嘘だと判断したんだが──


「って、何やってるっ!?」


 イリーナがパーソナルカードに凄い量の魔力を込めだした。


「何だかこうやったら表示が戻るっぽいです。……出来た!」


 そう言ってカードをこちらに向ける。



 名前 イリーナ・レティス・セラフィム


 LSP 650/1500


 職業 魔道具使い


 ランク マスター


 所持金 0G



「…………」


 絶句。


 魔道具使いのマスターランクであることもだが、表示が変わっていることに何よりも驚いた。


「何だか魔力をいっぱい込めれば変わるみたいですね。変更できる箇所は決まってるみたいですが」


 そう言いながら、ランクを3だとか15だとかに変えるイリーナ。

 何度か切り替えた後、息を吐く。

 魔力の供給を止めて暫くすると、表示が聖女でチートに戻った。


「どうやら変わるのは一時的なものみたいですね。……どうしました?」

「いや……それが聖女って職業の能力なのか?」

「能力は……自己修復能力というか、自分の怪我がすぐに治るみたいです。あとは……………………チートっていうランクについては分かりません」


(今、かなり間があったが、他にも何かあるのか?)


 疑問が浮かぶが、俺が口にしたのは別の言葉だった。


「なるほどな。昨日、イリーナの怪我が自然に治るのを見た。それでか」


 ひとつだけ、納得がいった。そんな能力、持っている人間は他に知らないが。

 その辺り、彼女は分かってないような気がする。


「イリーナ。自覚がないようだから言っておく」

「……はい」


 俺の真剣さが伝わったのか、イリーナも居住まいを正す。


「面倒ごとに巻き込まれたくなかったら、今後、他の奴の前で今みたいなことをしたり話したりしない方がいい」

「今みたいなこと?」

「パーソナルカードの表示を変えるのを見せたり、マスターランクの魔道具使いってことや、怪我が治るってことだ。俺以外だと騒ぎになるかもしれない」

「分かりました」


 素直に頷くイリーナ。それにしても、



 どうやら俺は、思っていた以上にとんでもない美少女を拾ったようだ。




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