スリー・ジンジャーマン
『チョコレイト・ブラウニイ』シリーズ4作目です。
三人の妖精たち、初めてのクリスマス。
窓の外には夜の帳が降り、明るい部屋の様子がガラスに映っています。
あんずはカーテンを閉めると、どこへともなく呼びかけました。
「ハニイちゃん、ベリイくん、ティイくん」
一瞬の間をおいて、部屋の中にポッポッポッ、三つの光の球が現れました。
「あんず、どうしたの?」
「まだ寝る時間じゃないよ?」
「俺たちに何か用か?」
三つの光が、ぽん、と人の姿になりました。
はちみつ色のふわふわヘアーのハニイ、ピンクの髪を逆立てたベリイ、薄い灰緑色の髪をひとつに結んだティイ。三人は、ここではない別の世界から来た妖精です。
「あのね、ちょっと気をつけてほしいことがあるんだ」
あんずは指を一本たてました。
「みんなにはいつも、この部屋の机の上に、お菓子を用意してるよね?」
三人は部屋の中に浮かんだまま、ウンウンとうなずきます。
彼らは、元の世界では『夜の小間使いさん』と呼ばれており、お菓子を置いておくと夜の間に家の中を掃除してくれるのです。
あんずは続けました。
「今日は、下のリビングルームにも、お菓子が用意してあります」
「え、それも食べていいの? やったー!」
気の早いベリイが両手両足をぴーんとのばしてバンザイするのを、あんずは急いで止めました。
「違う違う、そっちは食べないでほしいって話を、しておきたかったの。別の人に、用意したものだから」
「え、そうなの? なーんだ」
つまらなさそうなベリイの横で、ハニイは不思議そうに首を傾げました。
「誰にー? 誰のためのお菓子?」
あんずはにっこりと言いました。
「サンタクロースだよ」
「サンタクロース?」
三人が声をそろえます。
あんずは説明しました。今日はクリスマス・イブで、皆が寝静まった真夜中に、サンタクロースがプレゼントを持ってくるのだと。
「えええーっ!? 私たちみたいな妖精が、こっちにもいるんだ!?」
ハニイはびっくり仰天。
「掃除はしないけど、プレゼントをくれるのか……」
ティイも目を見張っています。
「すげえ、会ってみたいな! 俺、その妖精が来るまで待ってよう!」
ベリイは両手を拳にして、わくわくしている様子です。
あんずは笑いながら両手を振りました。
「あはは、いや、妖精っていうか……うーん。不思議な存在の、振りをした、別の誰かさんっていうか」
「何だ、そりゃ?」
「誰なの? あんず、知ってるんでしょ?」
詰め寄るベリイとハニイに、あんずは答えます。
「知ってるよ。でも、知らない振りをするのが楽しいの。だから、ね、お菓子は食べないでそのままにしてね。あと、サンタクロースには姿を見せない方がいいと思うな。あんまり大勢に知られない方がいいんでしょ?」
「そうだ。妖精は、不思議だから妖精なんだ」
ティイが、わかるようなわからないようなことを言います。
「サンタクロースも、不思議な方がサンタクロースらしいの。プレゼントを置いてくれて、お礼のお菓子を持って行くんだよ。夜の間に」
あんずは彼に答えて、にっこり笑いました。
ハニイとベリイは、顔を見合わせて肩をすくめました。
その夜。
あんずの家の夕ご飯は、とてもにぎやかでした。
お父さんも仕事から早く帰り、一人暮らしをしているお兄さんも
「彼女? 振られたし。リア充爆発しろ」
とぶつぶつ言いながら帰ってきました。
お母さん特製のローストビーフ、お父さんの好物のエビとアボカドのサラダ、あんずも手伝って作ったミネストローネが食卓に並び、お兄さんがワインを開けます(あんずはジュースです)。食事の後にはケーキもありました。
家の中に、たくさんの笑い声が満ちました。
「おやすみなさーい」
やがて、一足先に自分の部屋に引き上げてきたあんずの手には、隠してあったお菓子の袋がありました。
「今日のお菓子は、クリスマスだからジンジャーマンクッキーだよ、っと」
あんずは袋の中身をお皿に出して、机に置きます。そして、すぐにベッドに入りました。
「今日は友達の分もお菓子を焼いたから、何だか疲れちゃった。おやすみ、妖精さんたち」
枕元のスタンドが、かちり、と音を立てて消えました。
三人の妖精たちは、あんずが眠りにつくと早速行動を開始しました。
まずは、腹ごしらえ。机の上のお皿を見てみると、人間の形をしたクッキーが三枚、載っていました。カラフルなアイシングで、顔や服が書いてあります。三人はぺろりと平らげました。
次に、いつものように掃除……と思ったら、階下ではまだあんずの家族が起きているようです。掃除はあと、あと。
「ねえ、いつ、サンタクロース来るのかな」
「見張ってないと!」
「よし、行こう」
三人は姿を消したまま、階段を降りました。そして、廊下から一階の和室に入り込み、ふすまの陰に潜んで、そこからつながっているリビングをこっそりと見張り始めました。
リビングでは、あんずのお父さんとお母さんとお兄さんが、まだお酒を飲んでいます。窓際にはクリスマスツリーが飾られていて、いくつものオーナメントやモールできらきらと輝いていました。
「あんずは寝たかな。そろそろ置いておくか」
お父さんが言いました。
「いいねぇ、一番年下は」
お兄さんが立ち上がり、いったんリビングを出て階段を上がっていきます。自分の部屋に行くようです。
「高校生にもなって、こんなことしてる子いるのかしら」
お母さんは自分の寝室に行って、何か大きな包みを持ってきながら言いました。
「あんずが、直接手渡しよりもこうしてほしいっていうんだから、いいじゃないか」
お父さんが包みを受け取り、ツリーの足下にそれを置きます。お兄さんもすぐに戻ってきて、その隣に小さな箱を置きました。両方とも、綺麗なリボンが巻いてあります。
「それじゃ、お礼のお菓子はもらっていこう。あんずはお菓子づくりの腕を上げたから楽しみだ、明日会社で食べさせてもらうよ」
お父さんは、ツリーにリボンでぶら下げられていた袋をひとつ外しました。透明なラッピングの中に、アイシングで飾り付けした人型のクッキーが見えています。
「私も、パートに行くとき持っていこうっと」
お母さんもひとつ、外しました。
「俺さぁ、去年のクリスマスの菓子には『彼女と食べてね』って手紙が入ってたんだよな。……ふっ」
お兄さんもアンニュイな笑みを浮かべながら、袋を外しました。
そして、皆、口々に「おやすみ」を言ってリビングを出ていきました。
最後のお母さんがぱちんと明かりを消し、リビングもダイニングも和室も、闇に沈みました。
「…………」
ひょこっ、と、和室のふすまの陰から三つの頭が飛び出しました。
ハニイ、ベリイ、ティイは、クリスマスツリーにふわふわと近づきました。キッチンの窓から入る街灯のわずかな明かりに、ツリーはきらめいています。その下には、プレゼント。
それはとても、クリスマスらしい様子でした。
三人はツリーを眺めてから、顔を見合わせました。
翌朝、まだ薄暗い時間に、あんずはふと目を覚ましました。
もう少し寝よう、と目を閉じて寝返りを打っていると、耳元で声がしました。
「あんず、サンタクロース、見ちゃった」
「お菓子の代わりにプレゼント、あるよ」
「俺たちと同じ、三人なんだな。サンタクロースって」
あんずは目を閉じたまま、くすっ、と笑ってうなずきました。
そして、温かい布団に顎を埋めてもう一度、幸せな眠りに落ちました。
メリー・クリスマス!
【スリー・ジンジャーマン おしまい】
三賢者(Three wise men)から、なんとなーくフィーリングでつけたタイトルです(笑)




