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娘は陛下の客人をもてなす

妄想が広がったので、一応長編にすることを前提に設定を考えてみました。短編なのに設定部分が長すぎたら申し訳ありません(^^;)→長編化しました。『娘は陛下の眠りを守る』

 ゼフェナーン帝国の首都クレエラ郊外。私の今いるこの場所は、先代皇帝の霊廟です。


 と、現在位置を説明するだけで、何だかおかしな気分です。だってこの私、白石籐子は正真正銘の日本人で、生まれてこの方二十ウン年、ゼフェナーン帝国なんて聞いたこともなかったんですから。


「リウ・ソーン・サーン・スィー……えーと? あ、ハー……」

 丘の上の林の中、石垣に囲まれた霊廟の敷地。入口を入ってすぐの所に、管理事務所――と言うほど立派ではありませんが、とにかく石造りの小屋があります。

 私はそこの正面テラスに露台を出し、お参りに来る方々を待ちながら、自分でメモした紙を広げてゼフェニ語の勉強をしていました。


「何だ、まだ数字も覚えておらんのか」


 後ろから野次が飛んできて、集中が途切れました。全くもう。

 私は身体を起こして振り返ると、背後の空間を睨みつけます。


「先帝陛下。少し静かにしていて下さい」


 後ろにいたのは、立襟の着物のような服に厚地のガウンを羽織った美丈夫。この国の先帝陛下です。

 実は、この方の霊廟の管理までしているのに、私はお名前を存じ上げません。この国では、尊い方のお名前はあまり表に出さないようです。


 そう、私の仕事は、先帝陛下の、霊廟の、管理。陛下はすでにお亡くなりになっています。つまり……。


「面倒なことだな。いっそお前も死んでしまえば、言葉を覚える必要などなかろうに。なあ、トーコ」

 半透明の身体で、とんでもないことをおっしゃる陛下。

 死者は生者とは異なる意志の伝達方法を持っているらしく、私と陛下は共通の言語を持たないにも関わらずこうして会話ができるから、こんなことをおっしゃるのですが。

 最近こうやって、すぐに死ね死ね言うのはいかがなものでしょうか。いのちだいじに。


「すぐに覚えてみせます!」

 私は鼻息荒く宣言します。

「こちらの暦とか、すごく覚えやすいですしね。一週間が七日、一ヶ月が七週、一年が七ヶ月。全部『七』ですから」

 つまり、一年は三百四十三日。地球にいた頃とほぼ同じと言って差し支えないでしょう。天体の運行が似ているのは助かりました。


 そう、一日の長さも大体同じのようです。私は空を見上げ、太陽を探しました。

「あれ……ずいぶん雲が出てきましたね」

 まだ午前も半ば、私の感覚では午前九時くらいです。

「そういえば、そろそろ」

 言いかけた時、入口の門から大柄な人影が入ってきました。

「陛下、いつもの方が……あら」

 気がついたら、陛下の姿はありませんでした。廟の祭壇のあたりに戻られたのでしょう。


 大柄な人影は、大理石の石畳を踏んで私の方に大股で歩いてきます。紺色の短い髪、切れ長の青い瞳、薄い唇。マントを巻きつけた筋骨隆々とした肩、腰に佩いた大剣、ひとかかえもありそうなブーツ。

 傷跡の走る大きなごつごつした手が、紙に包んだ御香料を私に差し出しました。

 私は黙って一礼してからそれをおし頂き、傍らの箱に納めてから、お供え用の香木の入った紙包みをお渡しします。これが私の仕事です。

 男性はそれを片手で受け取ると、きびきびとした動きで霊廟の方へ向かって行きました。


「軍隊の、偉い人っぽいなー……」

 背中を見送る私。男性は、真っ白な角砂糖のような廟の入口を入って行かれました。

 この男性、二週間に一度は参拝にお見えになるんです。先帝陛下も、いつもはどなたが参拝に来られようと私のそばをフラフラしているのに、この方がおいでになる時だけはきちんと霊廟に戻られます。

 いつだったか、「どなたですか」とお聞きしてみると、

「戦友だ」

とだけお答えになりました。きっと私にペラペラしゃべれるほど浅い関係ではない、大事なご友人なのでしょう。


 私は時計に目をやりました。こちらの時計は、そうですね、柱時計ほどの大きさの板に棒状の気温計がはまっているような形をしています。仕組みは全然知らないのですが、朝に見るとガラスの管の中は全て赤く染まっています。

 時間が経つと、温度が下がるように色づいた部分が下がって来て、色もオレンジから黄色へ。お昼頃には緑になって、色づいた部分は下の方数センチだけになります。それから今度は温度が上がるように増えだして、夕方に青、夜はガラス管いっぱい濃い紫になります。虹色に変化してとても綺麗ですし、色と色づいた部分の長さで細かい時間がわかるようになっています。


 先ほどの男性はいつも、オレンジが黄色に変わり始めるくらいまで霊廟にいらっしゃいます。一度、落ち葉の掃除がてら廟の中をちょっとのぞいたことがあるのですが、祭壇の前であぐらをかいて、竹のような材質の筒から何か飲んでいらっしゃいました。

 陛下の霊と汲みかわしながら、心の中で話しかけているのでしょうか……それとも、かつての友の近くで落ち着いて、何か考え事をなさっているのでしょうか。


 それからしばらく勉強に集中していた私は、水の匂いにハッと顔を上げました。

 雨です。ぽつ、ぽつ、と地面に水玉模様ができ始めています。


 そろそろあの男性もお帰りになる時間ですが、確か傘をお持ちではなかったはず。


 私は倉庫から傘を二本取って来ると、一本を差し、一本は手に持ってテラスを出ました。こちらの傘は木製で布張りで、かなり重いです。ビニール傘が懐かしい。


 大理石の石畳をたどり、廟に近づきます。開いたままの石扉の向こう、あの男性があぐらをかいて座る後ろ姿が見えます。こちらでは、先帝陛下くらい偉い方とお話しする場合、だいたい地面に座るのが普通らしいのです。

 私は男性の邪魔をしないよう、傘を差したままで、廟から数メートル離れた場所で立っていました。


 雨は徐々に本降りになり、遠くの山々がかすんで見えなくなりました。地面のあちらこちらに水たまりができ始めます。

 傘をもたせかけた肩が痛くなってきた頃、ようやく男性が立ち上がりました。

 男性は祭壇の向こうの大理石の椅子――故人の執務用の椅子に似せてあります――に向かい、一言、渋い美声で話しかけました。

 

「ヤエロゥ ヤーギェ」


 そして数歩下がってから、こちらに向き直りました。あ、私に気づいたようです。

 私は廟に近づくと、一度頭を下げる礼をしてから、傘を差し出しました。礼儀は良くわかりませんが、傘があるのにお貸ししない方が失礼だと思ったので。必要がなければ無視して下されば良いのですから。

 男性が私をじっと見つめるので、私は笑顔を作ってさらに腕を伸ばします。言葉はわからなくても、笑顔は万国共通。

 というか、重くて手がプルプルするので、お受け取りになるなら早くして頂きたいのですが。


 男性は軽く身を屈めて廟の出入り口を通ると、私に近づいて傘を受け取りました。

 そして、無表情のまま私をサッと眺めまわして軽くうなずきかけると、あの重い傘を広げて軽々と片手で持ち、足早に石畳を外へと去って行かれました。


 やれやれ、と肩を上げ下げしてほぐしながら、雨にかすむ広い背中を見送っていると、いつもの声。


「おい」


 はっ、と振り向くと、先帝陛下が腕を組んで私の背後に張り付くように立っていらっしゃいます。

「ちょ、近いです! 近すぎて背後霊みたいです!」

「何をいつまでもあの男を見送っておるのだ。さっさと持ち場に戻れ」


 普段ほとんど持ち場(祭壇)にいない陛下に言われたくないです。


 内心毒づきながらも、私は石畳を事務所へと戻ります。もういい加減、この重い傘を置きたい。

 ああ、服の裾も靴もびちょびちょだわ。こちらの女性の服は、上着は立襟でお尻が隠れる長さ、甚平みたいに脇で紐を結ぶ形なんですが、スカートが足首まであるんです。プリーツ入ってて可愛いんですけどね。


 陛下が何やらぶつくさ言いながら後をついてこられたので、私はテラスの隅に傘を広げたまま置いて干しながら尋ねました。

「陛下、さっきの方、最後に何ておっしゃったんですか? 雨の音で良く聞こえなかったんですけど、や、ヤエロー、なんとかって……」

「お前には教えん」

 はいはい。まあ、そりゃそうですよね、私は単なる霊廟の管理人ですから。

「あの方、とてもお強そうですね。偉い軍人様なんですか?」

 このくらいいいだろう、と布で濡れた裾を抑えながら尋ねると、

「お前には教えん」


 ……むっ。


「じゃあ何なら教えて下さるんですか?」

「何も教えん」

「え、な、ひどい! どうしてですか!?」

「トーコは私のそばにおればそれだけで良い」

「はい!?」


 私は陛下の何なんでしょうか。「妾にするから死ね」とかよく言われますけど(そこまでストレートな言い方じゃなかったかもしれませんが)、全然妾じゃありませんからね!

 ま、まさか、いつぞやあの男性について「どなたですか」とお聞きした時、「戦友」としかお答えにならなかったのは、一言で言えなかったからではなくて単に教えたくなかっただけ!?

 何よっ、自分は私に日本のこと色々聞いて来たくせに。


「……わかりました。そうですね、私の方がおかしかったですよね、自分のことほいほい陛下にお話しして。今後はたとえご質問いただいても、お答えは控えることにいたします」

 大人げなく私がそっぽを向くと、陛下は私の前に回り込んで眉を吊り上げました。

「この……っ! 死者に鞭打つような真似を!」

 全然死者っぽくないくせに。

「私は生者と書いて『なまもの』、未熟で生意気で身分の卑しい者でございますから。先帝陛下にお話しできるような大そうな経験などないのです、ええ」


 それから私は、濡れた服の気持ち悪さを我慢しながら勉強に集中し、陛下が何を話しかけてきても、風を起こして髪をいたずらしても、知らんぷりしました。


 その後、言葉を徐々に覚えた私は、あの男性が帝国一の将軍閣下であることを知ります。そして、あの時の言葉「ヤエロゥ ヤーギェ」が「必ずつきとめます」という意味であることも。


 でも、それはずいぶん経ってからのことで。

 それよりも何よりも、あの日の翌日に男性の使いの方がやってきて。

 お貸しした傘をお返し下さるのと同時に、私の濡れた服や靴のお詫びとして新しい一式を下さって。

 それを見てなぜかものすごく機嫌を損ねた陛下が、服を風で廟の屋根まで吹き飛ばしてしまい、さらに大喧嘩になってしまったことの方が、今は問題なのでした。



【娘は陛下の客人をもてなす 完】

いただいた感想にもあったのですが、何か、こう、陛下に実体化なり生き返りなりのチャンスをあげたいですよね……

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