姉貴よ、その子は陽香じゃないだろう!?
俺は両手をロープで縛られ、細い廊下を歩いている。目指すのは面会のための小部屋。理由はよく分からんが、陽香が俺の姉貴と一緒に面会に来ているらしい。どう言う取り合わせなんだよと思うが、まあ俺にとって面会は唯一心が晴れるひと時である。
俺の前を歩く看守さんが、面会室のドアを開けた。
少し逸る心を抑えながら、面会室に入って行くと透明な衝立の向こうに、姉貴とその横に俯いたままの女の子が立っていた。
俯いていると肩まである黒髪と垂れた前髪がその素顔を隠しているが、それが誰かくらいはすぐに分かった。
俺が目を見開いて、その名前を呼ぼうとした時、姉貴が言った。
「ほら、陽香ちゃんも来てくれてるんだから、もっと嬉しそうな顔しなさい!」
「えっ?」
俺は一瞬目が点になった。陽香は俺の幼馴染であり、姉貴も知っている女の子である。そこに立っている子が陽香でないことなど、知っているはずである。
俺は姉貴の目を見つめた。姉貴はさっさと座れ的な仕草を俺に返した。
理由はよく分からないが、この子は陽香でなければならない何らかの事情があるんだろう。俺はそう悟り、衝立の前まで歩み寄ると、座った。
姉貴は相変わらず、元気そうだが、その女の子は俺に視線を合わせることなく、俯いたままで、少し震えている。
「どう言うこと?」
俺は姉貴に聞いた。
「詳しい事は言えないのよ」
姉貴はそう言って、俺の背後で話をチェックしているここの看守のあたりに視線を飛ばした。
ここの人たちには聞かれてはならない。そう言うことだと、俺にも分かった。
「今日来たのはさ、一つあんたの気持ちを確認しておきたくてね」
そこまで言って、姉貴はちらりと横の女の子に視線を移した後、話し始めた。
「あんたに濡れ衣を被せた犯人が、たとえば、あんたと仲のいい女の子だったとしたら、どうする?」
俺の視界の中に映る姉貴の横の女の子の震えが激しくなり、その子の顎の先からぽたりと光るものが流れ落ちた。
「その子が私たちに助けを求めてきたら、あんたは助けてあげる?」
俺には意味がよく分からない。分かったのは俺を陥れたのは姉貴の横にいる女の子であって、何だかよく分からないが、今俺たちに助けを求めてきていると言う事だ。
正直、よくも俺を陥れたな!と言う気が無い訳ではなかったが、それ以上にそんな罠にはまった自分の情けなさと、その子の涙の方が俺には大きくて、怒る気にはなれなかった。
「そうだね。
その子にも、それなりの事情があったんだろうから、正直に全てを話して、謝ってくれるのなら、助けてあげていいんじゃね?」
「はは。あんたなら、そう言うと思ったよ。
ほんと、ばかだね」
姉貴が笑いながら言った。
姉貴の横の女の子は顔を両手で覆って、嗚咽し始めた。姉貴その女の子にちらりと視線を送った後、真剣な表情で俺を見て、言った。
「でもね、背後にいるのはとんでもない奴が相手だからね。
うまくいくかどうかは私も保証できないんだけどね」
「誰なんだよ。それって?」
姉貴は再び看守にちらりと目をやった。
看守に聞かれるとまずい相手?
漏れるのを恐れているのか?
いや、それとも、とんでもない奴って、国か?
だから、その子に偽名を使わせて、ここに連れてきたのか?
俺はそう思ったが、首を激しく振った。国は俺を信用してくれた松山が宰相である。そんな事はあるまい。だが、国かどうかはともかく、そんなとんでもない奴を相手にどうすると言うのだ。俺は素直に聞いてみた。
「じゃあさ、どうやるってんだ?」
「あんたにはとんでもない幼馴染がいっぱいだからね」
いっぱい?なんだよ、それ?
俺が怪訝な顔をしていると、姉貴が俺の目を見つめながら言った。
「あの子がいるじゃない」
あの子?こんな時に役に立つ?
玲奈か?
待てよ。それって、国軍を動かすって事じゃないのか?
慌てて俺が立ち上がった時には、姉貴は女の子の腕の袖を引っ張り、立ち上がらせると、もう片方の手で、俺にじゃあねとばかりに軽く手を振った。
もう俺には用は無いのか!と言いたいくらいの未練も残さず、二人は立ち去って行く。
それだけ、危ない話なのかも知れない。




