プロローグ
「グルル……」
洞窟の天井にビッシリと生えた微かに光る植物と俺が出したライトの魔法の明かりが真っ暗闇を払っている中、獰猛な魔物のうなり声が聞こえる。
体長約2メートルの白い狼。魔獣ホワイトファング。
今回のクエストでの討伐対象だ。
ホワイトファングの周囲には十数頭の通常の大きさの白い狼がいた。こちらは普通の獣だ。
魔物と普通の生物の違い。
それは闘気や魔力を操れる人類種を除いた全ての生物の総称を魔物と呼び、中でも獣が魔物化したものは魔獣と呼ぶ。
情報によると、今俺の目の前にいるホワイトファングは身体能力が強化されていて、特に厄介なのがその体毛だという話だ。
剣も槍も矢も通さず、攻撃魔法のダメージすらをも大きく軽減する体毛――鋼毛種と呼ばれる、魔力を通すことで鋼のように堅くなる体毛に全身を覆われた獣。並の人間では為す術のない強敵だろう。
滅多にお目にかかれず、討伐してその毛皮を売れば最低半年は多少の贅沢をしても遊んで暮らせるだけの金が手に入る。無論、クエストの報酬とは別だ。
美味い。
美味すぎる。
鋼毛種の魔獣の中でも狼系は人気があり、高値で買い取られる。魔法道具や防具の素材として利用価値が高く、性能がいいものが作れるのだ。
おまけに白! 明かりが弱いのでどれくらい白いかは分からないが、もし純白で毛皮の状態もよければ買い取り価格が跳ね上がる!
綺麗に――できれば心臓あたりをひと突きで殺せれば二年分以上の生活費にはなるだろう。
それだけの金が入れば歓楽街のはしごだって余裕だ。
(夢が広がるなっ!)
並の冒険者だったらホワイトファングに出会えば己の不運を嘆くだろう。
一流の冒険者が五人くらいでパーティーを組んでいたらひょっとしたら何とか生き延びるかもしれない。
俺はソロだ。
しかし問題ない。
なぜなら俺は強いからだ。本気出せば鋼鉄を豆腐を切るくらい簡単に斬れる。ひとりで鋼毛種の魔獣を狩ったことなら過去に何度かある。
報酬を歓楽街で1週間で使い切ったのはいい思い出だ。
剣を構える。
「どうした獣。来ないならこっちから行くぜ?」
そして死んでくれ。俺のために。
後のことを考えると身体が疼いて仕方がない。
俺は早く終わらせるために自分から狼の群れに突進した。
「ガアァッ!」
ホワイトファングが吠えると、周囲の狼が俺を囲むように散る。
そこから一斉に飛びかかられてはたまらない。
そこらの戦士ならな!
「愚策!」
剣に闘気を纏わせる。刃が光り輝く!
闘気の制御――闘気法は基本的には身体能力を向上させる技だ。だが、俺が修めている王国最強とも言われる剣術の流派――覇王流の奥義には、闘気を装備品に纏わせて防具はより頑強に、刃物はより堅く、切れ味を鋭くすることを可能とするものがある。その奥義の中には闘気を刃として飛ばす技――闘刃という便利な技すら存在するのだ。
今の時代で、覇王流の奥義の修得に成功した者は現在五人。
その内のひとりが俺――オルカ・アーバレストだ。
俺は走りながら一回転。その際に闘刃を円状に放った。
ザンッ!
俺に迫っていた狼の群れはその一撃で両断。
この技は周囲に攻撃が可能な代わりに威力が乏しい。横一列になったただの狼なら難なく倒せるが、纏まって来られると後列が倒しきれないから一頭ずつ相手をしなくてはならないところだった。
散ってくれたおかげで楽が出来た。サービスいいな、こいつら。
俺が技を出し終えたタイミングを見計らうように、ホワイトファングが飛びかかってきた。
迫る鋭い爪と牙。
ホワイトファングの強化されたその爪はナイフのように切れ味鋭く、その牙は鉄の鎧すら噛み砕くという。俺の革鎧など、奴にとっては大した障害にならない。
「あ、やべ」
ホワイトファングの動きを目に捉え、口をつく言葉。
俺は雑作もなくその攻撃を避けると同時に、闘気を纏った剣を振り下ろしていた。
剣はホワイトファングの首に吸い込まれるように向かい、止める間もなく両断する。
隙だらけだったから反射的に首を落としてしまった。
多少減額されるかもしれない……まあいいか。それでも結構な金になる。
毛皮、爪、牙といった素材として買い取ってもらえる部位をその場で解体。これだけの大きさだと洞窟の外まで運ぶのも一苦労だからな。入り口まで普通に歩いて一五分くらいかかるし、最寄りの村まではさらにそこから三十分かかる。だったらここで解体した方が楽だ。
肉はいらない。不味いから売れない。こういったときは焼いてから埋めたりするのが冒険者の暗黙のルールとなっている。獣の餌になったりするからだが、洞窟の奥で火を焚くとかは馬鹿すぎるので埋めるだけにする。穴は簡単な土属性の魔法で作れる。戦闘よりもむしろこの作業の方が大変だ。俺は魔力あまりないしな。
一般的には闘気量は男の方が多く、魔力量は女の方が多いと言われている。
理由は分かっていない。そういうものだとしか言い様がない。
それぞれ個人差があり、魔力の扱いが得意な男もいれば、闘気の扱いに優れた女もいる。あくまでも男は女に比べて魔力が少ない奴が多いというだけだ。
俺はその一般的に当てはまるというわけだが、問題はない。生活に使える程度の火や水や明かりを出したり、こうして穴を掘ったり出来るからだ。
全ての作業は一時間程で終わった。
手に入れた素材を袋に詰めて、それをリュックサックに入れて背負う。
帰ろう。
(夜の街で可愛い女の子たちが俺を待っているからな!)
足取りも軽く、来た道を引き返そうとする。
「ん?」
洞窟の奥に青く光る何かがあった。
ここへ来たときにはあんな光は確かになかった。
一応確認しておくか。
光の正体は地面だった。
地面の一部そのものが青く光っているのだ。
(何だこりゃ?)
よく見ると、その光には文字らしきものが浮かんでいた。が、土が被さっていて読めない。
俺は片膝をつくと手でその土を払う。
出てきたものはやはり文字だった。
『力を欲する者よ。我に触れよ』
そこにはそう書いてあった。
「…………」
さて、帰るか。
立ち上がって膝に付いた土を払い、踵を返す。
俺は強いし、妙なモノに関わってまで力なんて求めていない。
求めているとしたらそれは
女!
だ。あと金。
地面の文字が光り輝き、魔法陣が現われた。
「ごめん! キャンセルで!」
全速力で駆け出す!
一歩目で地面が消えた。
「ぎゃああっ!」
浮遊感。
落ちながら瞬時に闘気を纏い、防御を強化。
ドスンッ!
「げふっ」
十メートルくらい落ちただろうか、リュックサックの重みで背中から地面に激突し、肺の中の空気が一気に吐き出された。
背中が痛い。最近では一番のダメージだ。念のためにハイポーション飲んどくか。
リュックサックから小瓶を取り出す。かなり頑丈な瓶が使用されているために今の衝撃でも無事だった。
蓋を開けてその赤い液体を飲み干す。りんご味だ。
ちなみに他にも何種類かの味があるが、味が無調整の場合は若干値段が安くなる代わりにくそ苦い。ゴーヤの煮汁みたいな味だ。俺は飲めない。味の調整を確立した調合師は天才だと思う。もし出会う機会があったら、いちご味の開発を頼んでみよう。
ともあれ、ハイポーションの効果で身体の痛みは消える。
(さて、と。あれは何かね)
落ちたときから気になっていたんだが、少し離れた場所に台座があり、台座には魔法陣が描かれていた。その台座を青い光の膜が覆っている。魔力の結界だ。
台座の上には一本の剣があった。
全長は八十センチくらいか。
鞘は青を基調に金の装飾が施されていて、実に高価そうだ。
剣も柄に宝石が嵌まっていて価値がありそうだ。宝石に魔力が宿っているとしたら魔法剣の類いかもしれない。そうだとしたらぜひ欲しいが、結界が邪魔で判別しにくいな。
宝石に魔力が宿っているだけでは特に効果はない。魔力の扱いに長けた者が、魔法を付与してこそ効果を発揮する。威力は並の魔法の使い手より多少落ちるらしいが、宿っている魔法が魔力分、誰にでも使用可能だ。使った魔力も時間をおけば回復するので、魔法が不得手な戦士には有り難い代物だ。
俺としては風の魔法が込められた魔法剣が欲しい。
スカートの短い美人が通ったら、エッチな風の魔法を発動するのだ。
自分で使えないのが残念でならない。
俺は期待を込めて台座に近づき、拾った石を投げてみた。
カン!
甲高い音を立てて、石が弾かれる。
魔力による結界には、触れただけでダメージを与えるモノもある。それを警戒しての行為だったが、弾かれた石は特に変わりない。触っても大丈夫そうだな。
俺は光の膜に触れた。瞬間、光は台座ではなく俺を包み込むように移動し、小さくなってすぐに消えた。
「何だ、今の?」
身体に異常は感じない。ならいいか。
(お宝お宝♪)
俺は剣を手にすると、期待を込めて鞘から抜く。
「げっ!」
刃が所々錆びていた。おまけに宝石は立派だが魔力は欠片も感じられない。
剣を鞘に戻す。
「…………」
うん。こうして見る分には立派に高価そうな剣だ。錆落としの魔法薬――サビオト―スを使えば問題ないだろう。
思わぬ出会いに頬が緩んだ。