目指せ、バッドエンド!
乙女ゲー悪役令嬢ものが流行り始めてずいぶん経ちますが、今頃になって思いつきました。ネタ的な短編です、お茶菓子感覚でつまんでいただければと思います。
エーリング王国に生まれた貴族の令嬢たちは、七歳になった年に王宮の舞踏会に招かれる。
そして、王宮の奥にある『宝の間』を垣間見ることを許される。そこには装飾品をはじめ様々な王家の宝物が並べてあり、不思議な輝きに満ちている。
「立派な淑女になれるよう、自分を磨くのです。そしていつか、この部屋のものを身につけることのできる、王家の一員におなりなさい」
王妃の言葉に、令嬢たちはいつか自分が王子の妃になることを夢見て、日々の淑女教育に励むのだ。
私、レオニエ・アン・グラウンも、七歳の時に舞踏会に招かれた令嬢の一人だった。貧乏男爵の娘にすぎない私は、公爵家や侯爵家の令嬢たちの後ろの方にいたけれど、それでも初めて見る『宝の間』に胸を躍らせていた。
が。
ある宝物に目が止まった瞬間、頭の中が爆発したかと思うようなショックを受けて、倒れ込んでしまった。その後のことは覚えていないけど、この部屋は本来王族以外は立ち入れないため、王妃と令嬢たちが私を部屋の外に運び出してくれ、父や兄が駆けつけ、医者が呼ばれ……と大騒ぎだったらしい。
熱にうなされて数日が経ち、ようやく目覚めた私は、決心していた。
私は絶対、王子妃になる。王子妃になって、もう一度あの部屋に入ってやる。
なぜなら『宝の間』の片隅に、ノートパソコンと思われる物体が置かれていたからだ。そして、どういう仕組みかはわからないけどパソコンには電源が入っており、画面には日本語でこう表示されていた。
「元の世界に戻りますか? Yes/No」
あれを見た瞬間、私は思い出したのだ。
自分は本当は日本人女子で、乙女ゲーム『舞踏令嬢』の登場人物の一人としてゲームの中に入り込んでしまっている、ということを。
乙女ゲームというのは、ゲームの中で出会った男性と疑似恋愛をするゲームだ。どんな言動を取るかによってストーリーが変化し、恋愛が成就したり、逆に実らなかったりする。
レオニエ・アン・グラウンは、ゲームでは悪役。王子妃を目指すヒロインを押しのけ、自分が王子妃になろうとする。そのやり方が少々えげつなくて……早い話が、次々と男を利用しながらのし上がっていくのだ。そう、レオニエはお色気担当でもある。
彼女の行動は、普通にゲームを進めるとだいたいこんな風だ。
まずはおっさん伯爵をたぶらかして、養女の地位を手に入れ。次に金持ち小太り商人をたぶらかしてパトロンにし、上位貴族に人脈を広げ。純朴な庭師の男をたぶらかして養父を殺させ、悲しみに暮れるふりをして美中年侯爵をたぶらかし、今度はこちらの養女として引き取られ。
そこで王子の目にとまって王子妃に内定――したところで、庭師か商人に刺されて死ぬ(どちらに刺されるかはランダム)。まあ、当然の結果ではある。
が!
それが私って状況なら納得するわけにはいかない。男を次々とたぶらかすなんてやめよう、そうしよう。でも、『宝の間』に入れる身分にならないと元の世界に帰れない。
正々堂々と淑女教育で自分を磨いて、王子妃になるんだ!
ところが、だめだったんだよねぇ、これが。何度頑張っても、王子妃になれない。
まず、どうもシナリオを書いた人の狙いとしては、レオニエは育ちのせいで仕方なく悪女になったんだ的にしたいらしいのね。同情を引く悪役、っていうか。生まれた男爵家がとにかく貧乏で、こちらが何もアクションを起こさなくても、身売り同然にエロおっさん伯爵の養女になる話が絶対に来ちゃう。
私が断ると妹が代わりに……とか言われたら、養女にならざるをえないじゃない。ゲームなんだから妹を売っちゃえ、なんて割り切れない。だって私は外からゲームを見てるんじゃなく、そのまっただ中で他の人たちと一緒に生きてるんだから……
で、仕方なく養女になり、伯爵夫人を盾にエロ伯爵をかわしつつスリリングな日々を過ごして。せめてそこから先は男を利用しなくて済むように王子妃を目指すでしょ。でも、なかなかうまく行かない(伯爵家に長い期間居座ってたら、一度夫人に刺された)。
そのうちにタイムアップ、ヒロインが先に王子妃になっちゃって、結婚パレードのシーンへ。視界の隅にウィンドウが開いて文字が現れる。
「もう一度最初から/終了」
選択せずに放っておけば、そのまま人生は進み――もちろん、王子妃にはなれないので元の世界には帰れず、その時点で付き合ってた男の妻になってしまう――、「終了」を選ぶのは怖いので「もう一度最初から」を選べば、十六歳の貧乏男爵令嬢からリスタート。
そう、時間がね! ヒロインより先に王子妃に選ばれなきゃいけないっていう時間制限が手強いの。でも、元の世界に戻るためには何度でも頑張るしかない。
ヒロインからすると、私が王子妃に選ばれるのがバッドエンド。だから、私が目標とするのはそこ。
目指せ、バッドエンド!
――と、自分を奮い立たせるのもしんどくなってきた今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
花咲く丘の上のピクニック、金持ち小太り商人にネットリと手を握られつつ、私は考えを巡らせる。もう、この場面も何度目だろうか。
うーん。王子妃に内定するところまで行っても、刺されたら元も子もないんだよ、刺されたら。
でもこの世界、乙女ゲームだけあってみんな恋愛脳だから、恋愛を回避するのが難しい。たぶらかすつもりがなくても、ほんとにちょっとしたことで男が勝手に私に堕ちる(すごい言いようだけど、マジでうっかり笑顔を見せただけで惚れてくるんだもん!)。でも、その男を捨てないと王子妃にはなれないわけで……
……男をたぶらかしてしまうのは、もう仕方ない、とあきらめたらどうだろ? その上で、綺麗に別れられれば、刺されないわけだよね。うまい別れ方はないものか。
そうか! 恋愛脳なんだから、他の恋をあてがってやればいいんだ!
私は策を練って奔走した。
私と同じ境遇の貧乏令嬢を探してきて、最初に私を養女にしたエロ伯爵を、本人納得の上で誘惑してもらった。
次に、やはりお金を必要としている割り切った女性を捜し出してきて、パトロンにした商人を誘惑してもらった。
庭師の男には、昔の恋人を捜し出してきて会わせ、焼けぼっくいに火をつけてやった。
その頃には、養父であるエロ伯爵は脈のない私よりも令嬢によろめいていたので、私が「貧乏でもいいから家に帰りたい」と泣きながら申し出ると私を手放した。まあ、そのときにはすでに、私は商人の力で美中年侯爵に近づいてたんだけど。
侯爵にももちろん、私に対する下心があったわけだけど、彼に恋いこがれている貴族出身の侍女をうまく誘導して押しつけてまとめた。
何度か失敗して、リスタートした(庭師に四回、商人に二回刺された。即「もう一度最初から」を選択)。でも、ようやくここまで来れた。
さあ、色気たっぷりの侯爵令嬢レオニエが、ここにフリーでおりましてよ、王子様!
「レオニエ・アン・グラウン様。王子殿下がお話をなさりたいと」
キタ!
物語のクライマックス、実質的なお妃選びの場である王子の誕生パーティ。女官に呼ばれ、私は嬉々として王子の元へと向かった。ヒロインが別の場所にいるのを、横目で確かめる。
勝った! ヒロインより先に、王子の目にとまった。しかも、利用した男たちに後ろから刺されるほどには恨まれてないと思う。つい背後を気にしてしまうトラウマはこの際仕方ない。
これで晴れて、私は王子妃! 『宝の間』に入って、元の世界に帰れるんだ!
王子は、広間の奥の一段高くなったスペースでお茶を飲みながら、私を待っていた。
「レオニエ嬢、呼び立ててすまない」
「いいえ、とんでもないことでございます。わたくしにご用でしょうか、何なりとお申し付けください」
私は殊勝に頭を下げる。さあ来い、プロポーズ!
「そなたは――」
イケメン王子(もう見飽きた)は微笑んだ。
「――男女を引き合わせるのがうまいそうだな」
頭を低くしていた私は、思わず顔を上げた。
「……は……?」
王子は感じ入ったように続けた。
「そういった女性はどこの親族にも一人はいるものだが、そなたのような若い娘が仲を取り持つとは。侯爵が感謝していた。皆の幸せを願う行動、尊いと思うぞ。年を重ねればなお、人間関係も広がり世話をする男女も増えるだろう。今後も励んでもらいたい」
「は、はあ」
「そなたにも、良縁があることを祈っている」
「ありがとう……ございます……」
私は呆然と、王子の前を辞した。
のろのろと視線を巡らせると、女官に呼ばれたヒロインが向こうで立ち上がった。頬を赤らめながら私とすれ違う。振り向くと、王子が立ち上がって彼女を出迎えていた。
ま……負けた……
突然、場面は結婚パレードに移る。王子とヒロインが馬車から手を振るのを、私は遠くから「くっそぉ」と睨み付ける。
視界の隅に、ウィンドウが開いた。あっ、登場人物の「その後」だ。
『レオニエ・アン・グラウン侯爵令嬢は他国の公爵家に嫁ぎ、そちらでもちゃくちゃくと人脈を築いて男女を引き合わせ、「お見合いおばさん」になりました』
……何がムカつくって、このシナリオならまあマシだわって思っちゃうことが、一番ムカつく!!
【目指せ、バッドエンド! 完】