表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

娘は陛下の寝所を守る

リンク集『乙女の裏路地』様の<私の異世界掌編フェスティバル>参加作品です。ほんのりブラック。→長編化しました。『娘は陛下の眠りを守る』

 朝靄の残る木立に囲まれて、その純白の建物は今日も静かに、門の奥にたたずんでいます。

 姿は見えないけれど、鳴き交わす小鳥の声を楽しみながら、私は建物に続く大理石の敷かれた道を歩いていきました。


 細やかで豪華な彫刻の入った石の扉の前で、深々と一礼。それから、建物の脇に回ります。裏手に、掃除道具を入れてある小屋があるのです。


 箒で、建物の周りをざっと掃き清めて行きます。敷地は、そうですね、小学校の小さめの校庭くらいなので、私一人でもなんとかなります。


 終わるころには朝靄が晴れ、箒をしまった私が石の扉を全身全力で押し開くと、中にさぁっと朝の光が差し込んで祭壇を照らします。

 祭壇の向こうには、背もたれの高い豪華な大理石の椅子。これはもちろん実際には誰も座らないんですけど、ここに眠る方の生前を偲んで、祭壇付近は真っ白な執務室のようにあつらえられています。


 もう一度礼をしてから、祭壇の両脇にある観音開きの窓を開けて。


「おい」


 それから、裏の聖なる井戸で汲んだ清らかな湧水で、祭壇を綺麗に拭いて。


「おい」


 持ってきたお花を供えたら、中の準備は終了。


「おい! トーコ!」


 いきなり目の前に、すっ、と男性が姿を現しました。

 服装は着物に似ているけど、立襟で裾の長い――そう、モンゴルの人が着るみたいな服の上に、厚地のガウンを羽織っています。色は全て真っ白。


「おはようございます、先帝陛下。何でしょうか、今忙しいんです」


 私は建物を出ると、再び大理石の道をたどって敷地の入口近くまで戻りました。門の手前にある平屋の建物、ここが私の仕事場なのです。


「この私を無視するとは、いい度胸だな」

 

 男性は私の後をついてきます。年の頃は三十歳くらい。きりっとした目元、引き結んだ口元。ちょっと怖そうだけど、イケメンの部類だと思います。

 私はいったん足を止め、振り向いて言いました。


「御用があればお伺いしますけれど、御用、ないでしょう? 亡くなってるんだから」


 男性は、半分透けた身体でムッとなさいました。


「もうすぐ最初の参拝者の方がおいでになる時間ですから、それまでに準備を終えないと。先帝陛下、こんなところをふらふらなさっていてよろしいんですか?」

 私は言いながら、平屋の建物に入りました。正面はテラスのようになっていて、奥に休憩所と事務所、倉庫があります。

「ふん、私には関係なかろうが。死んでいるのだからな」

 不真面目ですねぇ。

 私は倉庫から露台を出してきてテラスの屋根の下に置き、もう一度倉庫に戻って、今度は香木の入った箱を運びだしました。お供え用の香木は、かなり高価です。きちんと管理しないと。


 そう。このお方は、ここゼフェナーン帝国の先代の皇帝陛下、まさにそのご本人なのです。死んでるけど。

 あっ違った、えーと、「お隠れになってる」? でも全然隠れてないしなぁ。


 私は白石籐子といいまして、正真正銘、生粋の、ごく一般的な日本人です。

 企業の一般職として働いていた私は、仕事帰りの夜道で突然知らない道に迷い込み、気がついたらゼフェナーン帝国の宮殿前広場にぽつんと立っていました。

 すぐにここの文官の方に見つかり、誰何された……ようなんですけど、言葉がちっともわからず。

 戸惑う私は呆然とするばかり。その時は、まさか異世界だなんて思ってませんでしたからね。


 日本語での自己紹介は、ジェスチャーをまじえてようやく名前が通じる程度。

 この世界には不思議な術(魔法?)があって、私はその術によって嘘をついていないかどうか調べられました。

 それでひとまず、怪しい者ではないとわかってもらえたのは幸運でした。身なりもちゃんとしていたし(会社帰りなのでスーツを着ていました)、行儀よくしていたので、どうやら良家の子女が記憶喪失になってさまよっていた、くらいな風に思われたようです。


 文官さんは、上流階級の娘(実際は中の下程度ですけれど)を放っておくわけにもいかず、でも保護だけして何もさせずに置いておくのも、逆に可哀想だと思って下さったようです。腕まくりをして「働きたい」という意志を示す私に、仕事をくれました。


 言葉が通じなくても大丈夫な仕事で。

 ある程度の教育をおさめた人に向いている仕事で。

 後で身元が判明したときに、私の保護者から文句を言われない程度に、キツくなくて名誉のある仕事。


 それが、先代皇帝の霊廟を管理するお仕事でした。


 参拝にいらっしゃる方に、黙って礼をして、御香料と引き替えにお供え用の香木をお渡しし。

 廟の掃除をしながら、眠っている先代皇帝に心の中で「どうか安らかに」と話しかける。

 言葉が通じなくても全然問題なし。相手は死んでるし、こういうのは言葉じゃなく気持ちですからね。


 そんな静かな日々を送るはずだったのに。


「どうして陛下とは言葉が通じちゃうのかしら」

 ぶつぶつとつぶやく私の横に浮かび、先帝陛下は話しかけてくるのです。

「死者は、意思の伝達方法が生者とは違うのだろうな。お前がここにこなければ、私も知らぬままだった。面白い。生きていれば学者に研究させたものを」

「でもそれ、死ななきゃわからなかったことでしょ。……そもそも、陛下はどうしてその若さでお亡くなりに?」

 御香料を入れる箱を用意しながらお聞きすると、先帝陛下はご自分のことなのに興味なさそうにおっしゃいました。

「思い出せぬ。先々代の皇帝、つまり俺の父は、暗殺者に毒殺された瞬間をはっきり覚えていると言うのだがな。俺はその時の記憶がないな」

 私はうなずきながら言いました。

「ふーん。どーしてですかねー、ふしぎですねー」

「興味がないのに言うな」


 バレました。


「お前こそ、なぜ他の世界から紛れ混みなどしたのだ」

 先帝陛下に尋ねられ、私は椅子に腰かけながら答えます。

「それこそわかりませんよ。気がついたらいたんですから。それに、日本にいたころは死んだ人の声なんて聞こえなかったし……何でこんなことに」


 今日最初の参拝者、かくしゃくとしたおじいさんが門を入って来るのが見えたので、私は口をつぐみました。独り言を言ってると思われたらイヤですからね。

 そう、先帝陛下は、私以外の人には見えないようなのです。


「トーコは面白いな」

 黙って参拝者のおじいさんと礼をし合う私の横で、先帝陛下は低く笑っています。うるさい。

「私が生きていれば、妾の一人にでもしてやったものを」

 あっそう。あなたが死んでてよかったよ。


 はっ、失礼しました。


 私は何食わぬ顔で、おじいさんに香木を差し出します。お供え用です。

 おじいさんが霊廟の方へ歩いていく後ろ姿を見送り、私は手元の帳面に目を落としました。記録しておかないと。


 ふうっ、とうなじのあたりを風が走り抜け、私の胸までの長さの髪を巻き上げました。

「きゃ……。もう、やめて下さい!」

 うなじを抑えて肩をすくめ、斜め上をにらむと、浮かんだまま組んだ足に手を置く先帝陛下。

「ちょっと髪をもてあそんだだけだ。色気のないことだな、女どもは私にこうされると、頬を赤らめたものだぞ」

「過去の栄光を語らないで下さい!」


 やれやれ。

 でも、こうして先帝陛下と自由に話せるというのは、気が楽になって助かります。まだまだ言葉が不自由な私ですから。

 日本で幸せだったかというとそうでもなかったし、このまま穏やかにここで過ごしていけるなら、それもいいかも。


「む? そうか」

 先帝陛下が、顎に手をやりました。

「今お前が死ねば、『こちら側』で私の妾にできるかもしれんな。おいトーコ、お前ちょっと死んでこい」


 前言撤回。早く日本に帰りたいです。




【娘は陛下の寝所を守る おしまい】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ