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物語の始まりの終わり


 「いつしか井戸は『イラの井戸』と呼ばれるようになった」



 小鳥のさえずりのような彼女の声が止み、一瞬の静寂が訪れた。


 少しずつ形を変えて語られる少女と井戸の物語。

 その井戸は、今この場にある井戸なのだろうか。

 

 ならば彼女はきっと。

 

 「貴女は、イラ?」

 

 少年の問いかけに彼女は小さく頷いた。

 

 「何が本当だったの?」

 

 少年の無邪気な問いかけにイラは微笑んだまま真実を告げた。

 

 

 

 

 

 「全部、嘘よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村人は森の中に私が住んでいたなんて覚えてもいなかった。

 井戸があることなんて知るはずがない。

 

 私はね、ずっと待っていたのよ。

 水がほしいと乞われれば、喜んで差し出すつもりだったわ。

 

 でも、村人は誰も来なかった。

 

 痺れを切らした私が水を満たした桶を両手に持って村を訪れたときには、

 村は廃墟と化していた。

 干乾びた死体がごろごろと散乱していた。

 生き延びた人はどこかへ移住した後だった。

 

 誰も、誰も、誰も!

 

 私の事なんて、覚えてなかった。

 それがどんなに虚しいことか、あなたにわかる?

 

 あぁ、もう聞いてなんかないわよね。

 だってあなた、死んじゃってるんだもの。

 

 ふふ、私の物語とおそろいね。

 頭を石でかち割られて。

 

 でもね、大丈夫よ。

 水はあなたの村まで、私が届けてあげる。

 

 私、もう待つのはやめることにしたの。

 

 きっと、みんな感謝してくれるわ。

 

 私にも、あなたにも。

 だって、あなたが来てくれたから、

 私、あなたの村が水を必要としてるってわかったのだもの。

 

 あなたのした事は無駄じゃないから、安心してね。

 

 イラの井戸の物語もね、きっとみんな気に入るわ。

 だって、みんな好きでしょう。こういう綺麗な物語が。

 

 もう、私のことを忘れさせたりなんてしない。

 たくさんの人が覚えていてくれるわ、イラの井戸のことを。

 

 

 

 ねぇ、そうでしょう。そう思うでしょう?




 あなたは覚えていてくれるわよね?

 私のことを。私と井戸の物語を。

 

 

 

 

 

 そして、彼女はただ無言ですべてを見ていた≪私≫を振り返り、笑った。

 

 

 

 

 

 うふふふふ。

 ふふふ、うふふふふふふ。

 あはは。ははははははは。

 あははは、は。

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