彼女が愛を告げたなら
一発ネタの異世界トリップものです。
星屑を散りばめたような街の灯りが、空の闇色を心なしか薄めているように見える。
そんな中途半端な夜のスクリーンを背景に、くっきり浮かび上がる男女の黒い影。
街外れの丘、展望台の上のベンチで身を寄せ合う二人は、今、一つの区切りを迎えようとしていた。
男は女の肩を抱き、静かに耳元でささやく。
「離れたくない……」
女も、男の肩に頭をもたせかけて答える。
「私も……」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんよ」
「……愛してる」
「私も、愛してるわ」
女がその言葉を口にしたとたん、突然男の身体が光をまとった。
「えっ!? あ、あなた……?」
女はあわてて身体を起こし、男とその周囲を見回した。そして、あたりの景色がだんだんにじんで行っていることに気づく。
「何なの!?」
「大丈夫、僕がいる。怖がらないで」
男はどこか浮き立った口調で、女の手を握り直した。
――数秒後、二人を取り巻く世界は一変していた。
そこは石の柱が林立する遺跡のような場所で、周囲は森。さらにその向こうには白亜の城がそびえ立って篝火に照らされており、空には緑色の月が輝いている。
「こ、ここはどこ?」
呆然とする女に、男は笑顔を向けた。
「僕たちは、世界を超えたんだよ。実は僕は、こちらの世界のある国の王子なんだ。日本に花嫁探しに行って、君と出会った」
「へ?」
女はまじまじと男を見つめた。確かに日本人にしては彫りの深い顔立ちだった彼は、いつの間にか髪の色が、鮮やかな青に変わっている。
「君の世界から女性をこちらの世界に連れてくるには、その女性が僕に『愛している』と言うことが条件になるんだ。そしてついに、君はその言葉を口にしてくれたね――ああ、必ず君を幸せにするよ!」
男は嬉しそうに女の手の甲に口づけた。
「騙したみたいで、ごめん。でも、ずっと一緒だと約束してくれた、愛していると言ってくれた君なら、許してくれるよね?」
「えーと……。とりあえず、いったん手を離してくれる?」
女は軽い仕草で男の手を外し、手を降ろした。
その次の瞬間。
女の姿がゆっくりとにじみはじめるのが、男の目に映った。男は驚愕し、彼女を抱き寄せようとしたが、その手は空を切る。
女は淡々と告げる。
「ごめんなさい。私、日本に帰るわ」
「なっ……どうして!? 確かにあの言葉を言ってくれたのに!」
追いすがろうとする男に、女は人差指をあごに当てて考える仕草。
「うーん、きっと、『愛している』の意味が、薄かったんじゃない?」
「薄かった!?」
「だって」
女はますます姿を薄めながら、艶やかに微笑んだ。
「私、ここ一週間で、あなたを含めて三人に『愛している』って言ったから。じゃあね」
わずかに浮かんだ残像も、一瞬ののちには風に吹き散らされ。
後には、立ちすくむ男が取り残されるばかりだった。
◇ ◇ ◇
「……で。懲りずにまたこっちに来たわけ? 花嫁探しに」
「僕の花嫁は君しかいない! 今度こそきっと、真実の愛を告げさせてみせる!」
「やーよ、もう変なとこに連れていかれるってわかっちゃったのに、言うわけないじゃない。あ、携帯鳴ってる……もしもしタカシさん? え、ドライブ? 行く行くー」
「ちょっ! 待っ! くっ、諦めないからな!」
【彼女が愛を告げたなら 完】